Jリーグ黎明期とは異なる「アンチ」の傾向 J1首位・町田に批判が向かう“2つの理由”【前園真聖コラム】
優勝争いし、「目立ってる」が故のバッシング
FC町田ゼルビアは8月31日のJ1リーグ第29節で約3カ月守っていた首位の座を明け渡したが、第30節でアビスパ福岡を下すと再びトップの座に返り咲いた。初昇格チームとして大健闘しているのだが、一方で別の話題も提供し続けている。黒田剛監督の発言が大きく取り上げられたり、ロングスローやPKでのボール水かけも批判の対象になったりしてきた。かつてJリーグの中でも特に目立つ存在だった元日本代表MF前園真聖氏は、どんなバッシングを浴びてきたのだろうか。本人に聞いてみた。(取材・構成=森雅史)
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J1初昇格で首位争いを繰り広げるFC町田ゼルビアですが、アンチファンもたくさんいるという話を耳にします。
僕がプレーしていた時代とはずいぶん違う気がします。僕がJリーグに入ったのは1992年で、Jリーグのクラブに所属していた最後の年は2001年でした。あの頃は自分の好きなチーム、ひいてはサッカーを応援しようという雰囲気がありました。だから「アンチファンがいた」というイメージはないですね。日本のプロサッカーの黎明期だったから、というのもあると思います。
ただ、今、町田が叩かれている理由はよく分かります。
それは町田が「新しい」のと、「目立っている」から。J1への「初」参戦ですし、しかもずっと首位に立っていて、前節で2位になったかと思うと再びトップに立ちました。
加えて青森山田高校を率いていた黒田剛監督がJリーグに参入し、あれよあれよという間にJ2で優勝し、J1でも高成績を出しています。監督は発言もはっきりしているし、ほかにもロングスロー、PKでのボールに水かけなど、これまでになかった出来事がいくつもあります。
特に今、「優勝争い」をして目立っているのが原因でしょうね。これが中位や下位にいたらそんなにアンチが付くとは思いません。目立っていると叩こうとする人たちが一定数いるのだと思います。みんなが同じような質でないと許せないのでしょう。
僕も現役時代に嫌な目に遭いました。ファンの人たちからは何かされたということはなかったのですが、僕がJリーガーとしては初めて代理人として弁護士をお願いして移籍交渉したところ、メディアからこっぴどく批判されました。とにかく「生意気だ」ということでした。
今の時代は多くの選手が代理人をつけて交渉していると思います。また、当時でも海外では代理人をつけるのが当たり前でした。でもJリーグにとっては「新しい」ことで、「目立って」もいたのでバッシングが凄かったですね。
だから、町田や町田のファンの人は、今のアンチファンの言葉を気にする必要はないと思いますよ。もともとプロサッカーの世界ですから「だって結果を出しているから」と言われると相手は言い返せないはずです。
そして、ここまでアンチファンの声が大きく聞こえるのも、メディアがそういうのを取り上げるからでしょう。メディアに取ってみるとアンチファンを取り上げるとクリック数が伸びるということだと思います。
それだけ町田が話題を提供してくれているという証拠でもあります。残念なのは、町田を超えるだけの話題になることがJリーグで少ないことです。Jリーグでそういう別の話題を探すほうが僕は楽しいと思いますよ。
(前園真聖 / Maezono Masakiyo)
前園真聖
まえぞの・まさきよ/1973年生まれ、鹿児島県出身。92年に鹿児島実業高校からJリーグ・横浜フリューゲルスに入団。96年のアトランタ五輪では、ブラジルを破る「マイアミの奇跡」などをチームのキャプテンとして演出した。その後、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)、湘南ベルマーレの国内クラブに加え、ブラジルのサントスFCとゴイアスEC、韓国の安養LGチータースと仁川ユナイテッドの海外クラブでもプレーし、2005年5月19日に現役引退を表明。セカンドキャリアでは解説者としてメディアなどで活動しながら、「ZONOサッカースクール」を主催し、普及活動を行う。09年にはラモス瑠偉監督率いるビーチサッカー日本代表に招集されて現役復帰。同年11月に開催されたUAEドバイでのワールドカップ(W杯)において、チームのベスト8に貢献した。