助っ人勢を“ごぼう抜き” 3戦6発の24歳FWが「1番手」に上り詰めた訳【コラム】
川崎FW山田新は絶好調で得点量産中
FC東京のホーム、味の素スタジアムの取材エリアに、突如として物騒な声が響きわたった。
「あっ、危ない、危ない」
思わず大声をあげたのは、川崎フロンターレのFW山田新だった。何重ものメディアの輪を前に取材に応じている最中に、背後を通過していったキャプテンのMF脇坂泰斗にドンと押されたからだ。
もちろん悪意が込められていたわけではない。山田への質疑応答が始まったときにも、光景を見ていた脇坂が「全員、点を取った人のところに集まるよね」と突っ込みを入れ、山田がこんな切り返しを見せていた。
「それがサッカーだから!」
8月11日に行われたJ1リーグ第26節。大量3ゴールをあげた川崎がFC東京を零封し、通算44回目の多摩川クラシコを快勝で制した。そして、脇坂が愛を込めて背中を押したくなるほど、山田は価値あるゴールを決めていた。
前半15分に先制ゴールを決めると、わずか5分後にも追加点をゲット。FC東京がペースを掴みかけていた展開で、前半に放った2本のシュートをともにゴールへねじ込み、8月に入るまで一度も連勝がなかった川崎を3連勝に導いた。今季8勝目を挙げ、先行していた負け数とようやく並んだチームは10位に浮上している。
しかも山田は3連勝をマークしたすべての試合で、いずれも2ゴールを決めている。3試合連続でマルチゴールを達成した選手は、32年目を迎えているJ1でもわずか9人目。直近では昨年6月に横浜F・マリノスのFWアンデルソン・ロペスがマークした偉業を、山田は表情をほとんど変えずに、冷静に受け止めている。
「そうなんですか。意外にいるんですね」
第26節を終えた今シーズンのJ1リーグで、山田は川崎でただ一人、すべての試合でピッチに立っている。もっとも先発はそのうち11試合で、プレー時間の合計も1115分と、フルタイム出場に対して47.6パーセントにとどまっている。だからなのか。山田は先発を求めて、ピッチ上で全身から“熱さ”を放ち続けてきた。
たとえばジュビロ磐田との第2節。3-4で迎えた後半40分に、山田はPKで今シーズン初ゴールを決めた。実は試合前の時点で、PKキッカーには新外国人のFWエリソンが指名されていた。しかし、同37分に投入された山田が自ら獲得したPKを蹴ると志願し、元日本代表GK川島永嗣の牙城を打ち破ってみせた。
ストライカーが評価される唯一無二の指標はゴール。数字を積み重ねていった先に、必ずFW陣のなかでファースチョイスになれると言わんばかりに、山田は磐田戦後にこんな言葉を残している。
「自分が獲得したPKだったので、自分が蹴りたいと駄々をこねていました。練習を通して自分でも調子がいいと感じていたし、そうしたらエリソンが『蹴っていいよ』と譲ってくれました」
シーズンが折り返しを迎えた6月22日のアルビレックス新潟との第19節まで、山田の序列はブラジル出身のエリソン、元フランス代表のバフェティンビ・ゴミスに次ぐ3番手を、J1リーグ歴代7位の通算140ゴールをマークし、2017シーズンには得点王を獲得した36歳のベテラン、FW小林悠と争っていた。
敵地で行われた新潟戦で、川崎は2-2で引き分けている。後半アディショナルタイムの52分に逆転を許した川崎は、同56分に山田が起死回生の同点ゴールを決めた。自陣からのロングボールをFW宮城天がゴールラインぎりぎりで右へ折り返したところへ、詰めてきた山田が左足ボレーを合わせた直後だった。
チームメイトたちにもみくちゃにされながら、この試合でも途中出場だった山田は大声で何かを叫んでいる。あらためて映像で確認すると、口の動きは「最初からオレを出せよ」と吠えているように映った。
山田本人が「そこはいろいろと……ノーコメントで」と言葉を濁した咆哮の中身を、小林は「知っていますよ」と頼もしげな口調とともに認めた。同じストライカーとして、通じ合うものがあるのだろう。
「FWは特に結果がすべてのポジション。そのなかで本当に気持ちを前面に出してプレーしているし、チームも彼に乗っかっている。素晴らしいパワーとエネルギーをもっていると思います」
新潟戦から中3日で迎えた6月26日の湘南ベルマーレ戦から、山田の序列は1番手に昇格した。現時点で11ゴールをマークし、桐蔭横浜大から加入して2年目であっさりと2桁へ到達。ともに3ゴールのエリソンとゴミスに大差をつけている山田の変化を、川崎を率いる鬼木達監督はFC東京戦後にこう語った。
「(山田)新のようなパワーのある選手が、後半の途中から出てくれば試合の流れを変えられる。先発でもどちらでもありがたい存在だったが、以前は長くプレーするとゲームから消える時間帯もあった。それがここにきて、ゴールを取れる場所にいようとする回数が増えてきた。相手にとって何が脅威かといえば、新が長くプレーする状況になったし、長くプレーするなかでさらに伸びていく。チームとしてもアグレッシブに戦えるようになったし、それがあそこ(フォワードのファーストチョイス)を新が勝ち取った、というところにつながっている」
