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名将トルシエの哲学に感銘 日韓W杯出場の名ボランチが恩師から受け取った「本物の指導力」の金言【インタビュー】
G大阪ユースコーチの元日本代表MF明神智和氏…今年3月にJFA S級ライセンスを取得
シドニー五輪や日韓ワールドカップ(W杯)に出場した元日本代表MF明神智和氏は現役引退後に指導者となり、今年3月には日本サッカー協会(JFA)のS級ライセンスを取得した。現在は古巣ガンバ大阪のユースでコーチを務めている。若い選手たちと向き合うなかで実感する世代間のギャップやサッカーを学び続けることの重要性、そして指導者に求められる力とは――。稀代の名ボランチが歩んでいる指導者としての挑戦について話を訊いた。(取材・文=石川遼)
◇ ◇ ◇
明神氏は現役時代には柏レイソル、G大阪、名古屋グランパス、AC長野パルセイロを渡り歩き、2019年に現役を引退した。選手として多くの監督と共に戦ってきたなかで、シドニー五輪や日韓W杯では闘将フィリップ・トルシエ監督の下でプレー。このフランス人指揮官からは「組織70%、個人30%」とチーム作りのうえで基本となる考え方を学んだ。
「トルシエ監督は『チームは組織70%、個人30%』ということを常に言っていました。今になって振り返れば、チームあっての個人というのは当たり前のことだと分かりますが、自分が指導者になったことでより実感できる印象的な言葉です。自分は今、高校生年代を教えていますが、もちろん個を伸ばすことがメインではあるんですけど、将来彼らがプロになったり、さらに上のレベルで活躍する時にはチームの戦術も当然、最低限は求められる部分ですからね」
「チームがあっての個人」――。言葉にして聞けば当たり前のことのように聞こえるが、選手時代はその言葉の本質までは理解できていなかったという。チームが単なる人の集まりではなく、組織として機能しているかどうかは指導者になって初めて意識することになる。
「チームがあってこその選手とか、チームのために選手がいるということについて、現役の時は少しアバウトに考えていたと思います。ただ、指導者としてチームをまとめる立場に立った時に、そういう根底の部分がしっかりしていないとバラバラになってしまうことがあると実感しました。チームとして調子がいい時は前に進めても、少し歯車が狂った時に戻るところがなくなってしまうんです。“チームとしての幹”とでも言いますか、それがないといい状態に戻ってくるのが大変なんだなということを改めて感じました」
若い選手には「サッカーを理解していないと見透かされる」
2020年に古巣G大阪でアカデミーのコーチに就任した明神氏。現在は高校生年代の選手たちを指導している。若い選手たちと接して感じたのは、「コミュニケーションの変化」だという。スマートフォンやタブレットを使いこなし、SNSなどデジタル上でのやり取りに親しむ世代との間に生じるギャップは大きかったという。
「彼らとは育った環境が大きく違うので、コミュニケーションの取り方なんかはずいぶんと変わったなと感じます。情報は簡単に手に入りますし、調べればたいていの答えはすぐに分かります。コミュニケーションは基本的にスマートフォンやパソコンを通じて取るものになっているので、やはり僕らの世代のコミュニケーションの取り方は全く通用しないです。僕らの時は“言わなくても分かる”選手が結構多かったと思うんですが、今は1人1人の選手に合った伝え方をしていかないと、なかなか選手たちとつながれない。心さえつながってしまえば、時には厳しいことを言ったりすることもできますし、そういうコミュニケーションを取っていくことでいい相乗効果が出ると思うんですけど、そのつながるまでが大変だなと感じています」
より密なコミュニケーションが必要になったと感じる一方、若い選手たちは「サッカーを知っている」というのが明神氏の印象のようだ。配信サービスの充実によってJリーグはもちろん、海外サッカーの試合映像にも手軽にアクセスできる時代。選手たちが自然とサッカー界の最新トレンドを追い続けているからこそ、指導者もその流れに乗り遅れるわけにはいかない。
「今の選手たちは試合をよく見ているなと感じますね。基本的な情報はもちろん、戦術的な話もインターネット上にあふれていますから、僕ら指導者がサッカーをしっかりと理解していないと見透かされてしまいます。選手から『サッカーをあまり知らない、分かっていない』と思われてしまったら、サッカーの話をしても聞く耳を持ってもらえず、選手には何も届きません。だからこそ、自分たちはサッカーについて学び続けないとダメなんだな、と改めて思い知らされました」
