“サッカー王国”でなぜ得点量産 J2で14ゴールのブレークFWが悔やんだ「県勢対決」【コラム】

藤枝の矢村健【写真:Getty Images】
藤枝の矢村健【写真:Getty Images】

藤枝の矢村健が4戦5発と急成長中

 ルーキーイヤーから5シーズンをかけて積み上げてきたゴール数に、今シーズンだけで並んだ。終盤戦に突入しているJ2リーグで14ゴールをマーク。得点ランキングで3位タイにつけている藤枝MYFCのエースストライカー矢村健が、急成長を象徴する「数字」を介して対戦相手の脅威になっている。

 ここまで32試合すべてに出場し、チーム最長の2669分を数えるプレー時間で放ったシュート数が「119」に到達。2位のFWカプリーニ(横浜FC)の「93」を、19ゴールで得点ランキング首位に立つ3位のFW小森飛絢(ジェフユナイテッド千葉)の「88」を大きく引き離して1位となっている。

 シュート決定率は11.7%と、小森の21.5%には遠くおよばない。それでも対戦相手からすれば、自軍のペナルティーエリア内で積極果敢にシュートを放ってくる矢村は極めて危険な存在となる。

 ホームの藤枝総合運動公園サッカー場に、清水エスパルスを迎えた22日のJ2リーグ第32節。1トップでフル出場した矢村は両チームを通じて最多の4本のシュートを放ち、すべてを清水ゴールの枠内へ飛ばし、前半28分の2本目のシュートをゴール左隅へ流し込んで藤枝に先制点をもたらした。

 左サイドでボールを前へ持ち運んだMF新井泰貴が、ポジションを下げてきたMF大曽根広汰との間でワンツーをまず開通させた。次の瞬間、それまで大曽根がいたスペースを駆けあがっていったシャドーの梶川諒太へ、新井がワンタッチでスルーパスを通して一気にチャンスを膨らませた。

 この間に矢村はゴール中央から一度ファーへ膨らみ、すかさずニアへポジションを移しながらマーク役のDF住吉ジェラニレショーンを翻弄する動きを見せていた。矢村は試合後にこう語っている。

「梶川選手が縦へ抜け出して顔をあげたときに、自分の動きや走り込んでいくスペースを分かってくれたと思ったので。本当に素晴らしいボールがきたし、自分はもう合わせるだけでした」

 梶川がややマイナス気味に送ったパスに、走り込んできた矢村が利き足とは逆の左足を合わせる。以心伝心で放たれたワンタッチシュートが、元日本代表の守護神・権田修一の牙城に風穴を開けた。

 これで9月に入ってから、4試合連続で計5ゴールを叩き出した。アルビレックス新潟から期限付き移籍で藤枝へ加入して2シーズン目。新潟時代は4シーズンで5ゴールにとどまっていた矢村は、終盤戦から先発に定着した昨シーズンに9ゴールをマーク。ブレークを果たしたかに思われた。

 しかし背番号を「28」から昨シーズンのチーム得点王、渡邉りょう(現・ジュビロ磐田)がつけていた「9」に変えた今シーズンは産みの苦しみを味わった。初ゴールは5月3日のザスパクサツ群馬との第13節。逆の見方をすれば、5月以降の20試合で14ゴールを叩き出した。矢村に何が起こっていたのか。

「自分のなかで特に変えたものはないですね。ずっと取り組んできたものがあるなかで、これまでの自分を信じて、さらに継続させてきただけです。まあゴールを取りはじめれば、フォワードとしてはメンタル的にも安定する。そういった部分は大きいのかな、と思っています」

 藤枝を率いて4シーズン目になる須藤大輔監督は、ゴール量産体勢に入った矢村をこう語っている。

「ゴールを奪うための彼の多種多様なパターンは、普段のトレーニングから出されているものであり、そうした積み重ねがリーグ戦の最終盤に入って花開いてきたと思っています」

