川崎の救世主が復活 3か月半のリハビリ乗り越え…森保ジャパン経験SBの軌跡がもたらした「1勝」【コラム】
川崎フロンターレの三浦颯太がアシストをマーク
自らのストロングポイントを問われれば、迷わずに「縦への推進力」と答える。日本サッカー界の左サイドバック全体に抱く印象を語る際には、ちょっぴり恐縮しながら「個で剥がすタイプがあまりいない、と思っています」と返していた川崎フロンターレの左サイドバック、三浦颯太がいきなり仕掛けた。
柏レイソルのホーム、三協フロンテア柏スタジアムに乗り込んだ20日のJ1リーグ第24節の前半キックオフからわずか4分。敵陣の左タッチライン際で、FW家長昭博と短いパスを交換した直後だった。
利き足の左足で家長からのリターンを収めた三浦は、次の瞬間、一気に縦へと抜け出した。対峙していた柏の右サイドバック、片山瑛一も必死に食らいつき、最後はスライディングでクロスを阻止してくる。それでも、三浦はまったく焦っていなかった。仕掛ける前からメンタル面で圧倒的に優位に立っていたからだ。
「あそこは自分がもっとも得意としているゾーンですし、だからこそ相手(片山)を抜き切らずにクロスをいいところにあげようと。本当にそれだけしか考えていませんでした」
プレーに抱く自信を反映させるように、三浦が左足を素早く振り抜く。低く、速いクロスの標的となったニアポスト付近には、同じ2000年生まれのFW山田新が以心伝心のタイミングで走り込んできていた。
柏の左サイドバック、ジエゴの背後で気配を消しながら、三浦がクロスをあげる直前にいきなりその眼前に出現。そのままニアへ迫り、右足のボレーでゴールネットを揺らした山田の脳裏には川崎での練習だけでなく、自身が桐蔭横浜大、三浦が日本体育大と敵味方で対峙した大学時代の記憶も蘇っていた。
「(川崎の)練習でもそうですけど、大学のときもあのタイミングでよく縦へ抜け出して、すぐにクロスをあげる彼の特徴は理解していた。今日もしっかり相手の背後で待って、タイミングよく相手の前に入れました」
ルーキーイヤーをプレーしたJ2のヴァンフォーレ甲府から、完全移籍で加入した今シーズン。大卒後に川崎入りしていた山田とチームメイトになった三浦は、日々の練習でこんな言葉をかけてきた。
「僕がボールをもったら、ニアのところに入ってきてほしい」
最終的に3-2で柏を振り切り、7試合ぶりの白星を手にした試合後。山田は三浦に感謝している。
「お前だったら、あそこで縦に仕掛けると思っていたよ」
実戦で初めて開通させた、左サイドとニアサイドの“年男”同士によるホットライン。J1リーグ出場7試合目で初めてアシストをマークした三浦は、こんな言葉を介して喜びを表現している。
「何て言えばいいのかな……(山田との)信頼関係で取れた先制点だったと思っています」
中学時代はFC東京U-15で、いま現在はレアル・ソシエダに所属する日本代表MF久保建英とともにプレー。高校では帝京へ進んだ三浦が、にわかに眩いスポットライトを浴びたのは昨年末だった。
まず甲府がグループステージを勝ち抜いた、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)でのプレーが評価される形で森保ジャパンに大抜擢された。2日後には川崎への完全移籍が発表され、年末の合宿をへて元日に臨んだタイ代表との国際親善試合の後半23分から、聖地・国立競技場のピッチに立って日本代表デビューも果たした。
冒頭で記した自身のストロングポイントも、日本サッカー界の左サイドバック全体に抱く印象も、すべて年末の代表合宿期間中に語っていたものだ。カタールで開催されたアジアカップを含めて、その後は代表とは縁遠くなっているものの、川崎では湘南ベルマーレに勝利した開幕戦から左サイドバックの定位置を射止めた。
しかし、好事魔多しというべきか。全試合で先発し、順風満帆な軌跡を描いていた三浦の川崎でのキャリアは、敵地・日産スタジアムに乗り込んだ4月3日の横浜F・マリノスとの第6節で急停止を余儀なくされた。
三浦は左膝外側半月板の損傷で3か月半の離脱を強いられた
前半終了間際に負傷退場し、その後はベンチにも入っていなかった三浦の怪我に状態について、川崎は4月14日に左膝外側半月板の損傷だと発表。同時に11日には手術も受けていたと付け加えた。
全治などの詳細は発表されていない。それでも三浦は復帰した柏戦後に、こんな言葉を残している。
「一応、この試合を目指して、というなかで、リバウンドもなくうまくきた感じです」
パリ五輪代表に臨むU-23日本代表に選出された19歳のセンターバック、高井幸大がセレッソ大阪との前節をもってチームを離脱してフランスへ渡った。佐々木旭がセンターバックに入ると見られた柏戦で、誰が左サイドバックで起用されるのか。先発に指名された三浦は、約3か月半におよんだ離脱期間をこう振り返る。
「チームのトレーナーの方々とすごく充実して、前向きに取り組めた時間を過ごせました。ただ、自分のコンディションを上げきれたかと言えば、正直、全然です。それでも今日は省エネをしないというか、90分出るつもりはまったくなかった。指示も『最初から飛ばしていけ』でしたし、それがいい結果につながりました」
実際、三浦は後半25分にMF大島僚太との交代でベンチへ下がっている。フルタイムではプレーできない状態でのスクランブル出場。試合後には「あのくらいがちょっと限界だったかな、という感じです」と苦笑した。怪我人も多い状況で何とか間に合わせ、エンジン全開の開始早々に初アシストをマークしたわけだ。
試合は前半10分に家長が右サイドから送ったクロスに再び山田が、今度は頭で合わせて追加点をゲット。リードをなかなか2点差に広げられず、前半から飛ばす分だけ、体力的にも失速した後半に追いつかれるパターンを4度も繰り返すなど、5試合連続のドローに甘んじてきた川崎がいとも簡単に2-0とした。
しかし、直後の12分に1点を返され、後半22分には同点に追い付かれた直後に、三浦は山田とともにベンチに下がった。同34分にキャプテンのMF脇坂泰斗が執念で勝ち越しゴールを決め、アディショナルタイムに与えたPKを守護神チョン・ソンリョンが阻止する劇的な展開を、そろって祈るように見守った。
「苦しい時期ですけど、この1勝は普通の1勝じゃない。本当に大きな1勝だと思う」
敵地のゴール裏を埋めたファン・サポーターを含めて、川崎に関わる全員でもぎ取った今シーズン6勝目を笑顔で振り返った三浦は、一夜明けた21日から入った中断期間の目標をこう掲げている。
「まずは自分のコンディションを上げること。加えて前半のうちにすぐ失点し、さらに後半の苦しい時間帯でも失点した反省点が明確になったので、この中断期間にしっかりと修正できればと思います」
順位は14位で変わらず、追いすがる15位以下のアルビレックス新潟、湘南ベルマーレ、京都サンガF.C.もすべて勝った。中断明けも予断を許さない戦いが続く川崎で、高校時代までのボランチから、日本体育大に入学した直後に選手がいないという理由でコンバートされた左サイドバックを、いまでは「大好きなポジションだし、ここで勝負したい」と“天職”だと位置づける三浦が、いよいよ飛躍のときを迎えようとしている。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。