相次ぐ海外移籍、拘束力なき大会 叶わなかった最強布陣…五輪をどう位置づけるべきか?
鈴木彩や久保、松木ら呼べず…苦渋の決断に見えたパリ五輪代表メンバー
「今現在、招集できる可能な選手たちをベストと思われる選手たちを招集しました」
7月3日に都内で行われたパリ五輪代表メンバーの発表会見で大岩剛監督は苦渋の表情を浮かべた。今回のU-23日本代表は「呼びたかった選手の多くを呼ぶことができなかった」という印象が色濃く残る形となった。
4月中旬からカタールで行われたU-23アジアカップでMVPに輝いた藤田譲瑠チマ(シント=トロイデン)や好セーブを連発した小久保玲央ブライアン(ベンフィカ)、エースFW細谷真大(柏レイソル)ら主要選手は順当に選ばれたが、パリ世代の欧州組である久保建英(レアル・ソシエダ)、鈴木彩艶(シント=トロイデン)、鈴木唯人(ブレンビーIF)は予定通り招集されなかった。
さらに、オーバーエイジ(OA)枠での選出候補として名前の挙がっていた遠藤航(リバプール)、町田浩樹(ロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズ)、板倉滉(ボルシアMG)らの招集も叶わず、最終的には国内組で招集確実と見られいいた松木玖生(FC東京)まで選外となってしまった。
「最強布陣を揃えてメダルを狙いたい」と考えていた指揮官の思惑は大きく外れた格好だが、OA候補のA代表メンバーやパリ世代の何人かには移籍の可能性が浮上。「彼らのキャリアを優先するなら、ここから8月頭まで代表で拘束することはできない」と、日本協会側が判断するのも分からなくはない。
実際、今夏は移籍の可能性があるトッププレーヤーがあまりにも多いのは確かだ。A代表の常連組を見ると、板倉、町田、田中碧(デュッセルドルフ)、菅原由勢(AZアルクマール)らが該当する。残留する選手でもチームの監督が代わる選手も少なくなく、遠藤、堂安律(フライブルク)、上田綺世(フェイエノールト)、伊東純也、中村敬斗(ともにスタッド・ランス)らがそれに当たる。
パリ世代を見ても、鈴木彩と鈴木唯の2人には移籍の噂があるし、国内組でも松木以外に、平河悠(FC町田ゼルビア)も所属クラブが変わる可能性があるという。それでも平河と欧州組の斉藤光毅(ロンメルSK)、三戸舜介(スパルタ・ロッテルダム)の2人は、クラブ側が了承した、ということなのだろう。
斉藤自身も6月28日に古巣の横浜FCで行ったサッカースクール後に「パリ五輪で活躍すれば、世界の見る目が180度変わる」と意気込んでおり、この大舞台を就職活動の場と捉えていることが分かる。
つまり、五輪というのは、JFAにとっては「1968年メキシコ五輪以来、56年ぶりのメダル獲得を目指す場」なのだが、選手たちにとっては「結果を残してステップアップにつなげる機会」という意味合いも多分にある。
「五輪でのベストメンバー招集」にこだわらないほうがベター!?
だからこそ、今後は五輪を“当該世代を成長させる大会”と位置づけ、OA枠の活用や移籍可能性のある選手の招集を最初から見送り、U-23世代の底上げに徹するべきではないか。今回のJFAの対応を見ていると、選手の所属先や彼らを取り巻く関係者の意向に翻弄された印象が強く、現場の大岩監督、羽田憲司コーチらは本当に大変だったに違いない。
最初から「OAは呼べないし、欧州組のパリ世代も基本的には招集できない」と分かっていれば、指揮官らはそれ相応の対応を取っただろう。U-23アジアカップも最初から五輪本番に向けて、割り切って国内組で編成したチームで挑んでいたのではなかろうか。
この先、もっともっと若年層の海外移籍は加速していく。だからこそ「五輪でのベストメンバー招集」にこだわらず、五輪世代の底上げ、選手強化に軸足を置いていくことが肝要だろう。もちろん、今大会に挑む選手たちも底力はあるのだから、頂点を目指して戦ってほしい。彼らがグループリーグを突破し、メダルを取るようなことになれば、それこそ評価はうなぎのぼりになる。
藤田や関根大輝(柏レイソル)など、近未来のA代表候補と目される面々は、9月から始まる2026年北中米W杯アジア最終予選で戦力になっていくはずだ。若返りが遅れている森保ジャパンにしてみれば、そういう流れが起きてくれれば理想的で、実際に何人かが戦力になることが重要だ。パリ五輪本番では、その候補者になり得る人材が数多く出てきてほしいものである。
実際、OAを使えなかった2008年北京五輪を振り返ると、大会自体は3戦全敗で酷評されたが、本田圭佑を筆頭に長友佑都(FC東京)、香川真司(C大阪)といった、のちのA代表の主力を数多く輩出。反町康治監督(現清水GM)の選手を見る目が高く評価された。今回のパリ五輪のメンバーもそうなってくれれば、大岩監督が彼らを五輪メンバーに選び、参戦させた意味が出てくる。本当に重要なのは、五輪の後にどんな軌跡を辿るか、なのだ。
だからこそ、この五輪本大会を大事にしてほしい。大岩ジャパンは7月13、14日のJリーグ終了後に現地入り。17日にU-23フランス代表と最後のテストマッチを行って、24日に予定されているU-23パラグアイ代表との初戦に挑むことになる。
日本が入ったグループはパラグアイ、マリ、イスラエルという難敵揃いだが、五輪は短期決戦。下馬評が低くとも、初戦でうまく勢いに乗ってグループを1位で通過できれば、そのまま決勝トーナメントに自信を持って向かえるはずだ。
エースの細谷や藤尾翔太(町田)が点を取りまくり、荒木遼太郎(FC東京)が久保や鈴木唯を上回るタレント性を印象付け、守りが薄いと言われた西尾隆矢(C大阪)らが盤石の守りを見せ、失点を防いでくれたら、日本は快進撃を見せるはず。そういった展開を期待しつつ、彼らの一挙手一投足を見守りたいものである。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)
元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。