ひとり歩きした二文字…黒田監督が放ったメッセージの意味を深掘り 「正義」はコンセプトの象徴【コラム】
横浜FM戦後の会見で話した「正義」の二文字に注目が集まった
言葉が独り歩きした感が否めない。それだけサッカーの世界では異彩を放つ、強すぎるほどの響きを伴っていたからだろう。言葉とはFC町田ゼルビアの黒田剛監督が言及した「正義」の二文字に他ならない。
発端は敵地・日産スタジアムで3-1の逆転勝利をもぎ取ってJ1リーグの首位をキープした、15日の横浜F・マリノスとの第18節後の公式会見。PK戦の末に筑波大学に敗れる、歴史的なジャイアントキリングを食らった天皇杯2回戦から中2日で、ショックからチームを立て直したマネジメントを問われたときだった。
黒田監督は「それはひとつではない」と断りを入れ、苦笑しながらまずこう切り出した。
「天皇杯もそうですし、その前の新潟戦もそうですけど、失点したところに大きな原因があった。町田のコンセプトから逸脱するようなプレーも散見されたので、そこをしっかりと町田流に仕上げていく、というところがまず大枠のところでありました。もちろん、選手も大きく違いますけど……」
ここでマリノス戦とはまったく異なる11人が先発していた、筑波大学との天皇杯2回戦に言及した。
「天皇杯でもいろいろとあったが、町田ゼルビアは決して悪ではない。われわれが正義で、言いたいことを言いながら、またはダメなものはダメと訴えながらしっかりと貫いていく。これがいまの日本のサッカー界に必要なパワーだと思うし、そういった威厳をどんどん発信していくのがわれわれの存在価値にもつながってくる」
持論を展開した指揮官は、さらに町田に所属するすべての選手たちの姿勢にも言及している。
「それはすべての選手たちもわかっている。町田のサッカーをネガティブにとらえている選手もいないし、クレームをつけられるようなサッカーをしていると思う選手もいない。われわれが勝つために思考してきたサッカーを全員が信じて、勝つために絶対に必要だと理解している。このベクトルがしっかり合っている、という状況が失点や敗戦からしっかりと立ち直り、勝利をつかみ取った要因になったと思っている」
ここまでの流れを見てもわかる通り、黒田監督は「筑波大学」にはまったく触れていない。それでも天皇杯で喫した敗退に言及していたなかで「町田は決して悪ではない」や、あるいは「われわれが正義で」と明言すれば、報道を介して指揮官の発言を聞いた側は「じゃあ、誰が悪なのか」と思いをめぐらせてしまう。
天皇杯ではDFチャン・ミンギュと、先制点を決めたMF安井拓也が前半に負傷退場。一夜明けて左鎖骨と右脛骨骨幹部の骨折とそれぞれ診断され、長期の戦線離脱を余儀なくされている。
さらに後半途中から投入されたFWナ・サンホは左足関節靭帯損傷、前距腓靭帯損傷、三角靭帯損傷と複数の怪我を負ってプレーが不可能となる。交代枠を使い切った後に負傷し、120分間プレーせざるをえなかったオーストラリア代表のFWミッチェル・デュークも左大腿二頭筋の肉離れと診断された。
敗退後に臨んだ公式会見。黒田剛監督は「批判されるのを覚悟で言わせてもらいます」と前置きした上で、相手のプレーマナーに対して「勝ち負け以前に、サッカーにおいて怪我人を出すプレーに対して、選手生命を脅かすかどうかという点も含めて、しっかりと指導してほしい」と筑波大学の小井土正亮監督へ苦言を呈した。
さらに相手の選手たちの態度に対しても、黒田監督は「大人に向かって配慮が欠けるようなタメ口や乱暴な言葉であるとか、非常にマナーが悪いというか、指導や教育もできていないような一面も見られた」とも言及した。一連の言葉はSNS上で瞬く間に拡散され、批判が殺到する状況を招いていた。
町田というよりも黒田監督が個人的にバッシングされている状況に、マリノス戦後の「われわれが正義」が追い打ちをかける。必然的に対戦相手が「悪なのか」という流れになり、町田に怪我人が続出した状況を受けて、すでに誹謗中傷を受けていた筑波大学をさらに貶めるのかと、火に油を注ぐ状況を招いてしまった。
こうした状況を考えても、マリノス戦後の「正義――」は言わずもがなだったといっていい。たとえば上記のコメントで「われわれが正義で」を飛ばしても、黒田監督が言わんとした意味は十分に通じる。あるいは「われわれは間違っていない」としていれば、その後に続く部分の訴求力はより増していただろう。
異彩を放つ「正義」の二文字は、町田の生命線に位置づけられる基本的なコンセプト、具体的には球際の攻防におけるインテンシティーの高さや攻守両面のスピーディーな切り替え、ロングスローやロングボール、セットプレーを重用するリスクを排除した現実的な戦い方――などを象徴する言葉ととらえられる。
ロングスロー戦術を変更…U-23日本代表コンビへは機内で時差調整を指示
高校サッカー界の強豪、青森山田から異例の転身を遂げ、長くJ2リーグを戦っていた町田を優勝と初のJ1昇格に導いた昨シーズンから、黒田監督は失点を拒絶するメンタリティーを選手たちに植えつけてきた。さらに、黒星を喫した試合後には「連敗だけは絶対に許されない」という不文律もつくり上げてきた。
プロの世界へ挑む上で掲げた戦い方や方針は、究極の負けず嫌いを自負し、いっさいの妥協も許さない自身の性格が反映されている。さらに黒田監督は、勝利のためなら自身が嫌われ者になるのも厭わない、という姿勢も貫いてきた。ロングスローやロングボールが批判された昨シーズンの途中には、次のように反論している。
