新生チェルシーに悲観ムード「クリスマスまで持たない」 ムドリクの躍動感消え…漂う苦戦の予感【現地発コラム】
インテルとのプレシーズン最終戦は1-1ドロー
8月11日、エンツォ・マレスカ新体制下のチェルシーが、ようやくスタンフォード・ブリッジにお目見えした。対戦相手は、インテル・ミラノ。観戦プログラムには、レジェンドの1人で元監督でもあるロベルト・ディ・マッテオのインタビュー記事や、同じセリエA勢との対戦回想録。ホームデビューを果たした新監督の祖国、イタリアの香り漂うプレシーズン最終戦は引分けに終わった(1-1)。
このテーマに倣えば、マレスカはお手製の「ピザ」作りを生地のこね直しから始めなければならない、雇われシェフのようなものだろうか。自慢のソースも、手元にある具材の吟味が先決。“鮮度”にこだわるオーナーが、次々に材料を買い入れてくるとなればなおさらだ。当日のお目当てだった“マレスカ・スペシャル”は、まだ半分も焼き上がっていないように見えた。
この現状を、「アメリカ人経営のチェルシー」という観点から表現すれば、「振り出しに戻った」となる。翌週開幕の2024-25シーズンに向けた好材料は見られたが、いずれも新たな「進歩」とは言い難い。
攻勢を強めた後半、45分にレスリー・ウゴチュクが蹴り込んだ同点ゴールには、前線右サイドに入ったコール・パルマーと、トップ下として投入されたクリストファー・エンクンクが絡んでいる。前者は、昨年9月の移籍と同時に不可欠な存在となった、昨季のチーム年間最優秀選手。同じく昨季加入の後者も、最後に膝を痛めた昨年のプレシーズンから、クオリティーは明らかだった。
1トップで先発したマルク・ギウは、今夏の移籍組だ。最前線からのプレスを含め、精力的なプレーでホーム観衆の反応も上々。しかし、センターフォワード(CF)獲得の動きが実を結ベば、18歳のスペイン人FWはレンタル移籍先での修行が妥当だろう。
守備でも、リーバイ・コルウィルとウェズレイ・フォファナが、今プレシーズンで最も安定したセンターバックコンビを結成してはいた。だがこれも、査定の対象は計12失点だったアメリカ遠征中の5試合。前半26分、インテルのまともな攻撃で奪われた先制点は、マルクス・テュラムの強烈な1発を浴びる前に防げたはずだ。
マイボール時には、マレスカが昨季チャンピオンシップ(2部)王者となったレスターでも好んだ「偽サイドバック(SB)」が採用されていた。この日の担当は、昨季終盤に「こなした」と評価できる左SBマルク・ククレジャではなく、右SBのマロ・ギュスト。懸命な取り組みも、その姿は適材適所とは映らなかった。中盤以前でのプレーよりも、フェデリコ・ディマルコがフリーで出没した背後のスペースに目がいってしまった。
インテルにすれば、手前のパルマーがインサイドに流れることから、ギュストがオーソドックスにタッチライン沿いを駆け上がるようになった、後半のほうが嫌だったに違いない。同じことは、再びハムストリングを痛めてベンチ外だったキャプテン、リース・ジェイムズにも言えるだろう。チームとして、ボール支配率上の優位(54%)が得点数に反映されない難点も昨季と同様だ。
新加入10人で膨れ上がるスカッド
その昨季チェルシーで、最終的に6位フィニッシュを実現したマウリシオ・ポチェッティーノ前監督は、途中でチーム作りの進行度を問われた際に「ルック!」と言って、当日のプログラム裏表紙を指差したことがある。そこには、相手チームよりもはるかに長い1軍選手リスト。この日も、裏表紙には32選手が名を連ね、チームシートの控え選手は14人を数えた。
膨張したスカッドに、ファンは食傷気味だ。会場を盛り上げたいスタジアム・アナウンサーは、キックオフ前に新加入選手の名を高らかに読み上げた。しかし、いわゆる大物獲得があったわけではなく、かといって懸案事項と目される折り紙付きのCFや攻守に安定したGKの補強があったわけでもないことから、観衆の反応は尻すぼみとなった。
