なでしこFW「しっかり戦力になりたい」 始まった“勝負”の1年…挑む欧州最高峰の定位置争い【現地発コラム】
“本当のチェルシー1季目”を迎えた浜野まいか
「誇りと責任を凄く感じています」と、浜野まいかは言う。9月20日、チェルシー・ウィメンの選手として初めて迎えたウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)開幕戦後。ホームでアストン・ビラ・ウィメンに勝利(1-0)したピッチに立った心境を尋ねた際の返答だった。
昨季の開幕時は、2023年1月のチェルシー入りと同時にレンタルで移籍したハンマルビー(スウェーデン女子1部)から急遽戻ってはいたものの、痛めた肩の手術とリハビリが優先の日々を過ごしていた。チェルシーでのデビューは、WSL開幕から2か月半が過ぎた昨年12月後半まで叶わなかった。
指揮を執っていたエマ・ヘイズ(現アメリカ代表監督)には、「現時点でも戦力になるチームの未来」として買われていた。だが最終的な数字は、合計8試合出場2得点。20歳の日本代表FWにすれば、今季こそが本当のチェルシー1シーズン目だと言っても良い。
本人も言っている。
「チェルシーの浜野まいかっていう思いで、しっかりとプレーしないといけない。(リーグ)5連覇を達成しているチャンピオンの意地をしっかり見せて、1試合1試合、勝ちを収めたい」
開幕初戦の前には、今夏のパリ五輪準々決勝で、敵軍の将としてなでしこジャパンの前に立ちはだかってもいたヘイズから、励ましの言葉をもらっていたという。
「個人的にメッセージが来て、『頑張ってくれ』って。エマと関わった1年間、肩の脱臼もあって自分がプレーできたのは半年でしたけど、その半年のなかでもサッカー人生を大きく変えられたというか、エマからもらったものをこの1年でしっかり出していきたいと思う」
後半21分にベンチを出た浜野からは、その意気込みが感じられた。4-2-3-1システムのトップ下に入ると、守備面でも縦横無尽の動き。自軍ペナルティーエリア付近でのスライディングタックルは、投入3分後。かと思えば、さらに5分後には、相手ボックス内に斬り込んでの低弾道クロスで、敵のオウンゴールを誘いかけた。
プレッシャー下でもワンタッチ、ツータッチで捌く浜野には、右サイドバック(SB)の大物新戦力、ルーシー・ブロンズ(イングランド代表)からもボールが集まってきた。後半40分の選手交代を境に右ウイングに回っても、精力的なプレーは変わらず。最後は、相手コーナーキック後に自らボールを奪い返したところで、チェルシーの逃げ切りを意味する終了の笛が鳴った。その27分ほど前、「Chelsea number 23」と歌われるチャントで浜野の投入を歓迎したメインスタンドの観衆からは、「Well done, Maika (いいぞ、マイカ)!」との声も上がった。
呼吸の合う“相棒”と示した意義ある27分間
出場時間の短さを否定的に捉える必要はない。むしろ、チームが追加点を欲していた時間帯に、新監督のソニア・ボンパストルから声がかかった事実を前向きに解釈するべきだろう。
リーグとして右肩上がりのWSLでは、全体的な戦力アップが進む。この日のアストン・ビラも、チェルシーが過去8度のリーグ対決に合計スコア23-1で全勝を収めている「お得意様」とは違っていた。ほぼ五分五分のオープンな試合展開は、前任者よりもポゼッション志向が強いチェルシー指揮官にすれば、納得できるチームパフォーマンスではなかったはずだ。
「1-0の状況で攻守が行ったり来たり、ボールが落ち着かないなかで、しっかりボールを抑えて、攻守にわたってハードワークしてほしいと言われていた感じです」
そう監督の指示を説明してくれた浜野と、2枚替えで1トップに投入されたアギー・ビーバー=ジョーンズ(イングランド代表)によるエネルギー注入のインパクトは、周囲の記者陣も認めるところだった。
