サッカー代理人は必要? 鎌田去就でも注目…プレミアを例に見る存在の価値&影響力【現地発コラム】

代理人なしで契約延長をしたデ・ブライネとプレミア移籍間近の鎌田大地【写真:ロイター & Getty Images】
代理人なしで契約延長をしたデ・ブライネとプレミア移籍間近の鎌田大地【写真:ロイター & Getty Images】

クラブと代理人抜きの交渉を成功させた稀有な例

 開いて間もない今夏の移籍市場では、鎌田大地のクリスタル・パレス入りが秒読みと言われている。期待される新日本人プレミアリーガーの誕生は、昨夏に移籍したラツィオでの契約延長交渉決裂の産物だ。

 当人は、「自分は単年契約だけを求めていて、お金は十分もらっていたので何も要求はしなかった。そこが上手く噛み合わなかった。代理人がどうチームに話しているかわからないですけど、僕は単年契約だけを望んでいた」と、6月上旬の日本代表合宿中に決裂の裏側に触れている。巷で、代理人の存在意義が問われても無理のないコメントだ。

 3年ほど前になるが、プレミアリーグには、大物選手が代理人抜きでリーグ史上最高額となる高年俸での新契約に漕ぎ着けた例もある。マンチェスター・シティのケビン・デ・ブライネだ。

 ベルギー代表MFは、クラブ側の第1弾オファーを蹴り、出来高制の報酬ではなく基本給に増額分の多い新年俸と、念願だったUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝に向けた補強継続の確約をフロントに求めた。そして半年後、実父と祖国の弁護士事務所の協力を得ながら、文字通りの“直接交渉”を成功裏に終わらせた。

 では、ほかの選手も右へ倣えが妥当なのかというと、事はそれほど単純ではない。

 仲介人不要の交渉は、確かに金銭面では理想的だったかもしれない。高額になることで知られる代理人報酬の支払いも不要なのだ。リーグがまとめた資料によれば、昨季プレミアで全20クラブが代理人に支払った金額は合計4億900万ポンド(約820億円)に上る。最高額は、チェルシーの7500万ポンド(約150億円)。同じく西ロンドンを本拠地とする、フルハムやブレントフォードの移籍金支出よりも多い金額が、仲介人たちに支払われた計算になる。

 だからといって、どの選手にとっても代理人抜きの交渉が理想的な手段になるわけではない。むしろ、「シティのデ・ブライネ」にとっては有効な手段だったと言えなくもない。

 そもそもデ・ブライネには、その前年にマネーロンダリングなどの容疑で逮捕された長年の代理人と袂を分かっていたという特殊な事情がある。加えて、ピッチ上で最も影響力の大きな主軸である事実は、自他ともに認めるところだったはず。自らの指示に沿って父親らがまとめてくれた分析データにしても、念のための物理的証拠でしかない。クラブ側も、世界最高級の“アシストマシン”とも言うべき当時29歳を手放すつもりなどなく、必要な待遇改善を行う資金力も備えていた。

 これが交渉でゴネれば30歳になる前の売却をクラブに検討されかねない選手だと、その道の“プロ”が味方にいない交渉の席で苦戦を強いられたことだろう。ビジネス色が強まる今日のサッカー界は、選手の大半が子供の頃からサッカー一筋であり続ける一方で、クラブの経営陣には「契約締結」に関する経験と知識が豊富な人材が増える環境でもある。

 特に若い選手などは、契約書特有の文言にめげずしっかりと目を通すだけでも一苦労だろう。そのうえで、自らの権利や責任、不履行があった場合の成り行きを把握しなければならない。前述のデ・ブライネにしても、弁護士2名が法的事項を細部にわたってチェックしてくれている。しかも、英国で言えば料金が1時間500ポンド(約10万円)を超えるクラスの弁護士に違いない。

良き代理人に求められる条件

 選手にとっての良き代理人とは、自らのビジネス以前に選手のキャリアを第一に考え、最善の答えを導き出すべく、手を取り合って合法的にベストを尽くし続けられる人物であるように思える。その「選手キャリア」には、交渉時点だけではなく、先を見越しての「キャリアパス」も含まれる。

