町田圧倒の90分「たまたまじゃない」 “66”を背負う意味…復帰のボランチが広島に通す“芯” 【コラム】

広島の川辺駿【写真:Getty Images】
広島の川辺駿【写真:Getty Images】

2-0で完勝した町田戦で広島を牽引したのは夏に復帰した川辺の存在だった

 視界良好に映る巡り合わせにも、サンフレッチェ広島のボランチ川辺駿は油断や慢心の二文字を排除した。

 ホームのエディオンピースウイング広島にFC町田ゼルビアを迎えた9月28日の天王山。2-0の快勝で首位攻防戦を終えた直後のことだった。キックオフ時点で町田と勝ち点で並び、得失点差で首位に立っていた広島が一歩抜け出し、町田と入れ替わって2位に浮上したヴィッセル神戸と勝ち点1差をつけた状況でも川辺は表情を引き締めた。

 ボランチとしてフル出場し、2つのゴールの起点になった。「ボランチとしての仕事は、ほぼ完璧にやりきったと思う」。川辺は自分自身へ及第点を与えながら、さらにこんな言葉を続けた。

「順位的にも、ポイント的にも、自分たちのメンタル的にも、ものすごく重要な試合でしたけど、まだあと6試合残っている。もちろんすべて勝ちたいけど、簡単じゃない場合も絶対にあるはずなので」

 連覇を狙う神戸との直接対決はすでに終えている。つまり広島は残り6試合をすべて勝てば、9シーズンぶり4度目の優勝を自力で決められる状況を作った。しかも、今後の対戦相手にはジュビロ磐田、湘南ベルマーレ、京都サンガF.C.、北海道コンサドーレ札幌と、J1残留を目指す下位チームが図らずも続いている。

 残留争いで相手も死に物狂いで来るはず。当然、勝ち点3が保証されているわけではなく、川辺は一戦必勝を誓う。

「次の磐田とか湘南とか、残留がかかっているチームに対しても、自分たちは絶対に隙を見せずに勝っていかなきゃいけない。相手も勝ち点3がほしいはずだけど、状況によっては勝ち点1でもいいと思って戦ってくる。そういう難しい相手が続くので、今日の勝利はもちろんうれしいけど、すぐに次へ向かわなきゃいけない」

川村が移籍した広島の中盤を安定させた川辺の復帰

 スタンダール・リエージュ(ベルギー)から完全移籍での加入が発表されたのは8月2日だった。広島のアカデミーからトップチームへ昇格したのが2014シーズン。磐田への期限付き移籍から再び広島でプレーし、3年間のヨーロッパ挑戦を経て、愛着の深い古巣へ復帰した29歳は、移籍加入会見でこんな言葉を残している。

「シーズン途中の加入ですけど、チームはタイトルを獲得できる環境にある。ひとつでも多くのタイトル獲得に貢献できるようにプレーしていきたいし、そのために帰ってきたと思っているので」

 川辺の加入は広島の中盤を安定させた。主軸ボランチだった川村拓夢がザルツブルク(オーストリア)へ移籍した6月中旬以降の8試合で、広島を率いるミヒャエル・スキッベ監督は7通りのダブルボランチを組んだ。6月22日の柏レイソルとの第19節では、松本泰志のワンボランチでキックオフを迎えている。

 指揮官がやり繰りに苦心していた中盤の選手起用に、復帰した川辺が芯を通した。広島での再デビュー戦となった8月11日のセレッソ大阪との第26節から、川辺は町田戦まで7試合続けてダブルボランチの一角として先発。その間にコンビを組んだのは塩谷司と松本泰の2人だけだ。

 グラスホッパー(スイス)とスタンダール・リエージュでプレーした2021年夏以降の3年間で、リーグ戦だけで103試合に出場してきた。自身をして「競争のなかで成長できた」と言わしめたプレーを、川辺はどのような形で還元しているのか。町田戦で90分間を通して見せたプレーを振り返りながら、こう語っている。

「最近はチームとして前から、前からとアグレッシブにできるようになってきたし、それを後半途中からではなく開始1分、1秒からできた結果が、首位対決だった町田戦での勝利につながった。チームとして負けていない状況が続いているなかで、町田を圧倒した90分間がたまたまじゃないと証明できたと思っています」

 川辺の加入前から右肩上がりの状態にあった広島は、直近の10試合で9勝1分けと圧倒的な強さを見せている。9月14日の鹿島アントラーズとの第30節こそ2-2で引き分け、同一シーズンにおけるクラブ記録を更新する連勝記録こそ「7」で途切れたものの、続く横浜F・マリノス戦、町田戦と再び白星を重ねている。

 広島は無敗を継続している10試合で25ものゴールをあげている。オウンゴールを除いた24点を奪った選手は実に13人を数える。今夏に加入したMFトルガイ・アルスラン、元ポルトガル代表のFWゴンサロ・パシエンシアの存在が目立つ一方で、どこから誰でもゴールを奪えるチームが完成しつつある。

移籍前に背負った「8」ではなく、あえて「66」を選んだ理由とは…

 自身は無得点ながら、チームの心臓部で味方とボールを動かす川辺も大きな手応えを感じている。

「ゴールが取れているのがもちろん大きいけど、チームとしていろいろな戦い方ができているのもすごく大きい。前からプレッシャーをかけて後ろで拾う展開もあれば、もちろん相手に持たれる展開で我慢強くプレーする時間も多いので、状況に応じていろいろな戦い方がいまはできていると思う」

 町田戦のコンセプトは「前からプレッシャーをかけて後ろで拾う」だった。開始わずか3分。ロングボールのこぼれ球に敵味方の誰よりも早く反応し、右ウイングバックの中野就斗へ的確なワンタッチパスを通し、パシエンシアの電光石火の先制ゴールを導くとともに、広島を優位に立たせたのは、ほかでもない川辺だった。

「セカンドボールを拾うプレーは常に意識しているけど、ウチも町田もある程度ロングボールを蹴る展開が多くなるので、今日は特に重要だと思ってきた。その意味でうまく味方につなげられてよかったです」

 言葉通りにプレーそのものは黒子に徹しながらも、中盤を主戦場にあらゆるエリアで神出鬼没のプレーを見せる川辺は、パシエンシアの「99」に次いで大きい「66」の背番号を介して群を抜く存在感を放つ。

 川村の移籍に伴い、グラスホッパーへ移籍するまで背負っていた「8」が空いていた。それでも、川辺が「66」を選んだのには深い理由がある。子どものころから大好きな数字のひとつであり、2004シーズンから広島ひと筋でプレーするバンディエラ、38歳の青山敏弘の象徴が背番号「6」だからだ。川辺が照れくさそうに言う。

「シンプルに『6』という数字が好きなのもあるし、何よりもこのチームにおける『6番』はすごく大きなものがある。なので、それを目標に、というか、そういう意味で『66』をつけました」

 広島のアカデミーでプロを夢見ていたときから、「6」を介してまばゆい輝きを放つ背中をずっと追ってきた。町田を圧倒した一戦で、背番号に見合うプレーはできたのか。こう問われた川辺は静かに首を横に振った。

「少しはできたかもしれないけど、まだまだですね。まだまだやっていかなきゃいけない」

 広島が最後にリーグ戦を制した2015シーズンを、プロ2年目で、磐田へ期限付き移籍していた当時20歳の川辺は知らない。4度目の優勝の喜びを青山と共有したとき、憧れのレジェンドとの距離をちょっとだけ縮められると信じながら、中盤のタクトを託された川辺は残り6試合で全身全霊のプレーを常に自らに課していく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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