 3度任されたPKをすべて成功させ、6月1日のヴァンフォーレ甲府戦では、プロになってから初めて直接FKも決めている今シーズン。残る10ゴールをアシストした選手は実に8人にのぼる。今シーズンに東京ヴェルディから加入し、清水戦を含めて2ゴールをアシストしている梶川をはじめとして、ゴール前における動き出しを含めた自身の特徴を、日々のトレーニングからチームへ繰り返し伝えてきた賜物といっていい。

清水との「県勢対決」は逆転負け…矢村が悔いる「メンタルの問題」

 矢村の身長は169cm。ストライカーとしては小兵だが、今シーズン初ゴールは左サイドからのクロスを頭で叩き込んでいる。権田のファインセーブにあったものの、清水戦の後半32分にも右サイドから新井が放った直接FKに素早くニアへ回り込み、頭をすらせる技ありの一撃を放って清水ゴールを脅かした。

 ちなみに矢村の体重は69kg。ラガーマンのように太い首に象徴される、鍛えあげられた筋骨隆々のボディも武器のひとつとなる。小兵だからこそもつストロングポイントを、矢村は清水戦後にこう語っている。

「もちろんヘディングが強いに越したことはないけど、小回りが利くところや相手の下から潜り込んでいけるところなど、別のプレーで輝けばいいと思っている。そこでゴールを決めてチームが勝てばフォワードとしての価値になるし、自分の武器をしっかりと生かしながら、自分にできるプレーに向き合っていきたい」

 今シーズンはゼロが続いていた左足によるゴールが、直近の4ゴールのうち3つを占めている点からも努力の跡が伝わってくる。それでも、清水戦を総括した言葉は厳しいものだった。試合は後半7分からの8分間で、立て続けに3ゴールを奪われた藤枝が2-3で逆転負けを喫した。矢村はこう振り返る。

「正直、自分のなかでは悔しさの方が大きい。技術どうこうではなくメンタルの問題。うまくボールを回して、隙を突いてくるプレーが多くなった後半のエスパルスさんに目を奪われすぎて、自分たちがやるべきプレーを見失っていた。前からプレスをかけるとか、しっかりとボールを保持していれば、また違った展開になっていた」

 試合後の公式会見。横浜FCを抜いて単独首位に立った清水の秋葉忠宏監督は、一度も「静岡ダービー」という言葉を発しなかった。代わりに口にした「県勢対決」には、藤枝がJ2へ昇格して2シーズン目で、リーグ戦における直接対決がまだ4試合という、ジュビロ磐田とは異なる両チーム間の歴史が反映されている。

 清水戦を前に「ダービーと認めてもらえる戦いにしたい」と闘志を高めていた矢村が悔やんだ。

「勝たなければ、相手にそう(ダービー)思わせることはできない。いい試合だったとしてもエスパルスさんが勝てば、やはりエスパルスさんの方が強いよね、となってしまう。そう思われるのはやはり悔しい」

 清水戦のキックオフ前の時点で、3連勝をマークしていた藤枝は10位につけ、J1昇格プレーオフ圏内となる6位のレノファ山口との勝ち点差を2ポイントとしていた。一転して無念の逆転負けを喫した清水戦後には、順位こそ10位で変わらないものの、6位に浮上した千葉との勝ち点差は4ポイントに広がった。

「今日の内容と結果をしっかりと受け止めて、ここからどうするのかによって、チームの今後も変わってくる。僕たちはもうやるしかない。シーズンが終わるまで、全員がしっかりとサッカーに向き合っていきたい」

 須藤監督のもと、藤枝は3点を取られても4点を取り返すサッカーを標榜してきた。残り6試合には千葉との直接対決も含まれている。攻撃的なフィロソフィーの中心を担ってきた矢村は、胸中に募らせた悔しさを巻き返しへの糧にしながら、27歳になった今シーズンに遂げた覚醒をさらに加速させていく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)

page 1/1

藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング