「だいぶ衰えた」 プロ生活四半世紀の43歳、元日本代表に今なお必要とされる“不屈”の魂【コラム】

山口の山瀬功治【写真:Getty Images】
山口の山瀬功治【写真:Getty Images】

天皇杯で横浜FMとの古巣対決に臨んだJ2山口のMF山瀬功治

 雨が降り続けるニッパツ三ツ沢球技場に、往年のチャントが時空を超えて響き渡った。

「俺らの10番オー、オー、横浜の山瀬、俺らの10番オー、オー、横浜の功治」

 横浜F・マリノスが5-1でJ2レノファ山口に圧勝した、9月25日の天皇杯準々決勝が終わった直後。後半途中からピッチに立ち、古巣のマリノスと対峙したMF山瀬功治が挨拶に向かったときだった。

 古巣と対戦した選手が試合後に、かつて共闘したファン・サポーターのもとへ向かう光景は珍しくない。ただ、スタンドが一体となって当時のチャントを蘇らせるケースは稀有といっていい。それだけ2005シーズンからマリノスに6年間所属し、公式戦で201試合に出場した山瀬は記録にも記憶にも色濃く焼きついているのだろう。

 マリノスのアカデミー出身で、トップチームにも在籍したGK田口潤人とともにゴール裏のスタンド前へ挨拶にいった山瀬はチャントに合わせて手拍子をはじめ、感謝の思いを込めて深々と頭を下げた。

 試合後の取材エリア。特別な気持ちでプレーしたのでは、と問われた山瀬はこう切り出した。

「ピッチに立ってみたら、本当に久々という感じがして。三ツ沢での試合は別にやっていますけど、マリノスと試合で対戦する形で関わるのは本当に12年ぶりだったので、やはり感慨深いものがありますね」

 記憶がちょっとだけ混乱していた。マリノスと敵味方で顔を合わせるのは、川崎フロンターレ時代の2011シーズンの11月26日のリーグ戦以来だから約13年ぶり、実に4686日ぶりだった。翌2012シーズンはホーム、アウェーともマリノス戦を欠場。2013シーズンからは戦いの舞台をJ2に移して、いま現在に至っている。

 山瀬が投入されたのは後半34分。前半の段階で両チームともに退場者を出した一戦は、この時点でマリノスが4-1と大量リードを奪っていて、同41分にはFWアンデルソン・ロペスが5点目を決めた。

 それでもゴールマウスを38歳の飯倉大樹が守り、4点目を34歳のFW水沼宏太が決めるなど、マリノスで同じ時間を共有したかつての盟友たちがいた。当時はアカデミーの一員で、先輩たちの一挙手一投足へ憧憬のまなざしを向けていたMF喜田拓也は30歳になり、キャプテンとして古巣をけん引していた。

 マリノス戦直前の22日に43歳になった、プロになって四半世紀の大ベテランがこう続けた。

「手応えというほど長くプレーしたわけでもないし、実際、状況も状況だったので、マリノスとの試合というものをじっくりと噛みしめる、という感じにはなりませんでした。それでも、せっかく対戦するからには、ピッチに立つからには、いまの自分にできるプレーを全力でやろう、という思いしかなかったですね」

 4分が表示されたアディショナルタイムを含めて、山瀬が目立った爪痕を残せたのかといえば、決してそうとはいえない。大差がついてもマリノスが手を緩めなかった展開のなかで、山瀬が放ったシュートもゼロだった。それでも熱いチャントに応えるかのように、自身の現状に対する思いを山瀬は言葉に変換させている。

「ファン・サポーターのなかには、イメージと実際のプレーとのギャップで、いろいろな思いをもたれた方もいますよね。しょうがない部分ではあると思うし、それはそれで置いておいて、だいぶ衰えたとはいえ、元気にやっています、というところだけは見せよう、と。その意味でも一応、頑張りました」

 コンサドーレ札幌でプロの第一歩を踏み出したのは2000シーズン。浦和レッズからマリノス、川崎をへてJ2で京都サンガF.C.からアビスパ福岡、愛媛FC、そして2022シーズンからは山口でキャリアを紡いできた。

 迎えた今シーズン。J2リーグ戦の出場はニッパツ三ツ沢球技場に乗り込んだ、2月24日の横浜FCとの開幕戦だけにとどまっている。しかも後半43分からピッチに立って以降は一度もベンチ入りできないまま、戦いの場は天皇杯と、今シーズンはJ3までの全カテゴリーが出場するYBCルヴァンカップに限られてきた。

 怪我をしていたのか、という問いに首を横に振った山瀬は、ここまでの自身の軌跡をこう振り返った。

「試合に出ている、出ていない、ベンチに入れる、入れないといったものも含めて、それがプロとしての成果というか、結果だと思っているので。そういう意味で、結果を出せていないところは一個人としては悔しい部分もありますけど、それはそれでもうしょうがないので。じゃあ何ができる、というところに気持ちを切り替えて……気持ちというか、目線を向けてやっていくだけです。そこのスタンスはもう変わらないですね」

 2016シーズンからJ2を戦ってきた山口は、今シーズンから指揮を執る志垣良監督のもとで一時は4位につけるなど、J1昇格プレーオフ出場圏内の6位以内をキープしてきた。しかし、ここにきてリーグ戦で4連敗を喫し、順位も9位に後退するなど正念場を迎えた状況で、クラブ史上で初めて天皇杯の準々決勝に臨んだ。

 ジェフユナイテッド千葉に1-4で完敗した直近のリーグ戦から、志垣監督は先発を10人も入れ替えた。さらにリザーブの7人のうち、山瀬を含めた6人は千葉戦でベンチ外だった。5位のベガルタ仙台をホームに迎える29日のリーグ戦を重視した選手起用とも受け取れるし、マリノス戦で結果を出した選手を、残り6試合となったリーグ戦にも組み込んでいくメッセージにも映る。山瀬もマリノス戦をこう位置づける。

「格上相手との試合を経験しにきた、というつもりはない。普通に勝ちにきたなかで負けたショックは少なからずあるし、悔しさがあるのかといえばもちろんある。実際に力の差があったのは確かだけど、天皇杯でここまできてマリノスと対戦できた経験を無駄にしてはもったいない。リーグ戦の昇格プレーオフ争いでちょっと厳しい状況にあるけど、その意味でもこの経験を残り6試合に反映させなければ、ここまで大勢きてくれたファン・サポーターの存在を含めて、やってきたことがすべて無駄になってしまう。それだけは避けたい」

 山口がマリノス戦から一夜明けた26日、リーグ戦でチームトップの8ゴールをあげながら、千葉戦で負傷退場していたキャプテンのFW河野孝汰が、左膝前十字じん帯断裂や半月板の損傷などの大怪我で全治約8か月と診断されたと発表した。チームの総力をさらに結集させた戦いが求められていく苦境で、幾度もの大怪我を乗り越えてきた自身の濃密な経験と不屈の魂が必要とされると信じて、山瀬はこれまで通りに調整を続けていく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)

page 1/1

藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング