オーストリアのオランダ撃破は偶然ではなく必然 EURO快進撃の理由と舞台裏【コラム】
オランダ相手に3-2の勝利を挙げ、グループリーグ首位で決勝トーナメントへ
ベルリンのオリンピアスタジアムでは試合後ずっとオーストリアファンの歌声が響いていた。現地時間6月26日に行われた欧州選手権(EURO)グループD第3戦、オーストリア代表は決戦に挑んだ。
強豪オランダ相手に3-2の勝利を挙げ、同時開催されていたフランス対ポーランドが1-1で終わったため、グループリーグ首位で決勝トーナメント進出を決めたのだ。服が張り裂けんばかりに胸を張り、何度も大きなガッツポーズを繰り返し、近くにいる同胞たちと力強く抱き合うオーストリアファン。
「少し休みたかったというのはあるね。ずっと試合のことで頭がいっぱいだったんだ。本当にたくさんのことを考えた。試合展開のこと、フォーメーション、プレースタイル。たぶん誰も考えもしなかったスタメンでスタートした」
ラルフ・ラングニック監督の言葉通り、この日のスタメンを目にした時に近くに座っていたオーストリア記者は思わず驚きの声をあげていた。
「バウムガルトナーとライマーがベンチスタート???なんでだ?」
直近7試合で6ゴールをあげているバウムガルトナーにバイエルンでプレーし主軸選手のライマーがスタメンを外れることはほとんどない。それがこの大事な試合で起きただけに、識者もファンも首を大きくかしげたことだろう。
でも、そんな心配や不安をよそに、オーストリアは試合開始からパワフルでダイナミックなプレーでオランダを押しこんでいく。両サイドをワイドに使った攻撃で揺さぶりをかけ、特に左サイドバック(SB)アレクサンダー・プラスのタイミングのいいオーバーラップをオランダが抑えることができない。前半6分、オランダのダニー・マーレンによるオウンゴールもプラスの鋭いクロスから生まれたものだ。
試合後ラングニックは「バウムガルトナーは少し膝に違和感。ライマーはすでに1枚イエローカードをもらっていることを考慮して」とその理由を明かしている。オランダに勝つためには90分を通してフルインテンシティでいかなければならないことから、それを実践できる選手をピッチに送った。
ラングニックは選手への信頼を常々口にしているし、その信頼を実践する。ポーランド戦でMFフロリアン・グリリッチのパフォーマンスは相当に低調だった。得意のパスワークを披露できず、守備では不用意なポジショニングで相手に攻撃のスペースを与えてしまう。ハーフタイムにベンチへと下がり、後半からコンラード・ライマーとニコラス・サイヴァルトのダブルボランチとしたことで安定感を取りもどしたのは、グリリッチにとっては悲しい事実。
そんなグリリッチをオランダ戦でもラングニックはスタメンで起用した。後半開始直後に不用意なボールロストでオランダに同点ゴールを許した後も、すぐに反応せずにピッチに残した。大舞台で強豪相手にゲームをコントロールし、リードとしたまま前半を折り返し、さあ後半もというところで失点に絡むミスをしたら、誰だって相当のショックを受ける。でもそこで潰されることなく、チームの勝利に必要なプレーをしてくれるはずという指揮官の信頼に、グリリッチは見事に答えた。
後半14分、オランダ守備陣がずれたのを見逃さずにペナルティエリア左サイドに走りこんでスルーパスを引き出すと、ゴールラインぎりぎりから柔らかなクロスをゴール前に送る。これをロマーノ・シュミートがヘディングシュートでゴールを決めたのだ。
ラングニックは語る。
「ミスのあとでも自分の力を信頼して、勇敢にプレーをして、そして素晴らしいセンタリングでゴールをアシストしてくれた。ポゼッションで大きな力になってくれた」
そんな信頼関係がチームのあちこちにある。チーム内でも互いに声を掛け合い、どんどんまとまりを作り上げていく。決勝トーナメント進出は奇跡でも偶然でもない。確かな実力でたどり着いた舞台なのだ。
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。