日本代表DFの獲得は本当に必要? 町田が投下したガソリン…戦力十分でも補強するワケ【コラム】
新たに獲得した中山雄太は左SB、CB、ボランチと複数ポジションで計算
東京ヴェルディの城福浩監督は、FC町田ゼルビアの補強についてこう語っていた。「まだ獲るのか。夏もまだ行くのか」。2023年10月22日、町田がJ1昇格を決めた日のことだ。
初のJ1昇格を目指した昨シーズンの補強ですら他チームを驚かせた。そして、今年の補強はその比ではない。7月16日には湘南ベルマーレから元日本代表DF杉岡大暉、23日には名古屋グランパスから日本代表MF相馬勇紀、さらには31日、清水エスパルスからMF白崎凌兵も獲得していたのだ。
杉岡、相馬、白崎はさっそく中断期間明けの8月7日、アウェーのJ1第25節セレッソ大阪戦から出場した。原靖フットボールダイレクター(FD)は、7月25日の囲み取材で「(移籍は)もう1人ぐらいはあるか」と語っていたので、白崎が入り、これで今年の町田の補強は終了したかに思われた。
ところが8月14日、町田は日本代表DF中山雄太を完全移籍で獲得したと発表した。1時間遅れで始まった14日の練習には中山も姿を見せ、フルメニューをこなしていた。あとは移籍の書類関係が整えば試合には出られそうだ。
練習後、原FDは取材に応じ、中山を獲得した経緯と期待すること、そして優勝に向けた町田の戦力補強戦略について語った。
原FDは5月にはエージェントと話をしていたという。その時はセンターバックにDF昌子源、DFドレシェヴィッチ、DFチャン・ミンギュ、DF池田樹雷人、DF松本大輔と人数が揃っていたため、獲得の優先順位は高くなかった。だがその後、6月12日の天皇杯2回戦でチャン・ミンギュは左鎖骨骨折により離脱を余儀なくされた。また、池田樹雷人は7月23日にアビスパ福岡へと期限付き移籍をする。
そこで中山に白羽の矢が立った。原FDは「優勝に向かって、という選手であるかどうか」という判断基準の中で中山を選んだという。さらに中山獲得には別の理由もあった。
「あんまり人数が(補強で)取れないので、複数ポジションこなせる人かなと。ポリバレントの選手を取っておいたほうが後々たぶん効いてくるんじゃないか」
そのためクラブとしては中山のポジションをセンターバック、左サイドバック、さらにはボランチまで考えている。
原FDは「いいフェーズに来ているのは事実」と優勝のための補強だと明言
日本代表選手の獲得は、間違いなくチーム力を上げるだろう。中山の真面目な性格も町田向きだと言える。8月14日のトレーニングでも早速精度の高いパスを見せていて、貴重な戦力になるのは間違いない。
ただ、それでも本当に中山が必要だったのだろうか。
例えば中山が「こだわっていきたい」と意欲を見せる左サイドバックは、補強があるまでほぼ1人で出場し続けてきた今年獲得したばかりのDF林幸多郎がいて、さらに元日本代表DF杉岡を獲得したばかりだ。
ボランチは白崎を獲得し、今年期限付き移籍で獲得したMF柴戸海がやっと負傷から復帰して、25試合に出場しているMF仙頭啓矢、19試合出場のMF下田北斗、さらにはFW荒木駿太がこなすこともできる。
そしてセンターバックはチャン・ミンギュがまだ別メニューながらランニングしており、松本の負傷も癒え、全員が揃うのもそうそう遠い話ではなさそうだ。
原FDは言う。
「(センターバックは)ちょっと(層が)薄いんじゃないかという感じはしていました。ドレシェヴィッチ選手と昌子選手が頑張ってくれているのですが、(今後)怪我も累積警告の出場停止もあるでしょう」
「ボランチも白崎選手が入って回せるようになっているのですが、センターバックもそうしないと、黒田剛監督の負荷が高いサッカーは、誰かが怪我をしたらたぶん終わってしまうかなというものあったりしました。それでより質が高い選手をローテーションできるようにしておくのが常套手段かと思っています」
そして、そこに生きてくるのがポリバレント性だ。
「もしかして(バックアップが)2枚じゃ足りない、2セットずつでは足りないかも分からないから、だからいくつか(のポジションで)できる選手を(複数のポジションで)重ねてっていうか。攻撃陣はだいぶできているようですし、ボランチもできてきた。センターバックもポジションが2つのところに5人というのが普通だと思います」
ここまで意欲的に補強を進めるのは、「やっぱりこのチャンスはそんなに来ない。いいフェーズに来ているのは事実」と優勝のためであることを明言した。そして、「やっぱり湘南の試合(0-1の敗戦)を見ても、あんまり(他チームとの)差がない。どっちに転ぶか分からない」という現状を打破するための補強だという。
直近の公式3試合では横浜F・マリノスに負け、セレッソ大阪に引き分け、湘南にも敗戦を喫した。ここまでJ1リーグを引っ張った町田に陰りが見えているのは確かだ。だがクラブは積極的な補強でエンジンに再び大量のガソリンを送り込もうとしている。
果たして点火できるかどうか。黒田監督の手腕が問われる。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。