川口イズムを受け継ぐ22歳 日本が待ちわびた怪物GKが誕生、アジア杯から評価一変の急成長【コラム】
鈴木彩艶はサウジアラビア戦で安定感あるプレーでゴールマウスを守り切った
日本代表が過去3度続けて0-1で苦杯を喫していた因縁の地・ジッダで行われた10月10日の2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア最終予選・サウジアラビア戦。4度目の挑戦にして、彼らは宿敵を2-0で撃破。中国、バーレーンに続いて3連勝を飾り、8大会連続本大会出場にまた一歩、大きく前進した。
とはいえ、今回のサウジアラビア戦は厳しい試合だった。すり鉢型のキング・アブドゥラー・スポーツ・シティは外から風が入らず、5万6000人超の大観衆の熱気も重なって、午後9時のキックオフ時の気温は32度という過酷なものだった。堂安律(フライブルク)は「暑くなかったですよ。アップ長袖でしたもん。ロッカーとか中が寒すぎるんですよ。それで外出てもまだ寒かった」と笑っていたが、欧州組が90分タフに戦うのは大変だっただろう。
こうしたなか、日本は3試合連続無失点で乗り切った。サウジには56.7%ボールを支配され、日本の7本を上回る13本のシュートを打たれたが、谷口彰悟(シント=トロイデン)ら最終ラインが中心となって体を張って失点を阻止することに成功した。
その彼らを最後尾から統率し、最後の砦となったのが、22歳の若き守護神・鈴木彩艶(パルマ)。その一挙手一投足には、今年1~2月のアジアカップ(カタール)の際には見られなかった落ち着きと余裕が感じられた。
「こういう非常に大事なゲームの中でも力を入れすぎないで。もちろん入り込むことは大事ですけど、しっかりとリラックスしながらいい状態でプレーできてるかなと思うので、そこがアジアカップと比べると余裕を持ってきてる要因かなと思います」
本人も自分自身を客観視していたが、それは今夏赴いたパルマでリーグ戦6試合出場と、コンスタントにピッチに立っていることが大きいのだろう。対戦相手にはACミランやナポリなどの上位クラブもいて、欧州5大リーグのレベルの高さを実感しつつ、経験を養っているのだ。
「ベルギーとの違いはたくさんありますけど、1つ言えることはシュートのスピード、パワーのところ。そこは違うなと感じるので、そういう中でプレーできています」と鈴木彩艶も言う。強く厳しいコースのシュートを数多く受けていたら、確実にセービング技術は高まるはず。
それが色濃く出たのが、前半43分のサウド・アブドゥルハミド(12番=ローマ)の強烈シュートを弾いたシーンではないか。
「あの時は1回、相手がファウルをアピールして止まりかけたような感じがありましたけど、自分としてはポジションにしっかり入ることと、タイミングをしっかり取るところができてたので、そこがいい準備だったかなと思います」と本人は集中を切らさず、いい準備をしていたからこその好セーブだったという。
それ以外にも、今回のサウジ戦ではCKから数々のチャンスを作られた。サウジは9月の中国戦(大連)でも2得点をリスタートから叩き出しており、そこには絶対的自信を持っていた。だからこそ、日本としては確実に阻止しなければならなかった。
それを念頭に置きつつ、鈴木彩艶は終始、冷静なプレーを心掛けていた。
「僕が出なくても味方の選手がはじき返すことができていたし、シュートを打たれてもしっかりと体を当ていたので、そこがゴール枠内に飛んでこなかった要因だと思います。ショート(コーナー)の準備やロングスローの準備を早くさせるところは中の選手全員が声出していたので、そこはよかったかなと。アジアカップの時に比べると、みんな準備の意識は非常に高いと感じます」と彼は守備陣全員がミスを繰り返した大舞台を糧に修正を図っていることを明かす。それが3試合連続無失点の大きなポイントと言っていい。
ただ、鈴木彩艶には納得いかない部分もある様子。それは後半44分にサレー・アルシェフリ(11番=アル・イテハド)にタテに抜け出され、ヘディングシュートを放たれたシーンだ。
「最後にヘディングシュートを打たれた場面は自分の予測以上にボールが伸びてきた。あのシーンは自分がスペースをしっかり支配できていれば、シュートを未然に防げたと思ったので、そこは改善点ですね。ゼロで改善して次に向かっていけるのはすごくポジティブ。そう捉えながらやっていきたいなと思います」と若き守護神は前だけを見据えて、前進を続けていく構えだ。
22歳で最終予選を経験した日本人GKというと、98年フランス大会に挑んだ川口能活(磐田GKコーチ)しかいない。当時の川口も目をギラギラさせて1つ1つの試合に貪欲にチャレンジしていた。その高度な集中力と成長力が数多くの神セーブを生み出した。
偉大な先人に東京五輪代表で指導を受けた鈴木彩艶もそういった野心あふれるメンタリティーを受け継いでいるはず。180センチ・77キロという小柄な体躯で世界と渡り合った川口に比べると、188センチ・100キロという恵まれたサイズを誇る鈴木彩艶にはまだまだ大きなポテンシャルがあるはずだ。
彼は今夏、初めて欧州5大リーグに手をかけたばかりだが、ここからさらに格上のイングランドやスペインにステップアップし、UEFAチャンピオンズリーグの高い領域に辿りつける可能性も少なくない。今年の成長速度の速さを踏まえれば、どこまで到達するか本当に分からない。そういう意味でも、鈴木彩艶の代表・クラブにおける1つ1つのパフォーマンスには大いに注目すべきだろう。
「パルマでは試合の振り返りのところを基本的にGKコーチとしますけど、チームとして背後のスペースを狙うことはつねに言われている部分。そこの姿勢というのはつねに評価していると言ってくれている。それは代表でも生きる部分だと思うので、生かしていきたいですね」と本人は攻撃の起点となるキックやスローイングもより増やしていくつもりだ。そういうシーンが15日の次戦・オ―ストラリア戦(埼玉)で数多く見られれば、サウジ戦ほど苦しまずに勝利への道筋を見出せるかもしれない。
鈴木彩艶という怪物GKの成長が日本代表の飛躍につながることを我々は今一度、肝に銘じた方がよさそうだ。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)
元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。