「午後10時に寝ればいい」にカズも苦笑 選手と対立も厭わず…ブラジル人らしからぬサッカーを追求した異色の監督【コラム】

かつて清水などを率いたエメルソン・レオン【写真:徳原隆元】
かつて清水などを率いたエメルソン・レオン【写真:徳原隆元】

名GKとして名を馳せたエメルソン・レオンは負けることを徹底的に嫌った

 ブラジル人の一般的な気質は陽気で情熱的。そして、細かいことはあまり気にしないといったところだろうか。しかし、これはあくまでも一般的な目線から見た気質で、人の性格というのはさまざまであり、当然だがブラジル人の中にも驚くほど几帳面で厳格な人間もいる。

 そんなブラジル人は1993年のJリーグ誕生から、助っ人としてピッチを沸かせた選手だけでなく、指導者の立場からも日本のサッカーの発展に大きく貢献してきている。そのなかにブラジル代表の一員として1970年のメキシコ・ワールドカップ(W杯)にも出場し、名ゴールキーパー(GK)として広く知られていたエメルソン・レオンがいる。

 彼は日本プロサッカーリーグ参加のために発足した清水エスパルスの2代目の監督として、Jリーグ元年を戦うことになる。清水を離れたあとはヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)、ヴィッセル神戸の指揮も執っている。

 現役時代のエメルソン・レオンはブラジルサッカー界にあって屈指のGKとして名を馳せ、指導者となってからは勝負の真理を独自の物差しで見極め、チーム構築において独善的な自己判断を貫き通していく。

 尊大で絵に描いたような頑固者だったエメルソン・レオンは、自らがGK出身ということで、指導者としてもこのポジションには特に厳しい目を向けた。当時、清水でレギュラーだった日本人GKのミスが続くとリザーブへと降格させ、コーチだったシジマール(現ヴィッセル神戸コーチ)を選手に復帰させ起用する。ブラジル人の特徴でもある、サッカーにおいて負けることを徹底的に嫌う精神は、こうした選手起用に表れていた。

ファインダー越しにも伝わってきた勝負師としての凄み

 そして、96年にV川崎の監督の就任が決まると、お互いに譲ることのできないサッカーに対する信念から、ある選手との対立が浮き彫りになる。当時のV川崎にはラモス瑠偉が所属しており、2人は相容れない状況にあった。セレソンの称号も手にしたエメルソン・レオンにしてみれば、日本サッカーで存在感を発揮しているとはいえブラジルでは無名だった選手など、なにするものぞという思いがあり、ラモスの日本での活躍には批判的だった。

 さらに、同じサッカー大国出身にもかかわらず、目指すスタイルのベクトルが正反対を向いていたことも、2人の間に溝を作る原因だったと思う。エメルソン・レオンが信じる勝利の方程式はブラジル人でありながら、現役時代のポジションに基づき守備を重視し、ロングボールを多用してゴールを目指すスタイルだった。そこに選手個人のテクニックを存分に発揮して華麗に攻撃を仕掛け、相手の守備網をキリキリ舞いさせるという、人々が思い描くブラジル的なサッカーはない。

 テクニックを駆使した美しさを追求するラモスは自分を批判し、そしてブラジルらしくないスタイルを志向するエメルソン・レオンを受け入れることができず、チームを去ることになる。日本に帰化し、母国では無名だったラモスがブラジル的なサッカーへのこだわりを見せていたことに対して、セレソンまで上り詰めた男がこの美しきスタイルを信条としなかったことは、勝利するための絶対的な方法がないサッカーというスポーツの難しさを物語っている。

 V川崎の指揮官となったエメルソン・レオンは、ピッチにおける手堅いサッカーだけでなく練習も規律を重んじ厳格に行った。一般的な開始時間から考えると早い午前8時からの練習を選手たちに課した。

 当時、チームのスターであった三浦知良は「(朝8時からの練習のために午後)10時に寝ればいいだろうと(エメルソン・レオンから)言われたが、寝ないといけないと思うとプレッシャーで寝られない」と指揮官が決めた練習スタイルへの取り組み方を苦笑しながら話していた。

 午前8時から練習をする意味はあまりない。それは選手たちへの支配欲を満たすための行為だったように思う。そんなエメルソン・レオンは、やはりカメラのファインダーを通して見ても実に扱いづらそうな男だった。

 しかし、その好戦的な視線は世界のトップレベルで戦ってきた勝負師としての凄みがみなぎっていたことも事実だ。

(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)



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徳原隆元

とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。

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