「クラブがなくなるよりはマシ」の葛藤 J1下位クラブが抱える選手を“売らざるを得ない”背景【コラム】
2021年9月の先発メンバーのうち10人が退団
またサガン鳥栖から選手が移籍している。今シーズン、開幕後にチームを去ったのは8人。GKコ・ボンジョ(→ヴァンフォーレ甲府)、DF長澤シヴァタファリ(→水戸ホーリーホック)、FW樺山諒乃介とFW河田篤秀(→ザスパ群馬)という下位リーグに移っただけではない。MF菊地泰智(→名古屋グランパス)、MF長沼洋一(→浦和レッズ)、MF手塚康平(→柏レイソル)、そしてFW横山歩夢はイングランド3部のバーミンガム・シティに移籍した。
この夏はいろいろなチームでたくさんの選手が移籍した。特にFC町田ゼルビアがシーズン開幕後に13人移籍したため、夏の移籍期間に余計に注目が集まったと言えるだろう。鳥栖は町田に比べると少ない。だが町田は首位。一方の鳥栖は残留争いの真っ只中なのに、貴重な戦力が流出していく。そして鳥栖の場合は出ていった選手が相手チームの一員としてすぐ戻ってくる。8月11日の鳥栖対浦和では、8月3日に移籍した長沼が早速出てきた。
シーズン途中だけではない。シーズン前にも多くの主力選手が他チームに移っていった。そして、これは最近の鳥栖で毎年起こっていることだ。
たくさんの選手が出ていくため、いろいろなチームに、過去鳥栖に所属したことのある選手がいる。現時点で鳥栖在籍経験のある選手は、広島とセレッソ大阪、東京ヴェルディ、川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、北海道コンサドーレ札幌を除いた14チーム。あるクラブの強化担当に聞いたところ、「鳥栖の選手は必ず走れる(走力が高い)」と、「品質保証」されたところが、鳥栖の選手の他クラブからの人気なのだろう。
2023年は前年のチームからJ1クラブに限ればMF小泉慶がFC東京に、DFジエゴが柏に、FW荒木駿太が町田に移籍し、FW宮代大聖が川崎に、FW垣田裕暉が鹿島に期限付き移籍から復帰した。シーズン途中にはDF田代雅也がアビスパ福岡に、DF中野伸哉がガンバ大阪に移籍している。
2022年はもっと酷かった。前年度の主力でJ1に移籍した選手だけを挙げても、FW酒井宣福とMF仙頭啓矢は名古屋、FW山下敬大はFC東京、MF樋口雄太が鹿島、DF大畑歩夢は浦和、MF小屋松知哉は柏へと旅立った。
春のキャンプを終え、シーズン直前にはキャプテンのDFエドゥアルドが横浜FMに移った。今年の浦和レッズはシーズン途中にキャプテンが2人海外移籍したが、鳥栖の場合は同じカテゴリーのチームに行ってしまったのだ。またシーズン半ばにはMF飯野七聖も神戸へと去って行った。これで2021年9月の先発メンバーのうち、10人がいなくなった。
財政基盤が弱いゆえにJ1残留が現実的な目標
シーズン前の移籍と言えば、2021年にはキャンプ後にMF金森健志が福岡に行っている。鳥栖はチームの戦い方、セットプレーなどすべて覚えた選手が同カテゴリーの別チームに移籍し、対戦相手として出てくるのだ。鳥栖が苦戦を強いられるはずだ。
鳥栖の監督は、毎年積み上げどころか新しい選手で新しいチームを作らなければならない。今のところ鳥栖は目標を「優勝」ではなく「残留」とするのが現実的なチームだ。これもひとえに鳥栖の財政基盤が弱いからだ。
トップチームの人件費は、2021年に12億1800万円でJ1の中では下から3番目。ところが2022年は10億8800万円でJ1リーグ最下位になると、2023年は10億1600万円とJ1下位2番目ながら金額は減少した。なお2023年度のトップチーム予算は、J2に入っても上から6番目である。
その財政規模では、選手に高額年俸は用意できない。そのためほかから魅力的なオファーが来た選手を引き留められない。選手の人数が足りなくなると、ユースから選手が供給される。ユースの選手はトップ登録されるだけではなく、出番も回ってくる。
「災い転じて福」というか、ユースでもJリーグ出場の機会が多くあったため、鳥栖のジュニアユース、ユースには若い世代の優秀な選手が集まってきた。ただし、ジュニアユース、ユースと育ててトップチームにデビューさせた若手も、移籍金が入るのならばほかのチームに行くのを容認せざるを得ない。そうでないとクラブの存続そのものが危なくなる。
鳥栖のファンはその現状を十分に分かっている。鳥栖は「鳥栖フューチャーズ」が1997年になくなってできたクラブだからだ。「クラブがなくなるよりはマシ」と、選手が出ていくことになってもじっと我慢して温かく送り出している(昔からのライバル関係にある福岡に出て行く場合を除く)。
そんな状況が変わらないなか、鳥栖は踏ん張って残留を果たしてきた。毎年「降格筆頭候補」に挙げられながらJ2行きを回避してきたのだ。
2012年の昇格以来、最高順位は5位(2012年、2014年)。フェルナンド・トーレスが加入したり、当期純損益が20億円を超えたりした2018年、2019年が最も厳しかったが、残り5節で1試合でも負けると降格になりそうだった2018年も最後は3勝2分で乗り切り14位でフィニッシュ。2019年は15位、2020年は13位、2021年は7位(20チーム)、2022年は11位、そして2023年は14位でシーズンを終えている。
守備の立て直しが急務
毎年選手流出を繰り返し、いつも「新チーム」としてスタートしなければいけない鳥栖をここまで救ってきたのは厳しいトレーニングで養われる走力だった。シーズン前のキャンプでは3部練習、4部練習まであった。ある選手は鳥栖に誘われたが、「あそこに行ったら足が壊れるかもしれない」と心配して行かなかったと明かしたことがある。
その走力を生かした守備で、昇格以降のリーグ戦412試合で総失点は526、1試合平均すると1.28失点だった。激しい守備に相手選手から「今日はラグビーの試合かと思った」と揶揄されたこともある。決して巧みな守備というわけではなかったが、最後は身体を投げ出して相手の得点を阻んできた。
ところが今季は26試合を終えた時点で48失点。1試合平均1.85失点とこれまでより45%失点数が上昇した。川井健太前監督は攻撃に重点を置いたサッカーをしたため、去年も1試合あたり1.38失点だったが、今年は大きく悪化したのだ。
そのため、鳥栖には守備を立て直せる人物が必要だった。2013年、第20節を終えて15位、リーグワーストの46失点と苦しんでいた鳥栖は、GK林彰洋を補強。その後少しずつ失点数を減らし、最終的には12位でフィニッシュした。その時と同じように失点数を減らさなければならないだろう。
今年、その立て直しを託された木谷公亮新監督は2011年に鳥栖が昇格した際、全34試合に出場して守備を支えた選手だった。さらに2018年、金明輝監督の下でコーチとして残り5試合の奇跡の残留を経験している。
それでも今季の厳しさはこれまで以上。今はまだ何も見えていないというのが現状だ。1つ希望があるとすれば、浦和サポーターの力も借りた形ではあるが、今季最多の入場者数を木谷新監督の船出で飾れたこと、そしてそれがチームを蘇らせたことではないだろうか。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。