実った居残り練習…ヘディングでの得点増
縦へのスピードに長けているだけではない。がむしゃらと形容できる前への推進力と、球際の攻防における激しさに、前線からの守備も愚直に、何度でも繰り返す無尽蔵のスタミナもある。さらに長丁場のシーズンを戦ってきた過程で、山田はFWとしては小柄な身長175cm体重75kgの体に新たな武器を搭載している。
ルーキーイヤーに決めた4ゴールと、先述の新潟戦までに決めた5ゴールの内訳は、利き足の右足によるものが「6」と左足が「3」だった。一転して3試合連続でマルチゴールを決めている直近の3試合は、右足と左足が「1」ずつで、残る「4」は昨シーズンから無縁だった頭で決めている。山田が言う。
「チームとして相手のゴール前まで攻めていく回数が増えているし、自分もポジショニングの整理ができている点を含めて、自信をもってゴール前でプレーできている。自分がゴールを決めることで、みんなも自然と自分をよく見てくれるようになった。そういったものが、得点につながっていると思います」
ゴールを積み重ねるたびに、チームメイトからの信頼感も増す相乗効果。そのなかでFC東京戦での2発を含めて、ヘディングで決めたゴールが急増中なのは決して偶然ではなかった。通常練習を終えた後に、戸田光洋コーチと繰り返してきた居残り練習の成果を、山田は「うまく出せている」と振り返る。
「左右からのクロスに全身を連動させる動きを意識して、戸田コーチと一緒にいろいろな選手の映像を見ました。体の動きやインパクトの瞬間、体の重心のもっていき方などを見て、それらを踏まえたうえでトレーニングを積んできた。いい準備ができていたからこそ、最近はヘディングでうまく合わせられていると思う」
FC東京戦を振り返れば、先制点はパワーでもぎ取った。左サイドからFWマルシーニョがあげた緩やかな山なりのクロスに、後戻りしながら上半身を強く捻ってねじ込んだ。2点目は右サイドからDFファンウェルメスケルケン際があげた速いクロスを、最高到達点で頭をかすらせる技ありの一撃でゴール左へ流し込んだ。
このときは前方に185cmの土肥幹太、後方には186cmの岡哲平と、FC東京の長身センターバックコンビにはさまれていた。山田は際の精度の高いクロスに感謝しながら、2人の間を意図的に狙ったと明かしている。
「身長差はありますけど、2人の間にうまく入っていけたし、何よりもクロスが本当に素晴らしかった」
ストロングポイントを身につけつつある山田が躍動する姿に、鬼木監督は「日頃の努力が報われるのは、監督の立場としてもうれしく思う」と目を細めた。さらに小林は際や三浦颯太らが怪我から戦列に戻り、マルシーニョらを含めて、左右から良質なクロスをあげられる攻撃が、山田の存在とマッチしていると指摘する。
「クロスの精度が高くなり、そこに合わせられる選手がゴール前にいる。おのずと得点が増えてきますよね。そのなかで新は勢いがあるし、体も強い。特に1点目のヘディングを、あの体勢からもっていけるのは本当にすごい。ゴールを決めればやはりフォワードは乗ってくる。あいつはそれを自分でもわかっていますよね」
目指す「自分だけのもの」 5試合連続マルチゴールの新記録樹立を
真っ赤な熱さをほとばしらせるプレースタイルと、不断の努力を介して身につけた、あらゆる状況に柔軟に対応できるヘディングの技術で、山田はピッチ上における待望の居場所をつかみ取った。ひとたびピッチを離れれば、対照的にちょっぴり寡黙でクールな素顔をのぞかせる24歳は、FC東京戦後にこんな言葉も残している。
「嬉しいけど、1人になりたいというか、自分だけのものがあればいいかなと思います」
過去に3試合連続マルチゴールを決めた8人のうち、日本人選手に限ればハットトリックを4試合も続けた1998シーズンの中山雅史(ジュビロ磐田)と、プロ3年目でゴールを量産し、ジーコジャパンに招集された2003シーズンの大久保嘉人(セレッソ大阪)の2人しかいない、と知らされた直後の反応だ。
2桁ゴール到達を通過点と位置づける山田は、同時に連続マルチゴールもJ1歴代最長となる5試合に更新したいと意気込む。オンリーワンになりたいと貪欲に見つめる先には、サッカー人生における目標も描かれている。
「もちろん日本代表としてワールドカップに出たいし、そのためにもJリーグで結果を残さなきゃいけない。やれることをやっていれば必ず見てくれていると思うので、しっかり取り続けていきたい」
川崎のエースストライカーを一気に射止めた山田が、次なる照準を定めるのは17日の第27節。ホームのUvanceとどろきスタジアムに迎えるマリノスの最前線には、自身の前に3試合連続マルチゴールを達成したストライカーで、戸田コーチとともにヘディングシュートを放つまでの動きを研究した1人でもあるロペスがいる――。
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。