最初の反則でレフェリーの判断基準は決まらない 審判委員会の委員長が語った天皇杯・町田戦の“実情”【コラム】

最初の反則で判断基準が決まらない実情とは?(写真はイメージです)【写真:高橋学】
最初の反則で判断基準が決まらない実情とは?(写真はイメージです)【写真:高橋学】

水戸×長崎の判定変更は「正しい判断」も“見え方”が誤解を招いた

「レフェリーブリーフィング」および「プロフェッショナルレフェリーキャンプ」が6月19日、千葉県内で開催された。

 この「レフェリーブリーフィング」とは、Jリーグなどで起きたレフェリングに関する事象について、日本サッカー協会(JFA)審判委員会から解説が行われ、審判およびジャッジに関しての理解を深めるために行われている。毎回1時間程度が予定されているものの、いつも活発な質問が飛び交い、予定は大体大幅にオーバーする。

 今回のテーマとして取り上げられたのは、6月2日に行われたJ2リーグ第18節、水戸ホーリーホック対V・ファーレン長崎での事象だった。

 この試合では試合終了間際に水戸のペナルティエリア内で接触プレーがあり、主審はノーファウルと判定したあと、長崎の下平隆宏監督のところまで行って判定について説明した。だがその後、審判団で協議してPKに変更。今度は水戸の森直樹監督に説明してPKを行った。

 最初に下平監督と会話したあとで判定が変更されたため、あたかも監督の抗議を受けてジャッジが変わったように見えてしまったことや、この後半アディショナルタイム13分のPKが試合の決勝点になったこともあり、この事象はSNSで大きく取り上げられた。

 配信された動画で確認すると「PK」という判定の方が正しく、また、レフェリーは判定を下してプレーが再開されるまでに判定を変えていいということはルール上認められている。そのため、最終的には「正しい判断」が下されたと言えるのだが、下平監督への説明のあとの審判団の協議は配信動画に入っていないため、「見え方」としては非常に誤解を生みやすいものになってしまった。

ジャッジに関する「カイゼン」を検証

 審判委員会の審判マネジャーJリーグ担当統括である佐藤隆治氏から、この審判団の対応はどうするべきだったのかという詳細な説明があった。誤解を生まないようにするためには最初に審判団が協議すれば良かったという順番の問題があったとし、さらにそのほかの要素も詳細に検証された。

 最初に主審が正しい判断を下せる位置がどうあるべきだったか、事象を見ていた副審と第4の審判は、どの時点で「どのような言葉をかけるべきだったか」と「どのような言葉をかけるべきではなかったか」、そしてその後のマネジメントはどうするべきだったかなど、起きたことが細かくスライスされ、俎上に上った。

 報道陣からも、主審がいなければいけなかったポジションは本当にそれでいいのかなどの踏み入った質問がなされ、今後どのように「カイゼン(よりよくしていくこと)」が行われようとしているのかという審判委員会の取り組みに対して理解を深めていた。

 その一連のブリーフィングが終了し、最後に質問を受け付けるところで、6月12日に行われた天皇杯2回戦、FC町田ゼルビア対筑波大学について質問した。

 質問の趣旨としては、あの試合で審判はどうすれば良かったのだろうかというものだったが、同じ試合について話を聞きたかったほかの記者が質問に乗っかり、「最初にレフェリーがもうちょっと厳しくジャッジしていれば、ああいうふうにはならなかなかったんじゃないか」と続けたもので、扇谷健司審判委員長はまずその回答から始めた。

「私は多く語るつもりはありません。町田から質問状が出されるというのは記事に出ていました。ただ我々として、それに対して天皇杯のルール上、何か返すことはありません」

 扇谷委員長は最初にそう断ると話を続けた。

「ただ、やっぱり選手が大怪我をしたっていうのは、個人的にも非常に残念だと思いますし、我々のほうも町田とは当然適切な対応を取っていますので、特にこれ以上お話することはないんです。けれども、じゃあレフェリーのコントロールがあってというのがイコール骨折かどうかっていうのは、これは何か確定的なものはないとご理解いただいていると思います。私としては結果として怪我したのは残念だっていうのは、非常に思っております」

扇谷委員長は「こうすれば良かっただけで終わるのは違う」と見解

 ここで扇谷委員長にも齟齬があったようだが、町田は「質問状」を出したのではない。町田の原靖フットボールダイレクターが語っていたのは、「天皇杯の大会自体がより良くなるようにという意見を求められるので、こういう事象が起きていることを認識してもらうための意見書を出す」ということだった。そのため、審判委員会は当然回答書を出す必要はない。

 それよりも考えていくべきことは、どうすれば選手の怪我を防ぐことができたのかということだろう。もちろん誰かにすべての責を帰すべき問題ではないし、それぞれで考えなければいけないのは間違いない。プレーに明確な悪意がない限り「正義」「悪」と2分されるべきでもないのだ。

 そこで、「途中で両キャプテンを呼んで『基準を厳しくしていく』などと説明をして、判定基準を変えるべきではなかったのか」と、質問を再開した。

 扇谷委員長は「アイデアは、いろんなやり方が正直あると思います。『こうすれば良かったんですよ』ということだけで終わるっていうのはちょっと違う」と、正解を1つに決められないと言う。

 そして、「サッカーの競技規則は、ここからこっちが反則で、ここからこっちはノーファウルとはなっていないですよね。その枠の中でどれを選んでいくかっていうのがレフェリーに非常に求められる。そこがマネージメントだったり、フットボールアンダースタンディングだと思います。で、例えばですが、テンションが上がってきた時に今おっしゃっていただいたようなやり方っていうのはあると思うんです」と続けた。

 さらに、ほかの記者から「昔、都並敏史さんが『最初のコンタクトでカードが出るか出ないかがその試合の基準になる』と語っていたが、そういうことはあるのか」という質問が出た。

 扇谷委員長はにこやかに「1つのノーファウルかファウルだけで、正直基準なんて決められないです。だってファウルには、タックルがあれば、プッシングがあれば、ホールディングがある。それを1つの、じゃあタックルだけでこれはここまでオッケーなのだということは、正直選手もなかなか難しいと思います」と答え、最初の反則でレフェリーの判断基準が決まるという説は否定した。

 このように、さまざまな場で骨折者が出るような試合をどうやって防ぐかという議論が行われている。原ダイレクターが言うように、「(筑波大の選手が)やり返すためにいろいろやっているような感じは見受けられなかった」「(スピードのレベルの差から)筑波の選手が遅れ気味にプレーしていた」というなかでの負傷であったが、それをどうやって防止していくかという考察は今後も続けられなければいけない。そして、何よりも負傷者の1日も早い復帰を願いたい。

(森雅史 / Masafumi Mori)

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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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