オランダ絶賛の21歳「新たな日本の真珠」 パリ五輪での起用法は…大岩監督が抱く“思惑”

スパルタ・ロッテルダムの三戸舜介【写真:Getty Images】
スパルタ・ロッテルダムの三戸舜介【写真:Getty Images】

【大岩ジャパン18人の肖像】MF三戸舜介(スパルタ・ロッテルダム)が描いた成長曲線

 大岩剛監督率いるU-23日本代表は、今夏のパリ五輪で1968年メキシコ五輪以来、56年ぶりのメダル獲得を狙う。4位でメダルにあと一歩届かなかった東京五輪から3年、希望を託された大岩ジャパンの選ばれし18名のキャラクターを紐解くべく、各選手の「肖像」に迫る。

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 三戸舜介は小学校卒業とともに郷里の山口県宇部市を離れてJFAアカデミーに進み、中学は静岡県御殿場市、高校は福島県双葉町で過ごした。プロとしてアルビレックス新潟で3季プレーし、昨季はJ1のヤングプレーヤー賞を受賞。昨年末、オランダに住まいを移し、スパルタ・ロッテルダムで国外デビューを果たした。

「早くから親元を離れたのは大きいですね。少なくとも僕がホームシックにかかることは多分ない……と思います(笑)」

 新潟時代にはトーマス・デン(PSVリザーブチーム)、千葉和彦(AGOVV、ドルトレヒト)、高木善朗(ユトレヒト)とオランダに縁の深い選手に囲まれた。昨年9月、ガンバ大阪戦で決めた三戸のクリーンシュートは、彼ら3人がボールをつないだものだった。

「移籍の挨拶をした時は、2人(千葉、高木)とも過ごした国なのでとても喜んでくれて『本当に頑張ってこいよ』と励ましてくれました」

 オランダサッカー華のポジション、ウインガーとして即戦力の三戸はデビューマッチでいきなりゴール。コンディションを考慮され前半45分でベンチに退いたが、俊敏なドリブル、積極的にシュートを打ちにいく姿勢はオランダ国内で高く評価され、三戸がその週のベスト11を総なめにした。「新たな日本の真珠」。それがオランダで三戸が受けた賛辞である。

 一般的に三戸は“ドリブラー”にカテゴライズされるアタッカーだ。その太ももには短距離アスリートのような爆発力が宿っており、足もとにボールを持っていてもスピードが落ちることなく敵陣深い位置まで突き進む。しかも急激に方向転換したり、減速と加速を繰り返したりするから守る方からすると、三戸はかなり厄介な存在だ。

 そんな彼のことをボディーアタックで潰しにかかる選手もいる。ある試合で体ごと吹き飛ばされ、ピッチの上に思いっきり叩きつけられた三戸は「ニヤリ」と笑っていた。観客席からそのシーンを見た時、私は「この激しいデュエルを求めてオランダに来たんだろうなあ」と感じていた。

 三戸は頻繁にピッチ中央に生まれたスペースにポジションをとって、DFからのつなぎのパスを受けてからターンしてビルドアップに絡む。そのボールハンドリングの速さは秀逸。U-23日本代表ではウイングだけでなく、インサイドハーフとしても起用されているようだが、スパルタでの中盤に厚みを作るプレーを見ると、大岩監督の三戸の起用法に納得がいく。

 ただし、オランダでの三戸は後半に入ると急激にパフォーマンスを落とす傾向がある。本人は「別に90分間持たそうと思ってプレーしていない。開始からガンガン飛ばしてプレーしている。それが90分間持つようになれば、もっと上に行けますからね」と今はペース配分に頓着してない。若い選手のチャレンジ、失敗に寛容なオランダリーグは、三戸の成長にとって理想の場なのかもしれない。

 課題はオランダリーグ半年で2ゴールに留まった決定力。そこは昨年12月、スパルタのチームダイレクターからも指摘されている。

「今は『パリ五輪世代』と言われていますが、この海外移籍を決めたのもA代表を目指すためでもある。将来は5大リーグでやりたい」

 日本代表の競争に割って入るためにも、パリ五輪では得意のドリブルとともに、中盤での気の利いたポジション取りとパスワークも秀でているところも証明したい。

(中田 徹 / Toru Nakata)



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中田 徹

なかた・とおる/1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグなどを現地取材、リポートしている。

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