パリ五輪で久保建英がいれば…日本の失われた「実験」とは? スター選手の弊害と課題【コラム】
頭抜けたスターを均質的なチームにいかに加えるか
パリ五輪サッカー男子日本代表は準々決勝でスペインに0-3で敗れた。U-23日本代表はこの大会で唯一オーバーエイジ枠を使わないチームだった。さらにオーバーエイジではない久保建英、鈴木唯人も招集できず、予選(U-23アジアカップ)の主力だった松木玖生も外している。
ただ、新しい選手を加えれば単純に強化されるとは限らない。U-23日本代表の長所はその均質性だったからだ。いわゆる「目が揃っている」ことで、タイミングやアイデアを共有しやすい。選手交代をしてもパフォーマンスのレベルを維持できる。過密日程を克服するためのターンオーバーもできた。スペインに対してもスコアほど完敗だったわけではない。
戦術は森保一監督率いる日本代表とそっくりで、守備では4-4-2、攻撃では4-3-3になる。コンパクトで機動力のある守備と、サイドアタックをメインにした攻め込み。「良い守備から良い攻撃」を軸にした中堅国然とした戦い方である。
日本代表のコピーのようなプレースタイルは継続性が明確だったし、より多くの若手に世界大会を経験させることができたので収穫はあったと思う。
ただ、残念だったのは周囲とはもう1つレベルの違う選手を均質的なチームにどう組み込むかという実験ができなかったことだ。
形のうえで日本と似ているチームとしてアルゼンチンがある。ソリッドな守備と個々の技術の高さもさることながら、アルゼンチンの武器はリオネル・メッシだ。2トップの1人として起用されているメッシだが攻撃時には自由に動く。守備はほぼしないし、ボールに触る回数も少ない。つまり、ほとんどプレーに関与しない選手なのだが、関与した時には決定的なプレーをする。南米選手権(コパ・アメリカ)2024でもチャンス創出の点では図抜けた存在だった。
アルゼンチンと決勝を戦ったコロンビアのハメス・ロドリゲスもメッシと同じ扱い。欧州選手権(EURO)2024でのスペインのダニ・オルモも同じクリエイティブ枠と言っていいだろう。
パリ五輪では三戸舜介、荒木遼太郎がこの役割だった。しかし、目立っていたのは相手方のフェルミン・ロペスだった。むしろフェルミン・ロペスだけが日本とスペインの「差」を作っていた。もし日本に久保がいれば、突きつけられていた問いをスペインに投げ返すこともできたかもしれない。
招集に強制力がない以上、久保やオーバーエイジの選手を招集できなかったのは仕方ないし、今後を考えて呼ばなかったのは正解かもしれない。ただ、日本のプレースタイルの建付けからして、ここにスーパーな存在を持つことはステップアップの鍵になると思われる。
均質的なチームに頭抜けたスターが加わることでの弊害はある。アルゼンチンは長い間、メッシを消化できずにいた。単純に上手い選手が加われば強くなるとは限らない。しかし、日本もいつかはその課題に向き合わなくてはならないとすれば、五輪は格好の実験の場になったはずであり、その機会を失ったのが最も残念なところだった。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。