1試合で3ポジション変更のレア経験 苦悩の広島気鋭FWが“復活”…描いたヒーローへの軌跡【コラム】

満田誠が示した可能性に注目【写真:徳原隆元】
満田誠が示した可能性に注目【写真:徳原隆元】

左WB→ボランチ→シャドーとポジション変更した広島の満田誠

 左ウイングバックで先発し、前半途中からボランチへスイッチ。後半開始とともに一列あがってシャドーでプレーし、試合終盤には再び左ウイングバックに戻る。90分で3度もポジションが変わり、そのたびにピッチ上から見える景色が違ってくる。稀有な経験にサンフレッチェ広島の満田誠も思わず苦笑した。

「まあ、そうですけど…攻撃の選手が多いなかで、ああいったポジションの変更というのは今後もあるのかなと。だからこそ、どこでプレーしても自分のよさを出さなきゃいけないと思っていました」

 川崎フロンターレのホーム、Uvanceとどろきスタジアムに乗り込んだ6月29日のJ1リーグ第21節。先制された直後の前半27分に、広島のミヒャエル・スキッベ監督は満田とボランチの東俊希をまず入れ替えた。

 試合後の公式会見。ドイツ人指揮官は「今まであまり起こらなかった、中盤の真ん中でのボールロストが今日は非常に目立ったので」と、先発で送り出した選手たちの配置を一部変えた理由を説明したうえでこう続けた。

「ボールロストを減らすためにマコ(満田)を真ん中に、俊希(東)を左にした。マコのほうがいつでもボールを受けられるところへ動けるし、クリエイティブなプレーもたくさんできるので」

 スキッベ監督が振り返ったように、川崎の先制点は中盤の攻防における、広島のボランチ松本泰志のボールロストがきっかけで生まれていた。そのまま1点ビハインドで迎えた後半。指揮官はFWドウグラス・ヴィエイラに代えて高校3年生の2種登録選手、18歳の中島洋太朗をボランチとして投入する。

 同時に満田をシャドーに、さらにシャドーだった大橋祐紀を1トップにあげる。それでも1点が遠かった後半32分には、ボランチのエゼキエウ、トップ下のマルコス・ジュニオールを投入。そのうえでシステムを[3-4-2-1]から[3-4-1-2]にスイッチし、満田を再び左ウイングバックに戻した。

 右ウイングバックでのプレー経験がある満田だが、左ではほとんどプレーしていない。身長170センチ体重63キロの小柄なアタッカーの特性を把握したうえで左ウイングバックにボランチ、さらにシャドーを任せた意図を問われた指揮官は、まずは「キーパーにするには小さすぎるかな」とジョークで笑いを誘いながらこう続けた。

「マコのアグレッシブさやズル賢さは、どのポジションでも通用するものだと思っている。我々はここ2年半、選手交代時に同じポジションの選手とそのまま変えるよりも、ポジションをチェンジしながら戦ってきた。そうすることによって相手チームを混乱させ、新しい形のもとで攻められるからだ」

 満田は出場停止から明けたアルビレックス新潟との前節でも、左ウイングバックで先発フル出場していた。未知といっていいポジションを、どのように受け止めてプレーしているのか。川崎戦後にこう答えている。

「ボールに関わる回数はやはり真ん中のポジションの方が多くなるし、自分自身もボールに関わりながら、ゴールに近づいていくようなプレーを得意としている。その意味では真ん中の方がいいかもしれないけど、左ウイングバックでも仕掛けていく部分であるとか、味方へのアシストであるとか、ゴールに絡んでいく仕事を求められていると思っているので、そこは自分も意識しながら試合に入っています」

 ポジションより何より、満田が自問自答を繰り返しているテーマがある。5-0の快勝とともに連敗を2で止めた5月19日の京都サンガF.C.との第15節で、満田は今シーズン初めてベンチスタートとなっていた。

 ホームのエディオンピースウイング広島で鹿島アントラーズに1-3で敗れた第14節から、スキッベ監督は満田を含めて先発を5人も入れ替えた。指揮官は「直近の2試合は納得のいかないプレーや結果だったので」と意図を説明したが、DF塩谷司や東、FW加藤陸次樹らが先発に復帰した一方で満田はベンチスタートが続いた。

 京都、セレッソ大阪、ジュビロ磐田、東京ヴェルディと自身がベンチスタートだった4試合で広島は3勝1分けの星を残した。一転して19日の横浜F・マリノス戦では、ボランチで先発に復帰した満田が前半21分、後半7分にイエローカードをもらって退場になり、数的不利になった末に試合も2-3で逆転負けを喫した。

