主将就任から1か月で…「相当悩んでた」 突然のオファー、覚悟の移籍を「応援したい」【コラム】
MF伊藤敦樹の海外移籍に寄り添った浦和の面々
浦和レッズは8月10日、前月から主将を務めていたMF伊藤敦樹が海外移籍のためにチームを離脱すると発表。14日にはその移籍先がベルギー1部ヘントだと明らかにされた。6月末で退団したDF酒井宏樹に続き、主将の選手がシーズン中に2人連続で移籍することになった。
酒井の退団後に後任を選ぶ場に同席したというGK西川周作が今季の浦和3人目のキャプテンとなったが、当時について「そこでも最初はやってくれと言われたんですけど、僕はどんな立場でもやることは一緒だし、今、このタイミングで若い選手にキャプテンをさせるのが一番じゃないですかって話をしたら(ペア・マティアス・ヘグモ)監督や、ホリさん(堀之内聖スポーツ・ダイレクター)はすごい喜んで、それで敦樹にしてくれた」のだと話した。しかし、結果的には約1か月で伊藤が海外移籍をすることになった。
西川は「キャプテンに就任する時には海外の話はなかったので、もちろん敦樹もキャプテンを任せられたから半年頑張ると言って、引き受けてくれました」として、「報道が出る前ぐらいにバタバタでオファーが来たみたいで、それで彼自身、相当に悩んで、色々な選手も相談を受けましたし、そこはすごい敦樹自身が悩んでいるなと感じていて。敦樹がこのタイミングしかないと僕にも話をしてくれて、それは僕からしたら喜んで、背中を押して応援したいと思いました。敦樹が抜けるのはチームとしてはダメージが大きいけど、敦樹のサッカー人生は一回きりなので、大きく世界に羽ばたいてほしい」と、その過程を話す。そして「未来のことは本当に分からないですからね」とも言葉にした。
同年代で「敦樹を支えていきたい」と話していたDF石原広教は、下部組織から育った湘南ベルマーレから今季に向け浦和に移籍してきた。
「まあ、任期はめちゃくちゃ短かったから、それは怒っときます」と笑った石原だが、「それは冗談で」と一区切りして真剣な表情に変わった。そして「敦樹のレッズに対する思いは、自分も湘南の下部組織で育ってきて、そういう気持ちはもちろん分かるんで、自分もそういう気持ちを持ってレッズに来たし、自分はそこに対して何も言うことはないですね。サッカー人生は短いんで、行ける時に行く。そのチャンスをものにするのは大事だと思う。もちろん、誰もそれに対してなんか言ったりとかないし、みんな応援しているし、うまく気持ちよく送り出せたと思います」と話した。
すでにベテランの域にあった酒井と、1998年生まれで中核世代と言える伊藤では意味合いも違ってくるだろう。伊藤と同様に下部組織出身の関根貴大は2017年、若手のホープとしても将来を期待されるなかで成績が低迷し始めたチームから夏にドイツへと移籍した経験を持つ。その関根は「明らかに敦樹の場合は重さが違うなと。彼自身キャプテンを全うしたいという気持ちがあって引き受けたなかで、海外からのオファーがあったと思うので悩んだと思うし、そこは僕とは全然、状況が違うなと。話をしていても、そこが引っかかっていたという印象があるので、難しかっただろうなと思います」と話す。
一方で関根は「選手たちの立場からしたら理解できますし、サポーターの人たちも全員理解をしていると思う」としたうえで、「そこは難しいですけど、そのマネジメントも含めてクラブも選手も勉強になったかなと思います」とも言葉にした。
伊藤の退団は起こり得る事象、チームの戦力的には大打撃
選手たちの言葉を聞いても、同じ立場にあるものとしてチャンスを掴んで挑戦していくことへの理解、後押しする気持ちで一致しているのは間違いのないところだ。彼らは押しなべて個人事業主でもあり、個々のキャリア選択に関しては「自分も選択をすることがある」という点での理解は深い。そうした点で、戦力的なダメージは別の問題として、チームに対する精神的な影響は「キャプテンの移籍」と強調されるほど大きなものは感じられない。
プロのサッカークラブにおける「キャプテンとは」という部分にも関わってくるが、現在のサッカー界が欧州を中心に動いている以上、そして現時点ではシーズン制が違う以上は、伊藤のような中核世代でキャプテンを任せたいとクラブが思うような実力者はシーズンの半ばになる夏の時点で海外移籍をする可能性を常に秘めているし、そのような向上心や野心を持つからこそ力を伸ばしてくる側面もあるだろう。そうした点から、西川の言葉にあったように「未来は分からない」からこそ、関根の言葉にもあったようなマネジメントとしてどのような選手をキャプテンに任命するべきなのかという点で、クラブがより丁寧に考える必要があるのかもしれない。
ただし、キャプテンであったことを度外視しても戦力として中心的な存在だった伊藤が退団した影響は浦和にとって大きい。直後に行われた8月11日のサガン鳥栖戦は1-1で引き分けたが、伊藤が務めていた位置にはスウェーデン代表MFサミュエル・グスタフソンが入ったものの、プレーメーカー色の強いグスタフソンがそこに入ったことで伊藤が見せていた中盤からダイナミックに相手の背後に飛び出していくようなプレーは影を潜めた。また、グスタフソンが務めてきた最終ラインからボールを受けて振り分けていくような役目は安居海渡が担ったが、そこでもグスタフソンが入った場合と比較すれば緩急や前進の質という点で厳しさが見えた。結果的には全体にスケールダウンした感が否めず、ヘグモ監督には難題が残された。
以前、ヘグモ監督は今夏のウインドーの間に「あと1人選手を獲得できれば」とコメントし、その後にMF長沼洋一の獲得が発表された。しかし、それは伊藤が移籍する前の時点での話であり、強化部門が補強に動く必要性が新たに発生したと言えるだろう。改めて欧州とのシーズン制の違いや実力をつけた選手ほどチームの中心として長くプレーせずに移籍していくJリーグの難しさが垣間見えた一幕ではあったものの、キャプテンの連続移籍に「異例の事態」という言葉を使うのであれば、その状況を上手に乗り越えていく「クラブ力」を浦和が見せられるかが問われていると言えそうだ。
(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)