欧州日本人プレーヤーも仰天「なぜここに日本人が?」 “ハイグレード専門職”を目指す男の恩返し【インタビュー】
ドイツ1部クラブで働く神原健太氏の夢「これまで受けた恩を返せるような仕事を」
ドイツ1部ザンクトパウリでホペイロ(用具係)として働く日本人スタッフの神原健太氏。現地で複数のクラブを渡り歩くなかで多くの日本人選手たちと交流を持ち、「日本人選手に限らず、外国から来ている選手をもっとサポートできる人になりたい」と、今後の展望を熱く語っている。(取材・文=中野吉之伴/全4回の4回目)
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ザンクトパウリでホペイロを務める神原健太は2024年5月、渡独7年目でクラブとともに悲願のドイツ1部昇格を果たした。ドイツでプレーする日本人選手と試合会場でよく顔を見合わせ、「なぜここに日本人が?」と不思議がられるという。
「できるだけ積極的にこちらから話しかけるようにしているんです。最初は『え? こんなところに日本人いるんですか?』ってびっくりされる。選手からしたら、僕が何をやっているか分からないですよね。まず『何してるんですか、ここで?』『フィジオですか?』から始まって、『いや、ホペイロなんです』って言うと、もっと『え?』ってなる(笑)。そういう人がいないから、興味を持ってくれることが多いですね。『どうやって入ったんですか?』『どういう経緯でここまで来たんですか?』みたいに。特に前にいたドレスデンは本当に日本人と縁もゆかりもないクラブだったから、不思議がられましたね」
ドイツに来る前から、いつかブンデス1部のクラブで仕事することを目標に掲げ、自分で考え、自分で道を切り開き、さまざまな出会いを力に変え、今を作り上げてきた。ドイツで過ごす時間が長くなり、複数のクラブを渡り歩くなかで、神原の中ではより具体的な目標が生まれてきているという。
「来た当時から考えると、自分の将来なりたい人物像というのが明確になってきましたね。どういうことをやっていきたいかっていう部分を見つめ直して、だったらこういうこともやってみたいなと、すごい考えるようにはなりましたね。
ドイツで少なからず日本人選手と交流を持たせてもらえているなかで、やっぱりクラブの中で日本人選手をサポートしたいという気持ちがどんどん大きくなってきたんですね。ただそうはいっても、自分がいるクラブで日本人選手と巡り合えるかどうかは、運とかの要素もありますから。
だから最近は日本人選手に限らず、外国から来ている選手をもっとサポートできる人になりたいなと思っています。彼ら選手たちがもっとプレーに集中できる環境を作ってあげられるように、生活のサポートや普段の声掛けなどができればなと」
神原がそう思うのは、自分が単身でドイツに渡り、外国で生きる難しさを経験しているからだ。さまざまな苦労があるなかで、いろいろな人に助けてもらい、支えてもらったからこその今というのを実感しているからにほかならない。
「これからは、もっとそうしたことで還元していきたいなと思っています。今ちょっと苦しんでいる選手がちょっとでも無理なく頑張れるようにって。今度は僕がそういった形でこれまで受けた恩を返せるような仕事をできたらいいなっていう気持ちが最近すごい大きくなってきてますね」
4か国語を操る万能ホペイロを目指して日夜勉強「できたらかなり強いかなって」
思ったら即実行が神原流。「なので最近フランス語の勉強も始めました」とさらっと言う。ドイツ語と英語だけでも大変なはずだが、「フランス語圏から来た選手のサポートができるようになったら、お互いにとってプラスですから」と、さも当然のように話す。
語学の上達には実践が一番。休暇を使ってフランスのアルザス地方に1週間ほど旅行を計画し、道中のコミュニケーションすべてをフランス語で行ったという。
「いけました! 本当に8~9割はフランス語だけで頑張ってやり取りしましたね。ホテルのチェックインやチェックアウト、レストランでの注文、町の案内所で質問するとか、そんな簡単なことだけですけど。できるだけフランス語だけで、なんとかしようと。ただ自分が伝えたいことは伝わるんですけど、例えばホテルの人が案内してくれたり、ちょっと相手が長く喋り始めると理解するのが難しいなっていうのはありましたね。やっぱりそこは課題ですね」
ドイツ語、英語、フランス語、そして日本語。4か国語を操るスタッフがクラブにいたら、それは重宝されるだろう。良いホペイロとは、ただ用具の整備や準備をするだけではなく、チームの雰囲気を良好にするコミュニケーション能力を持っている人。選手とスタッフが世間話で笑い合える空気感があるチームの結束力は強い。
「日本語を含めて4か国語ができたらかなり強いかなって。特にザンクトパウリだと半分近く外国人選手だったりします。日本人選手がドイツに来てくれるのはすごく嬉しいですけど、俺のチームには来ないんだろうなと。でもどこかで期待はしています(苦笑)」
かつてザンクトパウリではFW宮市亮(横浜F・マリノス)がプレーをし、ファンから愛される存在となっていた。いつの日かまた日本人選手が所属し、神原を介して多国籍な選手同士が固い絆で結ばれていく。そんな未来像は決して夢ではないのかもしれない。(文中敬称略)
[プロフィール]
神原健太(かんばら・けんた)/筑波大学体育専門学部に入学後、関東大学サッカー連盟でリーグ運営のスタッフを経験。選手をサポートする仕事に魅力を感じ、J2のFC岐阜などでホペイロを務める。その世界で頂点を極めるため2017年にドイツへ渡り、手探りで道を切り開き、3部クラブのイエナと契約。2020年に当時2部から3部降格したドレスデンへ移り、22年には2部ザンクトパウリへと移籍。23-24シーズン、クラブとともに悲願の1部昇格を祝った。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。