 自身が出場停止だった柏レイソル戦で勝利した広島は、前述したように満田が左ウイングバックでフル出場した新潟戦で引き分けた。流通経済大から加入して3年目。チームの勝利を最優先に掲げ、戦ってきたなかで自身が先発すれば勝ち点を落とし、逆にベンチスタートならば4勝1分けの星を残している。

 このギャップが、特にメンタル面のスランプに拍車をかけた。満田は川崎戦後にこんな言葉を残している。

「コンディションは問題なかったけど、自分のパフォーマンスが落ちて普通にスタメンから外れて、出場時間も減ってきていた。先発でもベンチスタートでも、常に『チームの力になりたい』と思っていたし、自分がベンチスタートでもチームが勝ち星を重ねたのは嬉しかったけど、やはり自分もピッチに立ちたい、という悔しさもあった。だからこそ、いつチャンスが来てもいいように準備はしていたし、それが来たのが今日だったのかな、と」

 満田が言及した「それ」は、敵地のピッチ上に「敗北」の二文字が漂い始めた後半43分に訪れた。

「自分の気持ちが乗り移った」今季2点目で窮地を救う

 左ウイングバックに戻っていた満田が、中央にポジションを取っていたエゼキエウにボールを預ける。もちろん、パスだけじゃない。満田自身も川崎ゴール前へスプリントし、左前方へボールを運びながら、次の瞬間にヒールパスを駆使し、川崎の選手たちの虚を突いたエゼキエウから以心伝心のパスを受けた。

「相手もディフェンスを1枚増やして守りに入っていたので、逆に最終ラインの前のスペースが空いていて、そこにエゼキエウ選手が入ってきてくれた。自分はまずパスを出して、その後もボールが来ると信じていたので動きを止めなかった。そこへワンテンポずらしてパスをくれたので、相手も反応がちょっと遅れたと思う」

 こう振り返った満田はゴール中央へ侵入していく。前には誰もいない。迷わずに右足を振り抜くと、強烈なシュートはブロックに飛び込んだDFジェジエウの足を介してコースを変えて、ゴール右へ吸い込まれていった。

 敵地でFC町田ゼルビアに今シーズン初黒星をつけた、4月3日の第6節以来となる今シーズン2ゴール目が広島を救った。PKを決めた初ゴールとは異なり、流れのなかから生まれた一発に満田は声を弾ませた。

「相手に当たってのゴールでしたけど、そこは自分の気持ちが乗り移ったのかなと思う。(選手の)移籍などもあってポジションが空いて、そこで自分がまたポジションを掴みかけているタイミングで、流れのなかからこうしたゴールという結果を出せたのは、自分にとってもすごく自信になります」

 6月に入って野津田岳人がBGパトゥム・ユナイテッド(タイ)へ、森保ジャパンに名を連ねる川村拓夢がザルツブルク(オーストリア)へ相次いで移籍。手薄になったボランチの人選で、スキッベ監督もトライを繰り返している。チームが正念場を迎えている状況で、満田が繰り返してきた自問自答にも終止符が打たれようとしている。

「今日はいろいろなポジションでプレーしましたけど、自分の目指すべき場所はやはりゴールだと。そこは絶対に変えなかったなかで、最後にサイドからゴールを目指せたのがよかったと思っています」

 前節に続いて勝てなかったが、同時に負けもしなかった。首位を快走する町田との勝ち点差は9ポイント。依然として20チーム中で負け数と被シュート数がもっとも少なく、放ったシュート数がもっとも多い広島はぎりぎりで踏ん張っている。何よりも貴重な勝ち点1を、自らの右足でもぎ取った結果が満田を奮い立たせる。

「サイドで出たとしても、今日の得点シーンのように中へカットインしていく形を作り出せるので、そこはポジションにこだわらずにやっていきたい。今日みたいにポジションが変わるケースはこれからもあると思うし、だからこそ出たポジションで役割をこなしながら自分の特徴、というものを出していければと思います」

 7月5日の次節はホームに王者ヴィッセル神戸を迎える。怪我で離脱中のDF荒木隼人の復帰をほのめかした指揮官は、その場合には塩谷をボランチで起用するプランにも言及した。再び左ウイングバックでの起用もありうる満田は、シーズン中に陥りかけたメンタル面のエアポケットから雄々しくはい上がりながら、複数のポジションをハイレベルでプレーできる、追い上げへのキーマンの1人へ変貌を遂げようとしている。

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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