同世代の両選手は、昨季の時点でも試合前後の様子から仲の良さが窺い知れた。今季は、プレシーズン中からピッチ上でも互いに持ちつ持たれつ。アメリカでの親善試合とはいえ、ライバル対決を制したアーセナル戦(1-0)で浜野が放ったチーム1本目のシュートは、ビーバー=ジョーンズのお膳立てによるものだった。帰国後に大勝を納めたフェイエノールト戦(9-0)での浜野は、自らミドルを決める前に、フリーキック(FK)で相方のゴールを演出してみせた。
呼吸の良さを尋ねると、まだ額にウォームダウン直後の汗が光っていた浜野の表情もほころんだ。
「練習でもアギーと組むことが凄く多くて。最近は、見なくても分かるというか。ヒールで(のパス)であったり(笑)。目を合わせなくても息が合うようになってきました」
この日も、ビーバー=ジョーンズがポストプレーを見せれば、すかさず浜野がもらってつなぎ、外に開いた浜野が後方からのボールを頭でインサイドに流せば、落下地点にはビーバー=ジョーンズがいた。限られた時間ではあったが、アピールという観点からも意義ある27分間だったと言える。
「トップ下だけじゃなく、サイドでもできるっていうのをしっかり示していかないといけない。ベンチにはLJ(ローレン・ジェームズ)やアギー、今は怪我をしているサム(・カー)だったり、凄い選手がたくさん揃っているので。でも、チャンピオンズリーグと2つの(国内)カップ戦も全部獲るっていう目標を掲げているなかで、やっぱり11人だけでは戦えない。総力戦になると思うので、そこでしっかり戦力になりたい」と、浜野。
女子の世界でも、トップレベルではスカッドとしての勝負という色合いが増している。ヘイズの後任として、選手としても監督としてもUEFA女子チャンピオンズリーグ(CL)優勝歴を持つボンパストルを迎えたチェルシーでは、前体制下でもファイナリストが限界だった欧州制覇に、より大きな比重が置かれているとも考えられる。バルセロナから移籍したブロンズなどは、「チャンピオンズリーグ優勝を実現するために来た」とまで言っている。
前線の定位置争いはハイレベルも「チームの勝利に貢献したいのが1番」
とはいえ、層の厚さでもWSL最高レベルにあるチェルシーでは、ターンオーバーで起用される一戦力となること自体が容易ではない。特に前線は、浜野も覚悟しているように激選区だ。
ストライカーには、主砲のサム・カー(オーストラリア代表)が戦列を離れていても、マイラ・ラミレス(コロンビア代表)というセンターフォワード(CF)がいる。1トップは、故障明けで開幕戦はベンチ止りだったカトリナ・マカリオにも務まる。24歳のアメリカ代表は、ボンパストル体制下の古巣リヨンでも戦力となっていた。
無から有を生むゴールのあるローレン・ジェームズは、トップ下での起用も多い。アストン・ビラ戦で10番として先発したグロ・レイテン(ノルウェー代表)は、左ウイングが本来の主戦場。逆サイドには、セーブ不能な決勝ゴールを決め、初戦からプレーヤー・オブ・ザ・マッチに輝いた、ヨハンナ・リッテン・カネリド(スウェーデン代表)がいる。浜野と代わったサンディ・バルティモア(フランス代表)は、中央でもアウトサイドでも機能する新戦力だ。
ハイレベルな競争を戦い抜く決意を訊くと、浜野は「得点に絡むっていうところで、まず自分自身でも5得点以上」と言ったところで一呼吸。そして、より大きな声で言った。
「チームの勝利に貢献したいというのがホントに1番。チェルシーの一員という誇りを持って、しっかり目の前の相手に負けないっていう気持ちで戦いたい」
勝ち点3という結果を手にした開幕戦、「チェルシーの未来」が、WSL6連覇を目指す今季チェルシーの一員として、幸先良く白星スタートを切った。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。