伊東純也と230日ぶり名コンビ「復活」へ プレミア初挑戦DFが以心伝心の“相棒”を歓迎する訳【コラム】
菅原由勢は今夏サウサンプトンへ渡った
イギリス産の手土産を抱えて帰国し、約7か月ぶりとなる再会に胸をときめかせながら、今シーズンからプレミアリーグのサウサンプトンでプレーするDF菅原由勢は森保ジャパンに合流した。
手土産とは世界最高峰の舞台、プレミアリーグで開幕から右ウイングバックで全3試合に先発してきた軌跡。帰国直前の8月31日に行われたブレントフォード戦では初めて90分間フル出場を果たし、後半アディショナルタイムの50分には0-3から一矢を報いる移籍後初ゴールも決めた。
しかし、菅原は「別に素晴らしいものではないですよ」と低目の自己評価を与えている。
「チームは3連敗と結果も出ていないし、それほど素晴らしいスタートが切れた感覚はないですね。試合には出ていますけど、3試合目でやっとフル出場した意味でも、個人的にはまだまだだと思っています」
名古屋グランパスから、オランダ1部リーグのAZアルクマールへ加入したのが2019年夏。5シーズンにわたって濃密なキャリアを積み重ね、6シーズン目の開幕を前に念願のステップアップを果たした。
「すべてが違うというか、チームとして戦術化されている部分も違うし、やはり一番は選手個々の質の高さですね。そこが確実に違っていると、3試合を通してすごく感じているところです。プレミアリーグに行くことは目標だったので、そこはひとつ達成できましたけど、行ってみて初めて分かるというか、自分はまだまだこれからだし、素晴らしい対戦相手を前に、自分も考えられる以上の力を出さなきゃいけないし、もっともっと成長しなきゃいけないと感じさせられている。僕の成長にとってはかけがえのない最高の場所だと思っています」
収穫や課題を含めて、憧憬の念を抱き続けてきたプレミアリーグで、菅原が現在進行形で感じているすべてのものが森保ジャパンへ合流するうえでの手土産となる。さらに今シーズンからは鎌田大地(クリスタル・パレス)も加わり、2部にあたるEFLチャンピオンシップには移籍期限最終日に決まった日本代表MF田中碧(リーズ)ら、8人もの日本人選手が在籍する空前の活況を、菅原は先駆者たちに感謝している。
「昨シーズンで言えば薫くんや冨安くん、航くんが素晴らしいプレーで日本人選手の株を上げ上げてくれたのもあって、日本人の評価基準というのが欧州の市場でも変わっているのはすごく実感している。その結果がイングランドの市場もそうだし、いろいろな市場でもかなり高く評価されている。いまは本当に日本人選手だからとか、そういうものはもう関係ないというか、ヨーロッパの選手と比べられて日本人もそういう舞台に立っていると思うので、すごく素晴らしい循環ができているんじゃないかと思います」
菅原が名前を上げたMF三笘薫(ブライトン)やMF遠藤航(リバプール)、今回は負傷で選外となったDF冨安健洋(アーセナル)の活躍があったからこそ今がある。そのなかで三笘、キャプテンの遠藤と共闘する森保ジャパンには快足アタッカーも待望の復帰を果たし、菅原の胸をときめかせている。
一部週刊誌で性加害疑惑と刑事告訴が報じられ、最終的には日本サッカー協会(JFA)の判断で、中東カタールで開催されていたアジアカップを途中離脱。以来、代表から遠ざかっていたMF伊東純也(スタッド・ランス)が、2026年の北中米W杯出場をかけたアジア最終予選が開幕する9月シリーズで約7か月ぶりに復帰した。
東京地検へ書類送検されたものの、嫌疑不十分で不起訴となったのが8月9日。伊東個人を取り巻く状況の変化に加えて、スタッド・ランスが7月下旬から8月上旬にかけて4試合を戦った日本ツアーで、メディアや日本人ファンに好意的に伊東を迎えられ状況を見た森保一監督が、伊東の復帰を最終的に決断した。
「それはもう僕が言う必要がないくらい、みなさんの方が分かっているでしょう。選手の声ですか? それはこれですよ。もうハグしてね。帰ってきた、という感じですよね」
伊東の復帰が日本代表にもたらす変化を問われた菅原は、ギュッと抱きしめるポースを取ってメディアを笑わせながらも「いや、まあ真面目に話せ、という感じですよね」と真剣な表情で言葉を紡ぎはじめた。
「伊東純也という選手は去年もそうだし、これまでの日本代表での活動を見ても、もちろん日本代表にとってひとつの戦術と言っていいほど、やはり大きな部分を担ってくれていたと思っています。僕自身、うしろと前で組ませてもらっていて、やはり伊東選手のチームへの貢献度であるとか、個の仕掛けのところでチームを引っ張っていってくれているところというのは、うしろから見ていてすごく頼もしく感じていました」
昨年3月に船出した第2次森保ジャパンで、酒井宏樹に代わって右サイドバックのファーストチョイスになった菅原は、右ウイングまたは右サイドハーフの伊東と縦関係を組む試合が多かった。
真っ先に思い出されるのは、同6月のペルー代表との国際親善試合。ゴールキーパーから短いパスを駆使したビルドアップで、自陣の右タッチライン際の深い位置でボールを受けた菅原が、前方へ降りてきた伊東へ縦パスを入れた場面だ。すかさずスプリントした菅原は、伊東のヒールによる以心伝心のリターンを受けてさらに前進。鎌田へ放ったパスが三笘へとわたり、十数秒でゴールが生まれた美しい流れとなる。
森保ジャパンで何度も見せてきた好連係
会心の思いが全身を駆け巡っていたからか。菅原は試合後にこんな言葉を残している。
「これこそが日本代表がやりたかったビルドアップなんですよ」
敵地・ヴォルフスブルクで4-1のスコアで快勝し、カタールW杯のグループステージ初戦で敗れた借りを返そうと臨んできたドイツ代表を返り討ちにした同9月の国際親善試合。右サイドを個の突破で崩し、ニアへグラウンダーの高速クロスを供給して、前半11分の伊東の先制ゴールをアシストしたのも菅原だった。
右サイドで群を抜くスピードを誇り、個でも周囲とのコンビネーションでも相手守備陣に常に脅威を与える伊東。その後方で守備ではタフで粘り強く、攻撃ではクレバーかつ臨機応変にプレーし、タッチライン際でも内側のレーンでも伊東のプレーをフォローしてきた菅原は、攻撃面以外での伊東の貢献度をこう語る。
「攻撃に目を取られがちですけど、彼のチームへの献身的な姿勢、たとえばしっかりとプレスバックしてくれるところとか、守備でもチームのために戦ってくれるところも、一緒にプレーしていて感じるものもたくさんありました。そういう選手が戻ってきてくれて、すごく嬉しく思っています」
3日から練習に合流した伊東も、不起訴処分が決まった末での復帰を「ホッとしたかと言われればホッとした。こういう区切りがつかないと難しい部分があるので」と受け止めながら、こんな言葉を残している。
「そこは納得して(代表を)離れていた部分があるし、いまはチームに貢献することしか考えていない」
2人が最後に右サイドで縦関係を築いたのは、1-2で敗れた1月19日のイラク代表とのアジアカップ・グループステージ第2戦。名コンビが230日ぶりにピッチ上で復活を遂げ、まばゆい輝きを増していくたびに、2016年、そして2021年とともに9月にアジア最終予選初戦で連敗を喫している日本を活性化させる。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。