伊東純也を「守るために」 空白の7か月…陰で寄り添い続け「毎回連絡くれました」【コラム】
W杯最終予選の中国戦で…伊東純也7か月ぶりに代表復帰
試合後、ミックスゾーンに現れた伊東純也はホッとしたのか優しい表情だった。日本代表に入って以来伊東を取材してきたが、こんな静かに喜びを噛みしめているような顔を見たのは初めてだった。
試合前の名前のコールや交代出場のアナウンスだけでも場内は一番の盛り上がりを見せた。「やっぱりモチベーション上がりましたし、嬉しかったですし、ゴールを取ってやろうって、ほんとに思っていましたね」。そして伊東は後半32分、久保建英からのパスを受けると左足でゴールを決めて見せた。
このゴールのあと、伊東は味方にもみくちゃにされる。「本当に喜ぼうと思ったら、もうみんなが周りにいたんで。さっき映像で見たんですけどベンチのメンバーもめちゃくちゃ喜んでくれていましたし、チームメイトもそのスタジアムのみなさんも喜んでくれたので、ほんと良かったと思っています」。多くの人に祝福されて伊東は日本代表のピッチに戻ってきた。
だが、1月終わりのあの日は、この日とは違う写真を撮るため伊東を狙うカメラマンがずらりとベンチの前に並んだ。日本メディアだけではなかっただろう。試合前というのに両チームの先発選手を追う人数よりもはるかに多い。
あとで知り合いのカメラマンに聞いたところ、ベンチの選手たちは誰を撮っているのだろうと左右から伊東を見たため、全員が伊東を覗いているという構図の写真が撮れたそうだ。そのカメラマンは伊東を非難しているように見えるため、結局写真を世に出さなかった。
1月31日、アジアカップのラウンド16バーレーン戦はそんな異常な雰囲気でスタートした。堂安律、久保、上田綺世の3ゴールで3-1と勝利を収めたものの、試合後のミックスゾーンは勝利を祝福する以上に伊東に対する関心を寄せるメディアがいた。
いつもなら伊東に人が群がるのは得点を挙げた時ぐらいだろう。実際、1月24日のグループリーグ第3戦、インドネシア戦で伊東は後半41分に投入され、3分後に生まれたゴールに絡んだもののミックスゾーンで伊東を止めたのは1人だけ。
伊東は「今日は(取材対応で話さなくても)いいかと思って」と笑っていたが、普段と変わらず淡々と答えていた。その後、1月26日の練習後にもメディア対応を行い、伊東は明るく「先発で出ても途中から出ても、やっぱりチャンスは作んなきゃいけないと思いますし、そこは自分の役割だと思って、うまくできればいいかなと思います」と答えていたのだ。これが、まさか大会最後のコメントになるとは誰も思っていなかっただろう。
バーレーン戦の試合後、伊東はほかの選手たちとミックスゾーンに現れると言葉少なく足早に集団で記者たちの前を通り過ぎていった。
その後、チームに残すかどうか一悶着あったが、結局伊東は2月1日に離脱する。そしてこのアジア最終(3次)予選まで招集されることはなかった。
伊東の代表復帰へ、大勝負だったランスの日本遠征
あの伊東を取り囲んだ異様な雰囲気を目の当たりにした身としては、森保一監督が「伊東を守るために招集しない」と言った内容が理解できた。好奇の目が絶え間なくついて回り、少しでも表情を変えるとそれがどんな使われ方をするか分からない。
ピッチに出た時にもどんな声を浴びせられるか分からない。警察、検察、弁護士などが動いているため、自分勝手に言葉を発することもできない。伊東にできるのは、フランスでひたすらサッカーに打ち込むことだけだった。
伊東にとって、そして森保監督にとって大勝負だったのは7月24日~8月3日のスタッド・ランス、日本遠征だった。試合の目玉となる伊東だったが、はたして観客が温かく受け入れるのか。あるいはメディアの反応はどうなのか。
観客は温かかった。伊東に対する非難の声を聞くことがなかった。大量にやってきた伊東ファンがいたからだ。あとは手ぐすねを引いて待つ報道陣がどんな対応か。
いつもの伊東は、試合後早めにロッカールームを出てメディアの前に現れる。ところがスタッド・ランス来日の際は、ほかの選手がすべて記者対応を終え、それからやっと出てきた。そこにスタッド・ランスの広報がやって来て「もうバスの時間だ」という。そして「じゃあ、少しだけ」と言っていくつかの質問に答え、広報に連れられて外に出ていた。
慎重に対応したいというのは間違いない。サッカー以外の話題が出たら、たぶん広報がすぐに連れて行ったはずだ。だが、来ている報道陣は「事態がどうなるか見たほうがいい」と感じていたのだろう。
サッカー以外の質問が出ることはなかった。質問しても答えてもらえないだろうという認識があり、下手に質問して対応を打ち切られてはいけないという心理だったのかもしれない。それでも、伊東はこれまでに見たことがないくらい固い表情で短く答えると、すぐにバスへと消えていった。
スタッド・ランスの来日前、3月と6月の日本代表に伊東は呼ばれなかった。もっとも水面下ではさまざまな対応がなされていたようだった。
伊東は中国戦の前の取材で、代表招集されていなかった時期について「(森保監督と)コミュニケーション取っていたんで、うまくやれていた」と明かした。「毎回普通に『今回は守るために入らない』という連絡くれていましたし、自分も納得していたので、特に問題なく過ごせました」
メンバー発表記者会見で明かされた招集への決め手
森保監督はメンバー発表記者会見で、今回招集できたのはスタッド・ランスの来日が決定的だったという。
「今回招集させていただいたことについては、1つ大きなポイントとして、彼がスタッド・ランスの選手としてジャパンツアーをして日本でプレーしていた時に、ここにおられるメディアのみなさんを含めて、多くのサポーターのみなさん、国民のみなさんが温かく彼を見守ってくれる環境があるということを見て、彼も落ち着いてプレーできる、チームとしても活動ができるということで判断させていただきました」
実際のところ、「不起訴」が決まったことも要因だろう。この決定で世間的には一段落しており、ここからことさら第3者が伊東を追求することもできないはずだからだ。
それと同時に、チームとしてどうしても伊東が必要だったということも間違いない。伊東は中国戦で後半42分の前田大然のゴールをアシストし、アディショナルタイム5分には久保のゴールも導いた。
2022年カタール・ワールドカップアジア最終予選で伊東は何度もチームを救った。そしてそのプレーの輝きは今も鈍くなっていない。銀髪になった新しい姿でも、きっとまた日本を助けてくれるに違いない。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。