J1最下位チームの悔恨「ピッチ上でバラバラ」 実際のやり取りから分かる清武弘嗣、決意の志願【コラム】
川崎戦で清武はPKキッカーを務めた
自分が蹴る。密かに固めた決意を周囲の味方に伝えるかのように、サガン鳥栖のMF清武弘嗣は真っ先にボールを拾いあげた。川崎フロンターレのホーム、Uvanceとどろきスタジアムに乗り込んだ9月13日のJ1リーグ第30節。1-2と1点をリードされて迎えた後半44分のひとコマだった。
MF堀米勇輝のシュートのこぼれ球に、後半6分に一時は同点に追いつくゴールを決めていたMF久保藤次郎が飛び込む。ペナルティーエリア内の右側。久保が放った強烈なシュートを、DF三浦颯太が至近距離でブロックしてから数秒後に、長峯滉希主審が鳥栖のPK獲得を告げる笛を鳴り響かせた。
三浦がブロックした際に、高くあげた右腕の上腕あたりにボールが当たった。土壇場で同点に追いつく千載一遇のチャンス。そして、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)による映像確認が行われる前から、清武は拾い上げたボールを左脇に抱えたまま、ペナルティーマークの後方に立ち続けていた。
鳥栖のPKキッカーは決まっていなかった。今シーズンのリーグ戦で、PKによる鳥栖の得点は2つ。1点ずつ決めているブラジル出身のFWコンビ、マルセロ・ヒアンとヴィニシウス・アラウージョは川崎戦でベンチ入りしていない。今夏の移籍期間にセレッソ大阪から期限付き移籍で加入した清武が言う。
「おそらく(富樫)敬真が蹴ると思っていたんですけど……」
それでも自ら拾い上げたボールを離そうとしなかった清武へ、FW富樫敬真が近づいていった。
「蹴るの?」
今シーズンのリーグ戦において、ゴール数こそ1ながら、フィールドプレイヤーでは最多となる29試合に出場している富樫の問いかけに、清武はごく短い言葉を返した。
「蹴る」
清武との数秒間のやり取りに、34歳の元日本代表MFの強い覚悟を感じたと富樫は明かしている。
「PKを蹴る役割は、特別には決まっていませんでした。だけど、キヨくん(清武)が最初にボールを取りにいったし、聞いたら『蹴る』と。キヨくんの意思を確認できたので『じゃあ、蹴っていいよ』と」
清武は何を考えていたのか。キックオフ前の時点で、鳥栖への加入が発表された7月7日以降は7試合連続で出場。先発はトップ下で60分間プレーした8月7日の鹿島アントラーズ戦だけで、合計のプレー時間は147分。ゴールを奪えないまま、川崎戦でも1-2とリードされた後半30分から投入されていた。
「僕も昨シーズンからずっと怪我で苦しんでいて、点を取れていなかったので、ちょっと敬真に甘えさせてもらいました。『蹴っていいよ』と言ってくれた敬真には、本当に感謝しています」
昨シーズンの清武は、開幕直前の2月11日に左ハムストリング筋を損傷。完治への目途が発表されないまま時間だけが経過し、リーグ戦には最後の2試合に途中出場しただけにとどまった。リーグ戦で最後にゴールを決めたのは、2022年5月25日の浦和レッズ戦。後半22分に決めた先制点もPKだった。
復活を期した今シーズンも、開幕からベンチ入りできない状況が続いた。すべて途中出場で6試合、76分のプレー時間にとどまり、6月15日の浦和戦以降は再びベンチ外が続いていたなかで、鳥栖への期限付き移籍が発表された。鳥栖のファン・サポーターへ、清武はクラブの公式サイトを介してこんな思いを届けている。
「今回の移籍は強い覚悟をもってきました」
VARの確認が行われている間に、川崎との一戦は7分が表示された後半アディショナルタイムの46分に入っていた。成功するか否かで、天国と地獄が分け隔てられる運命のPK。清武は助走をはじめてからボールをヒットする直前まで、10.97メートル先のゴールライン上で構える川崎のGKチョン・ソンリョンを凝視し続けた。
「ソンリョンさんを見ながら、自分のフィーリングを信じてあの方向へ蹴りました」
右足のインサイドキックから放たれたPKの行方と、チョン・ソンリョンがダイブした方向は、清武から見て左側で一致した。しかし、こん身の力が込められた、迷いのない強烈な弾道が一瞬早く左隅を射抜いた。
「個人的には怪我などいろいろとあったなかで、このようにして点を決められてすごくポジティブに感じていますし、まだまだこれから先にもつながっていくと思っています」
リーグ戦では842日ぶりに、鳥栖の一員としては初めて決めたゴール。完全復活への狼煙にしようとキッカーを志願し、完璧に決めた通算41得点目を喜んだ清武は、最下位にあえぐ鳥栖にこう言及している。
「チームが勝てていない状況で、何とかもう一度、みんなを奮い立たせてやらなきゃいけない」
悔しい一撃…勝ち点を逃した瞬間
2-2の振り出しに戻った試合は、接触プレーがあった鳥栖のFWヴィキンタス・スリヴカ、川崎のDF佐々木旭がともに脳震盪の疑いで交代。その影響で後半アディショナルタイムが加算された同10分に大きく動いた。敵地でのドローでよしとするか、勝利を狙うのかでピッチ上の意思がわかれていたと清武は言う。
「2-2のままでいいのか、それともFKとなったときにゴールを奪いにいくのか。チームの意思を統一させる点では、ピッチの上でちょっとバラバラになった部分があったと思う。みんな落ち込んでいたけど、もう終わったことだし、自分たちでしっかり受け止めたうえで、うまく気持ちを切り替えて修正していくしかない」
清武が出場した8試合で、鳥栖は引き分けをはさんで3連敗と4連敗を喫するなど、現時点でひとつも勝てていない。その間には成績不振の責任を取る形で川井健太前監督が事実上解任され、ベガルタ仙台ユース監督から鳥栖のテクニカルダイレクターに就任したばかりの木谷公亮氏が新監督に就任した。
指揮官交代を経てもチーム状態は上向かず、4月14日の第8節以来となる最下位に転落して2試合を終えた。残り8試合で、残留圏の17位の湘南ベルマーレとの勝ち点差は8ポイント。苦しい状況が続く鳥栖で、志願して決めた初ゴールを介して意気あがる清武の存在が大きな希望になる。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。