 つまり、ともすると選手の市場価値として高ければ良いと思われがちな移籍金額を、あえて抑えるリスク管理も時には必要とされる。交渉相手のクラブからの次なる移籍を考えた場合、売り手が少なくとも元を取ろうとする購入額の高さが、さらなるステップアップを困難とする危険があるためだ。

 契約解除条項の挿入も同様。契約期間中に選手を引き抜かれる可能性を生むのだから、クラブ側には歓迎されない。だが選手にとっては、キャリアのなかで逃せないタイミングでの移籍を実現する可能性を高める条項となる。

腕のいい代理人=キャリアにおける“スーパー”な味方

 このような観点から、代理人の腕前を疑問視された選手の例としてハリー・ケインがいる。イングランドのメディアでは、母国代表の代理人が縁は深くともビッグクラブ相手の交渉経験に乏しい実兄ではなく、名うての人物であれば、タイトル獲得を切望し2021年に求めたトッテナムからシティへの移籍は実現していたとの見方が強い。

「プレーヤー・パワー」という言葉が使われるようになって久しいが、書面上の契約期間などあってないようなものだと思ったら大間違い。所属クラブの経営者が、強気の交渉姿勢で知られるダニエル・レビー会長のようなビジネスマンであり、クラブを出たがっている選手が、当時のケインのように契約期間3年を残す28歳の主砲となれば尚更のことだ。ケインがすがろうとした、会長との紳士協定など入り込む余地はない。

 1億6000万ポンド(約320億円)の値札が障害となったまま、シティ入りが叶わなかった背景には、前代理人時代の2018年6月に結んだトッテナムとの最終契約もある。締結当時は、クラブで壁を破ったと言える週給にして20万ポンド(約4000万円)台の年俸と、6年間の長期契約を「勝ち取った」と見る向きもあった。互いに信頼の厚かった監督のマウリシオ・ポチェッティーノが、5年の新契約を結んだばかりでもあった。

 だが結果的には、解除条項も含まれてはいなかった長期契約が、その翌年に指揮官が任を解かれる運命にあったトッテナムにケインを縛る格好となった。引き換えに得た高年俸にしても、21年にシティに移籍していればチーム7番手でしかなかった規模。続く2シーズン、ケインはトッテナムで計74得点に直接絡みながらも優勝を経験できないまま、シティがCL優勝を含む主要タイトル計4冠を獲得する様子を眺めざるを得なかった。挙げ句の果てには、契約最終年に突入した昨夏、移籍金8640万ポンド(約170億円)で加入したバイエルン・ミュンヘンでも、まさかの無冠で1シーズン目を終えるという残酷さだった。

 イングランドサッカー界を見る限り、有能な代理人を必要としない選手など、提示された条件に文句を言わず、1つのクラブでキャリアを終える覚悟の持ち主にほかならないと思われる。自ら新天地を求めなければならない立場にある選手はもとより、複数クラブから引く手数多の選手も、先行きが不透明な状況下で“仕事”に集中するには移籍の専門家による手助けを必要とする。

 誰しもが、いわゆる「スーパーエージェント」を必要とするわけではない。しかし、良識あるピッチ外のハードワーカーと手を組むことができた選手は、キャリアにおける“スーパー”な味方を得たようなものだ。クラブからは、大事な主力や移籍金収入の一部を持っていく「敵」のように扱われることもある。しかし、クラブから選手のリクルートを委託されることもあるのが代理人の現実。筆者が知る1人も、今春にプレミアのクラブから依頼を受けて、日本にU-17年代のスカウト出張に行っていた。

 もちろん、代理人の起用が義務付けられているわけでない。だが現実的には、トップレベルのサッカー界には欠かせない構成要素の1つだと言ってもよい。「代理人は必要なのか?」と訊かれれば、筆者の答えは「イエス」だ。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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