「ロングスローに関しては、ルール上でダメというわけでもない以上は、われわれの武器として使っていく。相手にクレームをつけられる理由もないので、そこはぶれずにやっていく。いろいろと言う方はいますけど、それに対していちいち答える必要はないと思っている。よく勝利至上主義と言われていますけど、勝利至上主義と勝利にこだわる姿勢、細部にこだわっていく姿勢は全然違うし、われわれは相手を常にリスペクトしながら戦っている。そこの部分での言葉使いというか、言葉選びのところでちょっと誤解されているようなところがあるのかもしれないが、これからも町田のサッカーでしっかりと勝利を追求していきたい」
実はマリノス戦に限れば、ロングスローを使ったのは後半アディショナルタイムの一度だけだった。
離脱した身長186cmのデュークだけでなく、194cmの高さを誇るエースストライカーのFWオ・セフンも、6月の国際Aマッチデー期間に招集された韓国代表での活動中にコンディションを崩し、マリノス戦の先発はおろかベンチ入りも見送られていた。つまり町田は長身のターゲットマン2人を欠いてマリノス戦を迎えた。
マリノス陣内でスローイングの機会をなかなか得られなかった試合展開もあるが、何よりもロングスローのターゲットがいなかった状況が戦い方を変えさせた。左からパリ五輪代表候補のMF平河悠が個人技で次々と仕掛け、状況に応じて192cmの右サイドバック、望月ヘンリー海輝が相手ゴール前へシフトして高さを補った。
平河はFW藤尾翔太とともに、U-23日本代表のアメリカ遠征から13日の午後に帰国したばかりだった。黒田監督は現地時間11日のU-23アメリカ代表との国際親善試合後に、マネージャーのラインを通じて平河と藤尾に、日本と14時間ある時差を飛行時間が13時間を超える機内で調整してほしいとメッセージを送っていた。
「飛行機のなかでの過ごし方で、時差をしっかりと攻略できるように準備をしてきてほしい」
マリノス戦で2人はそろって先発し、平河は後半アディショナルタイムまでプレー。後半12分に逆転ゴールを決めた藤尾は、後半34分に万雷の拍手を浴びながらベンチへ下がっている。右サイドからのクロスを左足ボレーで叩き込んだ藤尾の一撃のスイッチを入れたのは、敵陣中央で鋭い出足からこぼれ球を拾った平河だった。
勝利へこだわりには、ターゲットマンを欠いた状況で実践する戦い方の構築を含めて、キックオフを迎えるまでに積み重ねる周到な準備も含まれる。その上でチームのコンセプトを貫き通し、今シーズン12勝目を初めての逆転劇でつかみ取った試合後の取材エリアでは、選手たちが同じニュアンスの言葉を発している。
天皇杯後にSNS上で飛び交ったバッシングへの思い聞くと、決まって「僕たちにはなかなか言えない」や、あるいは「僕たちにはどうすることもできない」と返ってきた。批判を招く言葉の数々を介して、ある意味で黒田監督がチームをかばった部分もあったのでは――こう問われたMF下田北斗は次のように答えている。
「みんなでそういった話をして、選手たちも感じるところはたくさんあったと思うけど決してネガティブになりすぎずに、負けは負けだとしっかりと受け止めて、その上で勝って自分たちがやっているサッカーを証明したいと意識して戦いました。いろいろとあったけど、僕たちにできるのは正々堂々と、謙虚に戦うしかない、と」
黒田監督の発言の意図は―チームを鼓舞する姿勢
試合は前半14分に一瞬の隙を突かれ、マリノスのFW宮市亮に先制ゴールを決められた。しかし、望月が敵陣の右タッチライン際で獲得した直接FKから、下田が放ったクロスを平河がすらしたこぼれ球をキャプテンのDF昌子源が押し込んで同点とした。前述した通りに後半12分には勝ち越しゴールが生まれた。
さらに4分後の同16分には、下田が直接FKを叩き込んだダメ押しした。大学生に敗れたショックを引きずらず、戦線離脱を余儀なくされた4人の思いを背負って戦う。キックオフ前に高められた士気が、先に失点しても全員が下を向かず、時間の経過とともにマリノスをのみ込んだ怒涛の試合展開の源泉になった。
「気持ちや魂に加えて、めぐってきたチャンスをしっかり仕留める技術、そして試合の最後まで走りきる体力。心技体のすべてで相手を上回らなければ勝てないなかで、町田らしいサッカーをあらためて確立できたと思う。連敗しない状況が決して偶然ではなく、必然として選手たちもとらえている。どのような試合をすれば勝てて、どのような試合をすれば負ける、というところもしっかり整理をされている。それらがすごく町田ゼルビアのいま現在の立ち位置のところ、または首位に立っているところにすごく大きな影響を与えていると思う」
会心と表現してもいい勝利を、黒田監督もこう振り返った。言葉の端々からは「町田は決して悪ではない」と明言した指揮官があえて「ヒール」に徹し、チームを間接的に鼓舞する意図が垣間見えてくるといっていい。
筑波大学との天皇杯2回戦に続く連敗を回避しただけではない。マリノス戦の前節、今月1日のアルビレックス新潟との第17節で1-3と完敗した町田は、今シーズン4敗目を喫していた。そして、リーグ戦で黒星を喫した次節は、これで今シーズンは4戦全勝。昨シーズンを含めれば8勝3分けと無敗が継続されている。
シーズンの折り返しとなる22日の次節は、ホームの町田GIONスタジアムにアビスパ福岡を迎える。現時点で2位の鹿島アントラーズとの勝ち点差は2ポイント。町田が勝てば初めて臨むJ1戦線での首位ターンが決まる。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。