復活した川崎のキング 偉才の司令塔がピッチで見せた“異なる顔”「塩梅のところを意識」【コラム】

大島僚太は圧巻のプレーを披露【写真:Getty Images】
大島僚太は圧巻のプレーを披露【写真:Getty Images】

神戸戦で先発出場した大島僚太は圧巻のプレーを披露

 タクトを振るう、という言葉がこれほどぴったりと当てはまる選手もいない。ボールをもらう直前に何度も首を左右に振り、敵味方の位置を把握する。軽やかなトラップから、相手を動かすパスを選択したかと思えば、隙さえあれば急所を突く一撃をねじ込む。川崎フロンターレの司令塔、元日本代表MF大島僚太がいぶし銀の存在感を放ち続けた。

 ホームのUvanceとどろきスタジアムに、ヴィッセル神戸を迎えた8月7日のJ1リーグ第25節。今シーズンで3度目の先発を果たしたボランチの31歳大島のもとへ、まるで吸い込まれるようにボールが集まった。

 昨年7月1日の名古屋グランパス戦を最後に、シーズンをまたいだ長期の戦線離脱を強いられてきた大島が、実に361日ぶりにピッチへ戻ってきたのは6月26日の湘南ベルマーレ戦だった。当初は右下腿三頭筋の肉離れと診断された怪我は、その後も再発や別の箇所の負傷を引き起こす負の連鎖を招き続けた。

 湘南戦を終えた直後に大島が残したコメントには、万感の思いが凝縮されていた。

「長かったですね。手術はしていないけど、期間は長かったし、けっこう大変な1年だった、と思います」

 待望の復帰を果たした司令塔のプレー時間を、鬼木達監督も慎重に管理してきた。ともに途中出場だった湘南戦は10分間、続くサンフレッチェ広島戦では8分間にとどめた。ジュビロ磐田戦とセレッソ大阪戦は先発させるも前半限りで交代。途中出場で20分間プレーした柏レイソル戦後に、リーグは中断期間に入った。

 その間にさらにコンディションをあげ、チームにフィットしたからか。神戸戦で先発した大島は、ハーフタイム明けの後半もピッチに立ち続け、最終的には78分間と復帰後では最長のプレー時間をマークしている。

 そして、その間に中盤の底から華麗なパスを何本も通した。たとえば前半27分。FW家長昭博からの浮き球のパスを右足で難なく収めると、ひと呼吸置いてから、左サイドバックの三浦颯太を前へ走らせるパスを供給する。このプレーはJリーグの公式X(旧ツイッター)で、こんな言葉とともにピックアップされている。

「ピッチ上で見せる別格の存在感」

 後半11分には敵陣の中央でパスを受けると、神戸のボランチ、扇原貴宏と井手口陽介の寄せが甘いと見るや、2人の間を射抜く縦パスを放った。ターゲットとなったFW山田新のシュートが左コーナーキック(CK)を誘い、キャプテンのMF脇坂泰斗が放ったクロスを、ファーサイドに詰めた家長が頭で叩き込んで川崎が先制に成功した。

 前半45分に2度目の警告を受けたMF飯野七聖が退場していた神戸は、失点後の後半18分にはDFマテウス・トゥーレルが副審へボールを蹴る行為におよんだとして一発退場を命じられた。

 9人で戦う状況で神戸は失点を最小限にとどめ、そのうえでカウンターかセットプレーで得点を狙う戦いにシフトした。しかし、圧倒的な数的不利は埋めがたく、山田が2ゴールをねじ込んで試合は終わった。

「ミーティングでも『3点取ろう』と話していたので、相手の状況もあったにせよ達成できてよかった」

 6度目の挑戦で初めて連勝をマークした一戦を振り返った大島は、さらにこう続けている。

「相手はそういうの(2人の退場)も受け入れて、カウンターとかを狙ってきた。それを理解していたので、もしボールを失ったとしても、攻守の切り替えを含めて、いろいろなことを意識していました。前線の選手を含めて、相手の能力が高いことを承知のうえで、どうすれば相手が嫌がるのかを考えながらできたと思います」

 それでもコンディションの良さを問われると、大島は「いやぁ、きついですね」と苦笑する。

「出ている以上はできる限り全力でプレーしますけど、もう少しというか、まだまだといえる部分はあると思います。ただ、僕はチームの一人として何ができるのか、といった点を明確にして、チームのみんながプレーしやすいようする、ということを優先させているので、そこは今後も続けていきたいですね」

大島が見せた新たな“顔”「いやいや、関係ないですよ」

 裏方に徹しながら、チームの潤滑油になりたいと話す大島を、鬼木監督は「ピッチ全体を俯瞰して見られる」と信頼を込めて語ったことがある。大島が復帰した直後には、山田も攻撃陣の視点から「いいパスが出てくる回数が増えると思う」と歓迎した。期待に応えるためのキーポイントを、大島は神戸戦後にこう語った。

「欲を出しすぎずに、いいバランスでプレーできたところもあると思っています」

 この「欲」について補足した言葉に、他とは一線を画す大島のサッカー観が凝縮されている。

「相手が11人のときから、なかなか言葉にしづらい塩梅のところを意識しています」

 料理の味加減を調える「塩梅」を、サッカーで使えば「プレーのほど合い」を意味するだろうか。相手を動かすパスと、急所を突くパスを巧みに使い分ける感覚を、大島はなかなか耳にしない二文字で表現した。

 神戸戦から中3日の11日には、敵地・味の素スタジアムでFC東京との「多摩川クラシコ」に臨む。大島のなかでさらに「塩梅」が磨かれれば、その分だけ川崎の攻撃に往年の怖さが戻ってくる。

「サッカーを忘れる部分も作りつつ、リラックスして臨みたい、と思っています」

 FC東京戦へ向けてもこう語るなど、胸中に秘められているはずの“熱さ”をなかなか見せない大島が、いままでとは異なる顔をのぞかせた場面があった。神戸戦の選手入場時のひとコマ。エスコートキッズと手をつないでいたチームメイトとは対照的に、大島は長男を抱きながら、穏やかな笑顔とともにピッチに姿を現している。

 試合後に「気合いが入った感じですか」と問われた大島は「いやいや、関係ないですよ」と苦笑しながらスタジアムを後にした。実は長男は神戸戦の2日前に、3歳の誕生日を迎えていた。川崎の栄光を体現してきた「10番」は稀代のパサーに“パパの顔”もまじえながら、完全復活へ向けて「塩梅」を研ぎ澄ませていく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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