オーストリアは「J1町田のようなプレースタイル」 フランスの“辛勝”に感じる「欧州の懐の深さ」【コラム】
フランスがオーストリアに1-0勝利、立場も戦い方も違う両者が見せた興味深い攻防
欧州選手権(EURO)が開幕。ドイツはスコットランドに5-1、スペインがクロアチアに3-0で勝利する一方、オランダ、イングランド、ポルトガル、フランスは1点差の辛勝だった。優勝候補と目されるチームも出だしはそれぞれである。
強力なメンバーを揃えているフランスはオーストリアに1-0だった。前半38分の決勝点はキリアン・ムバッペのクロスボールがオウンゴールを誘ったもの。かなりオーストリアに苦しめられた内容だった。
ラルフ・ラングニック監督が指揮を執るオーストリアは守備の圧力が強く、縦に速い攻撃とセカンドボールへの反応の良さを発揮。J1のFC町田ゼルビアのようなプレースタイルである。
しかし、さすがにフランスは個々のフィジカルが強靭で、オーストリアのプレッシャーをモノともせずにカウンターに転じて底力を示していた。ただ、まだ持っている力を出していない印象でもあった。
フランスには突出したスターであるムバッペがいる。カタール・ワールドカップ(W杯)のアルゼンチンがそうだったが、傑出したアタッカーを擁するチームがどう戦うかは興味深い。
ムバッペのポジションはセンターフォワード(CF)だった。ただし、それは守備の時で攻撃では左サイドへ移動していた。ムバッペのCFはパリ・サンジェルマンでお馴染みだが、本人がプレーしたいのは左サイドらしい。得意のドリブルを生かすためにはサイドに張ったほうがプレーしやすいのだろう。
チームで最も守備負担を軽減されていて、1トップとして攻め残る。左サイドを担当するのはマルクス・テュラム。攻撃ではこの2人が入れ替わるわけだ。
守備時は4-5-1になるフランスは、あまり高い位置からのプレッシングは行わない。ある程度引き込んでも構わない、むしろ相手のディフェンスラインが上がって来ることでカウンターアタックの際にムバッペに大きなスペースを残すことができるからだ。実際、緩めのプレスで引き込んだあと、カウンターからムバッペが独走、GKと1対1になるチャンスを作っていた(シュートは枠外)。
ウスマン・デンベレ、アントワーヌ・グリーズマン、ムサ・ディアビ、オリビエ・ジルー、キングスレイ・コマンなど、強力なアタッカーを擁するフランスだが、やはりムバッペは別格なのだ。ムバッペ仕様の戦術がそれを物語っている。
もしオーストリアにムバッペのようなFWがいれば、フランスに勝てたかもしれない。けれども、そういう選手がいないからこそハードワークの総力戦ができているとも言える。
フランスのディディエ・デシャン監督はASモナコを率いていた頃から、ハードワークを重視していた。本来の戦術の指向性からするとラングニック監督に近いのだ。ただ、ムバッペという大エースがいる以上、それを生かし切ることが優先される。
どちらが正しいということはない。ただ、立場も戦い方も違うフランスとオーストリアがかなりの接戦になっていたところに欧州の懐の深さを感じた。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。