キアナン・デューズバリー=ホールは、英国人ということもあって温かく迎えられてはいた。レスター昇格の功労者として、マレスカの評価も高い。だが25歳のMFが、1歳下のコナー・ギャラガーより戦力としても上かどうかは怪しい。移籍市場での純利益と引き換えにアトレティコ・マドリードに売却見込みの自家製MFは、昨季中のトップ下起用にプレッシングのトリガー役として応えていた。同ポジションで先発したデューズバリー=ホールは、攻守に存在感の薄い45分間だった。
ハーフタイム中には、ウォルバーハンプトンから獲得されたペドロ・ネトのお披露目が行われた。今夏の新顔10人目。獲得理由は、分からなくもない。インテル戦で左ウイングを務めた2名のうち、より効果的だったラヒーム・スターリングは今年12月で30歳。契約期間を3年残すチーム随一の高給取りでもあるため、若手志向の経営陣にとっては売れるものなら売りたい選手に違いない。
一方、出場12分間のベテランにインパクトで負けたミハイロ・ムドリクは、昨季終盤に蓄積し始めたと思われた自信まで、新体制下で白紙に戻ってしまった様子だ。マレスカはウインガーをアウトサイドに張り出させたがる。逆サイドでの展開を眺めながらインサイドで足が止まっているムドリクには、「ミシャ! ゴー・ワイド!!」と、外に開くようにとの指示がベンチ前から飛んでいた。
「マレスカはポッターより持つ?」 現地ファンの反応は?
その新監督は、前半35分の姿が印象的だった。GKロベルト・サンチェスが起点となった辛抱強いビルドアップから、センターハーフのエンソ・フェルナンデスが右サイドに振り、ノニ・マドゥエケのクロスからチャンスが生まれた場面。得点には至らなかったが、頭上で両手を長々と叩き、12本のパスをつないで攻撃を組み立てた自軍を讃えていた。
ただし、先制も許した前半は、インテルがプレッシングに消極的だったにもかかわらず、この場面以外にマレスカのチームらしいビルドアップ成功例が見られなかった。プレミアリーグでは、開幕節でホームに迎えるマンチェスター・シティをはじめ、前線からプレッシャーをかける敵が増えている。試合後の新監督は、チーム作りは「始まったばかり」なのだとクラブ公式サイトを通じて強調していた。
誰が考えても、時間的猶予が必要なはず。若手が増え続けるチームが、新監督のスタイル習得に取り組むのだ。「マレスカ流」を仕込む当人も、監督としての実績らしい実績は、2部での昨季に限られる新体制事情でもある。
ところが、その「誰」には肝心のチェルシー経営陣が含まれない。監督として、哲学的にもキャリア的にもマレスカに近いグレアム・ポッターが、就任7か月で解任された過去がある。
スタジアムからの帰り道、最寄り駅への列に並ぶファンに、「マレスカはポッターより持つだろうか?」と訊いてみた。まだ明るい夏の夕方、負けたわけでもない親善試合を観戦した群衆は陽気なムード。回答者は5人だが、年齢層と性別にバリエーションをつけたつもりでもあった。
それでも、うち4人が「クリスマスまで持ちそうにない」と悲観的だった。残る1人の予想はより早期。「ちょっと待った」と、携帯でリーグ日程をチェックし始めた青年は、リバプール、ニューカッスル、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルとの4連戦を経た「11月の代表ウィークあたりがやばそう」と言っていた。
今度こそ、本格的に「新チェルシー」作りが始まるのか? はたまた、本格的な「堂々巡り」に突入してしまうのか? その鍵は、プレミアでの手腕が問われる新監督よりも、「長期展望」の真偽が問われる現オーナーが握っている。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。