悩めるチェルシー&マンU ファン同士が本音トーク…滲む互いへの“同情”とシビアな現実【現地発コラム】
今季も苦しむチェルシーとマンU
ロンドンで暮らし始めた1990年代後半、贔屓のクラブを訊かれて「チェルシー」と答えると、よく「なぜよりによって?」と言われたものだ。特に、全国どこにでもいるマンチェスター・ユナイテッドのファンから。
90年代のユナイテッドは、名将サー・アレックス・ファーガソンの下で黄金期の真っ只中にあった。チェルシーはというと、前々オーナー政権下で少しばかり野心を示し始めた頃。カップ選手権で気を吐くことはあっても、リーグ優勝を争うような強さはなく、ユナイテッドを含む伝統の強豪が多いイングランド北部の人々からは、「南の軟弱者」として見下されていた。
しかし、ロシア人前オーナーの出現で成り上がりに成功すると、プレミアリーグ強豪としてのライバル関係が生まれた。チェルシーがリーグ王座防衛を果たした2006年、プレミア(1992年~)における同実績の持ち主はユナイテッドのみだった。
その両軍が、過渡期のなかでもがいている。今季まだ開幕2か月目とはいえ、代表ウィーク前の第3節終了時点での順位は、チェルシーが11位で、ユナイテッドは14位。トップ2を占めた2005-06シーズンの同節後は、それぞれ1位と3位タイに位置していた。あれから約20年、両軍ファン同士の会話に同情が見え隠れするような状況になろうとは。
例えば、去る9月7日にタクシーのなかで交わした会話。「朝6時前から仕事?」と訊く運転手に、友人のピンチヒッターで撮影コーディネートに出掛けるが本職はフットボールライターだと告げると、「どこのファン?」というお馴染みの質問が返ってきた。プライベートでの贔屓チームを伝えたところ、「今季の出来が異常に気になるクラブだ」という反応だった。
もちろん、「一体どうなってんだ?」という呆れ気味のニュアンスは感じ取れた。過去2年間で4人目の正監督が指揮を執るチェルシーは、2022年にクラブを買収したアメリカ人オーナーの下で迷走中だ。
だが、「問題は“ヤンキー・オーナー”だよなぁ」と、同じ受難経験者としての言葉が続いた。ユナイテッドは、現アメリカ人オーナーによって、クラブ買収に要した借入金の返済を押し付けられた。現政権下では、13年のサー・アレックス勇退を境にリーグ優勝から遠ざかってもいる。
さらに、「おたくのオーナーは、ウチとは違って進んで金を出すけど口も出すからな」との発言も。今季から英国人所有のイネオス社がフットボール部門の運営を司ることになったことによる、精神的な余裕が言わせたのかもしれない。
「新監督は扱いに苦労する」 複雑なチェルシーのチーム編成事情
チェルシーのアメリカ人オーナーが打ち出した若手路線は、今や若手の獲得に固執しているだけのようにさえ思える。昨季終盤、経営陣は今夏に特定ポジションで微調整程度の変更を加えると仄めかしていたのだが、実際には計2桁台の選手が7、8ポジションで加えられる結果となった。
逆に放出対象とされた1人にラヒーム・スターリングがいる(アーセナルにレンタル移籍)。今季からチェルシーを率いるエンツォ・マレスカは、「違うタイプのウインガーが欲しい」と公言。だが現実は、現オーナー下で最初に獲得された29歳の契約には、CLのないシーズンに報酬減額を可能にする条項がないことから、クラブが「契約タイプが違うウインガー」を好んだといったところだろう。
同ポジションの新顔には、レンタルで獲得されたジェイドン・サンチョもいる。24歳の当人は、監督のエリック・テン・ハフとの間に確執が生じたユナイテッドを出て、キャリア再生を期してもいるに違いない。しかし、チェルシーの前線アウトサイド事情は、駒不足とは正反対。出場時間は約束されてなどいない。ユナイテッド・ファンの運ちゃんが、「誰だか忘れたけど、新監督は扱いに苦労するぞ」と言うのももっともだ。
彼が名前を覚えていなかったマレスカは、巷で「チャンピオンシップ・マネージャー」と呼ばれている。監督としての実績が、レスターをプレミア昇格に導いたチャンピオンシップ(2部)での昨季に限られる事実が理由の1つ。ただし、同名のシミュレーションゲームにちなみ、オーナーがコントロールしやすい「言いなりの監督」という意味も込められている。筆者が、ファンの間でも早期解任予想が多いと言うと、「残酷だけど現実的」と言って首を縦に振っていた。
そこで、ユナイテッドのテン・ハフも開幕早々プレッシャーに晒されていると言おうとしたところで、タクシーは撮影現場へと向かうミニバスの乗り場であるロンドン中心部のホテルに到着した。一方的に同情されたこちらは、やや不完全燃焼。幸い、“同情談義”再開の機会は、その日の夕方にやってきた。
マンU復権へ「必要なのは別の監督じゃなくて時間」
撮影の舞台は、ロンドンから南西に車で2時間ほどのサーキット。年に1度、クラシックカーとレトロファッションの祭典が催される。撮影を終えた頃には小雨が。ミニバスが待機している洋館へのシャトルカーが出る場所までは、レーシングスーツ姿のスタッフが傘をさしてエスコートしてくれた。徒歩数分の道のりで、筆者に付いてくれた大学1年生のバイトくんがユナイテッドのファンだった。
筆者の中には、今季開幕前から「ユナイテッドには頑張ってもらわないと」という気持ちがあった。プレミア・ファンの1人としてものを言えば、世界的なビッグクラブが、昨季のようにホームでフルハムに負けたり、アウェーでボーンマスに完敗したりするようでは困る。ポゼッション志向であるはずがカウンター狙いで不評を買ったテン・ハフに関しては、相次ぐ主力の故障による守備の弱体化に対処せざるを得なかったと理解してもいた。
そのユナイテッド指揮官が、再び「いつ切られてもおかしくない」と言われている。朝のタクシー内と同じような話の流れで筆者の贔屓チームを知り、「傘さすの止めようかな(笑)」と言うエスコート役に「監督交代してほしい?」と尋ねると、「必要なのは別の監督じゃなくて時間。チームは戦力アップしているから」との答えが返ってきた。
確かに、その通り。テン・ハフの祖国オランダからの補強に偏っている点は気になるものの、チェルシーとは違い、少なくともチーム作りを行う指揮官が望む人材が呼び寄せられている。最終ラインに機動力を加えられるレニー・ヨロは怪我の不運に見舞われたが、洞察力にも対人守備にも長けたマタイス・デリフトは、昨季の弱点だった守備に安定感をもたらし得る。その手前では、生え抜きのコビー・メイヌーと、新加入マヌエル・ウガルテが、ダイナミックな2ボランチを結成可能だ。
「前の選手がもっと得点に絡めればねぇ」と振ってみると、「周りが頑張れば、(ラスムス・)ホイルンドもゴール前での固さがなくなると思う」とのこと。続けて、「チェルシーは誰かCF獲ったんだっけ?」と言うので、「No!」と答えると、「You’re fucked (ご愁傷さま)」ときた。筆者は、「ユナイテッド・ファンに同情されるようになったら終わりだな」と返し、笑う彼と互いに「グッド・ラック!」と言って“クラシック・シャトルカー”に乗り込んだのだった。
来たるプレミア第4節、ユナイテッドはサウサンプトンと、チェルシーはボーンマスとのアウェーゲーム。本来は「幸運」に頼ることなく勝って然るべきリーグ戦で、悩める両軍の戦いが再開される。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。