本来の指導力=「目の前にいる選手を成長させること」
現役時代から「漠然と指導者にはなりたいと思っていた」という明神氏だが、「指導者になって1年目、自分はサッカーを頭で理解して言葉にするということを全く分かっていなかった」という事実を痛感したという。
ピッチ上でプレーを表現することと、それを人に教えるのに必要な能力は全く異なるものだった。「言葉にすることの難しさもそうですけど、いかに選手に分かりやすく伝わるかっていうところ。伝えたいことがあっても、完璧に伝わっていないことは結構あって、より分かりやすい言葉で説明したり、違う言葉に言い換えてみたり工夫が必要で、そういった部分に難しさを感じます」。日々、学びの連続だった。
指導者としての苦悩は尽きないなかで、支えとなっている先輩からの助言があるという。
「指導者になってイチからサッカーを勉強しなきゃいけないと思っていた時、当時ガンバのユースで監督をしていた森下仁志さん(現・東京ヴェルディトップチームコーチ)から『監督という仕事はもちろん戦術だったり、サッカーの部分も大事だけど、人をマネジメントする、チームをマネジメントする部分も大事なんだ』と教わったんです。それから、大きな括りで指導者というものを考えた時に、『本物の指導力をつけなきゃダメ。指導力というのは目の前にいる選手を成長させること。その力を本当につけないと駄目だぞ』と口酸っぱく言われました。僕にとってそれは本当に大きな言葉で、常に謙虚に、ひたむきに学び続けなきゃいけないと今もずっと思っています」
イングランドではチームを率いる監督のことを「Manager」と表現するが、単に戦術や技術のことだけに取り組むのが指導者の仕事ではない。チームに関わるあらゆることを管理し、選手たちの成長を導くことこそが指導者に求められていることを知った。
「監督の色が出ていていいな、と」 明神氏が昨季追い続けたチームとは?
だが、責任が大きく、困難な仕事だからこそ、やりがいも大きいもの。些細なことでも、指導する選手たちの変化を感じられた時の喜びはひとしおだという。
「例えば、単純なボール回しの練習をするのに、コートのサイズが1メートル変わるだけで、練習の内容は変わってきます。そういう練習メニューの1つをとっても、監督やコーチは何日も前から考えて、ああでもないこうでもないと思いながらやっているんだなと指導者になって初めて気がつきました。その時に『選手って楽だったな』って思いましたね。でも、そういうことも含めて楽しいです。もちろん自分が思ったように上手くいかないことは多々あって、選手たちが結果を出せなかったり、チームが勝てないのは苦しいです。でも、どこかのタイミングで選手が変わる瞬間があるんです。その時に彼らのプレーや表情が良くなるのを見た時に、本当に指導者って楽しいなと感じます。悩むこともありますけど、本当にちょっとしたそういうことが嬉しいです」
3月には明神氏はJFAのS級ライセンスを取得し、日本代表やJリーグクラブの監督を務めることが可能になった。「まだ漠然とですけど、やっぱり見てる人が面白いと感じる魅力的なサッカーを見せたいです。当たり前のことですけど、闘ってゴールを目指すプレーするチームを作りたい」と監督としてのビジョンを語る。
魅力的なサッカーのお手本は昔から好きでよく見ていたというスペイン1部ラ・リーガのFCバルセロナだが、最近の“お気に入り”はシャビ・アロンソ監督の下で2023-24シーズンにドイツ1部ブンデスリーガで無敗優勝を成し遂げたレバークーゼンだという。
「去年は1年間レバークーゼンを見ていました。たまたま、ふと思って見ていたら、面白くて。監督の色が出ているというのがやっぱりいいなと思って。この監督だから、こういうサッカーだ、というのが見て分かるというのがいいですよね。ライブで見れない時も、録画であとから見返したりして、基本的に全試合見たと思います。それが本当にあれよあれよというまに優勝までいったので、本当に見てて良かったなと思います(笑)」
シドニー五輪のベスト8、日韓W杯で日本史上初の決勝トーナメント進出に貢献するなど日本屈指の名ボランチとして活躍した明神氏。指導者として今後どのようなキャリアを築いていくのか注目だ。
[プロフィール]
明神智和(みょうじん・ともかず)/1978年1月24日生まれ、兵庫県出身。柏ユース―柏―ガンバ大阪―名古屋―長野。J1通算497試合26得点、J2通算20試合0得点、J3通算38試合0得点、日本代表通算26試合3得点。シドニー五輪や日韓W杯でも活躍した職人タイプのボランチ。2020年から古巣であるガンバ大阪アカデミーのコーチを務め、日本サッカー界の発展に尽力する。
(石川 遼 / Ryo Ishikawa)