“悔し涙”止まらず…緊急出場も決勝弾献上 目の前で痛感、届かなかった「あと1歩」【現地発】
清水梨紗が負傷交代、DF高橋はながピッチへ立った
強かったスペインとの対戦が終わり、輪になったなでしこジャパン。いつもの風景のなか、一人仲間に支えられるようにして下を向いていたのは、高橋はな(三菱重工浦和レッズレディース)だ。
高橋のイメージといえば、とにかくポジティブ。怪我をしても、上手くいかなくても、そんなときこそ前を向く。しかし、スペイン戦終了後のピッチにはそうではない高橋がいた。ベンチからチャンピオンサッカーを繰り広げるスペインと戦う仲間を見ていた。交代の声がかかったのは戦略面ではなく、清水梨紗(マンチェスター・シティ)の負傷によるものだった。そしてその5分後に逆転ゴールを奪われることになる。ボンマティとカルデンティの鮮やかなコンビネーションであっという間にフィニッシュまで持っていかれた場面。最後にブロックに入ったのが、交代で入ったばかりの高橋だった。
「もう少し寄せないと、あれだけのスペース(に狭めただけ)じゃやられてしまう」。王者の力をまざまざと見せつけられた。残り約15分で1-1。スペインから勝ち点1を取れたら大金星に近い。失点は重ねられない。けれど大胆な攻撃に打って出られないから、どんどんうしろは重くなる。どこかで日本の流れにする決断をしなければ、凌ぎ切れる相手ではなかった。その瞬間が高橋の目の前で起こってしまった。
ゲームに入る前、高橋は決めていたことがあるという。「チームとしては失点しないことが狙いで、奪い方のところは自分が遅れないようにしっかり対応できるようにしないといけないと思っていました。それプラス、だったら思いっきり行っちゃえ!と」。自分では思い切り行ったスライディング。それでも届かない、もう1歩、あと1歩が必要な世界がそこにはあった。
「切り替えよう!」と池田太監督の呼び声のなかでも悔し涙が溢れてくる。「悔しかったですね。自分自身、試合に対する思いもありましたし、結果に対する思いもありました。せっかくスペインとやれるんだったら、自分たちのできること、リスクを冒しても勝利に向かう姿を少しでも見せたかった」。厳しい表情でスタンドに挨拶をする。そんな高橋に寄り添いに来たのは、良き理解者であり、ライバルであり、戦友とも呼べる石川璃音(三菱重工浦和レッズレディース)だった。
昨年のワールドカップでは最終ラインを争い、自チームではともに浦和の堅守を支えてきた。今回、石川はバックアップメンバーとして帯同し、このスペイン戦はスタンドから見守っていた。お互いのことは理解し尽くしている。悔しさに飲みこまれている高橋に、石川はあえて満面の笑みで近づいた。その瞬間、やっと高橋本来の表情が現れた。このときこそがマインドの切り替えになったのではないだろうか。
翌日の練習は当然のことながらすでにブラジル戦へ向けて集中したプレーを見せていた高橋。「上手くて、強いことはわかっていたけど、上手かったし強かった。見ていても楽しかったし、やっていても楽しかったので、いい学びになったと思います」。すっかりいつもの調子が戻っていた。
戦えた時間もあった。フランス入りしてから懸命に取り組んできた攻守も通用する瞬間もあった。もう1歩、あと1歩戦いながらそれぞれが限界ラインを引き上げていくことでチームが化ける。高橋はパリ五輪でどんな化け方を見せてくれるのだろうか。
(早草紀子 / Noriko Hayakusa)
早草紀子
はやくさ・のりこ/兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。在学中のJリーグ元年からサポーターズマガジンでサッカーを撮り始め、1994年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿。96年から日本女子サッカーリーグのオフィシャルフォトグラファーとなり、女子サッカー報道の先駆者として執筆など幅広く活動する。2005年からは大宮アルディージャのオフィシャルフォトグラファーも務めている。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。