J1首位に値する“変幻自在の戦術” 相手の対策も突破…上位陣で突出しつつあるレベル【コラム】
【カメラマンの目】隙のないサッカーを展開し首位を走る広島
ボールを持った相手の動きを止めるために詰め寄る素早さと激しさは、今シーズンがJ1初参戦となる町田ゼルビアの特徴として語られることが多い。だが、その強度をほかのチームと比較してみると、話題になることは少ないがサンフレッチェ広島の方が町田よりも強力で、優勝を目指すライバルのヴィッセル神戸と一、二を争う力強さを秘めている。
相手には自由にサッカーをさせず、自分たちは練習で身体に刻み込まれた戦術を遂行する。その戦術の完成度も非常に高い。派手さはないが、繊細さとダイナミックさが融合したプレーを攻守に渡って行う、隙のないサッカーを展開しているのが広島だ。
J1リーグ第33節、その広島はジュビロ磐田のホームであるヤマハスタジアムでアウェー戦に臨んだ。キックオフ前に磐田のスポーツダイレクターを務める藤田俊哉氏と話をすると「今日は良い試合になると思いますよ」と首位・広島との一戦に自信をのぞかせていた。その根拠は聞かなかったが、自信を持って良い試合になると言うのだから、きっと磐田には秘策があるのだろうと思った。
磐田としては残り試合も少なくなったリーグ戦で、来シーズンもJ1でプレーするにはもう負けられない重要な90分であった。キックオフの笛を聞き、藤田氏の言葉の深意を見つけようとカメラをピッチに向ける。ファインダーに映るこの日の磐田は3バックを採用し、闘志を全面に出したタイトな守備を武器に、J1首位のチームに対抗していく。
広島、神戸、町田とリーグ上位を占めるチームは、攻撃スタイルにそれぞれの特徴を持っている。広島は横パスをつないで相手を揺さぶり、チャンスと見ればサイドライン際から前線へと進出する。深い位置まで突破するとゴール前にラストパスを送り、中央に走り込んだ攻撃陣が勝負する形が得点パターンだ。
昨年のリーグ覇者である神戸は手数を極限まで減らし、大迫勇也という優秀なターゲットマンを軸に、縦にボールをつないでいくのが基本スタイルだ。まさにシンプル・イズ・ベストのサッカーで、その相手守備陣を掻い潜る切れ味は鋭い。
そして、J1初参戦で健闘する町田もフィジカルを武器にして、手数をかけずに前線へとボールを運ぶスタイルでリーグ前半戦の主役となっている。この3チームは得意としている攻撃に違いがあるものの、中盤から後方にかけての相手との1対1の勝負に勝利することが、ゴールへと向かうためのスイッチとなっている。
対策を練られても即対応する広島の上手さ
どんなチームにとっても守備から攻撃に転じる、形勢を一気に逆転させるプレーは重要だが広島、神戸、町田はメリハリのついた、この切り替えのリズムが良い。相手からボールを奪うための寄せの素早さや強さは、冒頭に述べたように、レベルの差が多少はあるものの3チームに共通した特徴で、好成績の根幹となっているのだ。
しかし、今シーズンのリーグの話題をさらっていた町田は、重要な局面となった終盤で戦い方を対戦相手に研究され、その強さに陰りがさし始めている。相手が局地戦での勝負にこれまで以上に重きを置いて臨んでくることによってペースを握れず、台風の目となっていた勢いも失速気味となっている。
そして、磐田はこの町田の勢いを封じる一手として、有効であることが分かった局面における激しいプレーを、攻守の切り替えにおいて似たタイプの広島への対抗手段として採用した。ただ、磐田はリーグ首位のチームが生み出す戦術の前に劣勢となり、ピッチで見られた1対1の激しい対決は本来、目指していたであろう広島の攻撃の起点を抑える位置となるミッドフィールドではなく、より攻め込まれた自陣での争いを余儀なくされることが多かった。それでも磐田は広島の進出に対して、GK川島永嗣を中心とした守備陣が奮闘して失点を許さない。
しかし、リーグ首位の座をキープする広島は並のチームではなかった。局面で厳しくプレッシャーをかけてくる磐田に対しても冷静に対処し、ボールの流れを停滞させることなく正確に味方へとつなげていく。そのプレーは実に淀みがなく、磐田の抵抗に手こずりながらも前半も終わりが近づいた41分に佐々木翔のゴールで先制する。一時は同点とされたが、後半33分に加藤陸次樹が勝ち越し点を挙げて磐田を突き放したのだった。
広島はサイドで磐田のマークを受けて激しい奪い合いになると、逆サイドへのロングキックで主戦場の位置を変えるなど、ピッチ全体を広く使いボールをつなげていた。そのロングパスは激しいマークによる、局面の混戦から逃げる苦し紛れの展開ではなく、望遠レンズを装着したカメラを逆サイドに向けると、しっかりとその位置に味方がいるのだ。
磐田のタイトな守備に怯むことなくグラウンダーのパスによる揺さぶりに、ピンポイントでのロングパスとボールをつなげるプレーの精度が高く、なおかつ川辺駿の推進力のあるドリブル突破や、トルガイ・アルスランを中心とした攻撃陣がプレッシャーを強く受けるゴール前でも相手を冷静に交わしてシュートを放っていた。各選手の戦術理解度とそれを遂行する技術と体力は流石だった。
磐田としてはピッチ全体における局面の勝負を激しいマークで対応しただけでなく、最終ラインも3バックを中心とした分厚い守備網で対抗するゲームプランは、決して間違いではなかった。だが、広島は苦しみながらも磐田の守備網を打ち砕いてしまった。対戦相手側からすれば、今の広島に弱点を見出すのは難しく、攻略方法はそれほどないのではないかと思えてしまうほど、彼らが織り成すサッカーのレベルは高い。
首位に位置するチームに改めて言うまでもないが、広島のサッカーは優勝するに値するレベルにある。順位と獲得しているポイント、そして安定したチームスタイルから察しても、優勝はここにきて指揮官が自らの信念を貫き、たとえ世界的スターでも特別扱いせず、妥協なき選手選考を行って、昨シーズンから急速にチームとしての完成度を上げた吉田考行監督が率いる神戸と、ミヒャエル・スキッベ監督の英知の結晶として輝く、この広島に絞られたようだ。
(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。