町田・黒田監督に「言われてしまった」 ハーフタイムに喝…常勝軍団へ甘さを許さない徹底した姿勢【コラム】
ルヴァンカップC大阪戦のハーフタイムでの出来事
唐突に映った選手交代には、戦術的な目的以上の狙いが込められていた。ホームの町田GIONスタジアムにセレッソ大阪を迎えた、6月9日のYBCルヴァンカップのプレーオフラウンド第2戦。FC町田ゼルビアを率いる黒田剛監督が、2-2で迎えた後半開始とともに両チームを通じて最初の交代カードを切った。
ボランチの仙頭啓矢に代えて、同じくボランチの柴戸海を投入した。そのまま引き分け、第1戦との合計スコア5-3でベスト8進出を決めた試合後の公式会見。黒田監督が選手交代に言及した。
「ハーフタイムには語気を強めて、選手たちに前半の反省点を指摘しました。まだまだ勝負に対する甘さやぬるさが見えている選手が多くいたので、そこを修正して、選手を一人代えて後半に臨みました」
同じボランチでもプレーメイカータイプの仙頭に対して、柴戸はプレスの強度の高さとボール奪取力に長けている。首位に立っているリーグ戦では、仙頭の柴戸のコンビが黒田監督のファーストチョイスになっている。同点で迎えたセレッソ戦での柴戸の途中投入は、指揮官がチームへ与えたメッセージでもあった。
敵地・ヨドコウ桜スタジアムで5日に行われた第1戦を3-1で制した町田は、第2戦でも前半開始早々の5分に先制する。右コーナーキック(CK)からデザインされたプレーを披露。ペナルティーエリアの外からフリーで走り込んできたFWナ・サンホが、MF下田北斗が後方へ下げたグラウンダーのボールをワンタッチで蹴り込んだ。
ナ・サンホのマークに動いたセレッソの選手だけでなく、シュートブロックに飛び込もうとする複数の選手も町田の選手がとっさにブロック。まるでバスケットボールを彷彿とさせるスクリーンプレーは、セレッソとの第2戦へ向けて周到に準備してきたものだった。キャプテンのDF昌子源が感謝の思いを込めて言う。
「自分たちでも『あんなに綺麗に決まるのか』と思うくらいのゴールでした。セットプレーに関しては『こういうのをやりたい』と考えてくれるコーチがいるので、選手としてそれを信じて、ゴールを決めて喜びたかった」
前半21分には再び下田の右CKを昌子が押し込む。ニアで競った味方と相手のブラインドとなる形で、ゴール中央に落ちてきたボールを体で押し込んだ。鹿島アントラーズ時代の2018年11月24日のベガルタ仙台とのリーグ戦以来、実に2024日ぶりとなる公式戦でのゴールに昌子も声を弾ませた。
「サンホのようにちょっとトリックしても、僕のようにシンプルにあげてもセットプレーでゴールを取れるチームは、対戦相手からしたら怖いと思いますよ。どこから防げばいいのか、という点で本当に難しいので」
この時点で2戦合計スコアは5-1。大勢は決したかに見えた。しかし、そこに落とし穴が待っていた。勝ったと思い、わずかながら安心したメンタルが、黒田監督が指摘した「勝負に対する甘さやぬるさ」を生み出した。後がなくなり、なりふり構わぬ猛攻を仕掛けてきたセレッソの執念と相まって試合展開が一変した。
前半26分にはFWレオ・セアラの強引な突破を食い止めようと、必死にブロックに飛び込んだ昌子のオウンゴールで1点を献上する。町田が浮き足立った状況で、戦況はさらにセレッソに傾いた。黒田監督が言う。
「いいスタートを切りましたが、その後はわれわれが志向しているゴール前でのシュートブロックやボックス内に進入させないプレーなどができていない場面がありました。前線の選手たちは個の力で3点目を取りにいきたかったのか、判断の悪いプレーによる安易なボールロストからカウンターを食らう場面もけっこう出ていた」
前半36分には右サイドから最終ラインの裏を突いたMF上門知樹に同点ゴールを叩き込まれる。迎えたハーフタイム。指揮官は「語気を強めて」と振り返ったが、実際にはかなり激しい口調だったようだ。
「そこそこの喝を入れられました。同点にされて折り返した時点で、選手としてはわかっていたことですけど」
昌子が神妙に振り返れば、GK福井光輝は黒田監督による「喝」の具体的な内容をこう明かす。
「失点の仕方もよくなかったので『もっと気持ちを引き締めろ』と。さらに『このままでは、ドローのままでは帰ってくるな』とも。そこは(2点差になって)少し落ち着いてしまった僕たちが招いてしまったことなので」
町田のサッカーは「トーナメントに強い」 J1挑戦1年目で目指すタイトル獲得
しかし、後半もセレッソが優位に立つ展開は変わらなかった。シュート数では4対8と圧倒されたが、福井が8分、15分、27分、42分とファインセーブを連発。勝てなかったが、それでも負けなかった。
青森山田高から異例の転身を遂げた黒田監督のもとで、町田はJ2リーグを制した昨シーズンから失点に対してアレルギー反応を示すチームと化している。セレッソ戦も後半に限れば、福井を中心に失点を拒絶するメンタリティーが発揮された。歯を食いしばる選手たちのプレーに、指揮官も采配で応えた。
後半28分にMFバスケス・バイロンに代えてDF池田樹雷人を投入し、それまでの[4-4-2]から最終ラインを3枚にした[3-4-2-1]にスイッチした。状況によっては5バックになる戦い方を、ディフェンスラインを統率した昌子は、このまま引き分けろという黒田監督の新たなメッセージだと受け止めた。
「僕はそうとらえました。横へのスライドがなくなり、(マークが)少しはっきりした分、僕はどちらかというと目の前のレオ・セアラ選手に集中しました。僕的には3バックになって少し楽になったところはあります」
同時にチームを束ねるキャプテンとして、指揮官の喝をさらなる成長への糧にしたいと前を向いた。
「選手のなかでそれ(喝)を『ああ、言われてしまった』となって、自分たちから崩れていくのが一番よくない。後半はちょっと守る時間の方が多かったけど、結果的に追加点を与えなかったのはプラスになる。今日だけで言うと勝っていないので、そこは僕たちも反省しないといけない。これがリーグ戦だったら勝ち点1なので」
殊勲の福井は「次のラウンドへ向けてポジティブに修正できる」とセレッソとのプレーオフを振り返りながら、ハーフタイムのロッカールームで黒田監督からかけられた言葉をあらためて思い出している。
「これからJ1で常勝軍団になるには、こういう試合展開で2失点しているわけにはいかない。リーグ戦でも同じ展開だったら多分飲み込まれている、とも言われました。町田が志向するサッカーはトーナメントに強いと僕は思っているので、ここまで来たらタイトルを狙いたいし、狙える位置にいると受け止めています」
初めて戦うJ1リーグ戦では17試合を終えて鹿島と勝ち点で並び、得失点差で上回って首位に立っている。同じく初挑戦のルヴァンカップでもベスト8進出を果たし、12日には天皇杯初戦で筑波大学の挑戦を受ける。
「(2戦合計で)2点のリードは残り5分くらいの時点でいきてくる。それまではあってないようなものなので、2点のアドバンテージは頭の片隅に置いて勝ちにいくとハーフタイムに厳しく指摘しました。相手も点を取りにきたなかで耐える時間帯も多かったですが、途中から入った選手たちを軸に後半を無失点に抑えることを実践してくれた。次のステージに進めなかで反省材料も多い。今後の天皇杯やリーグ戦で改善していきたい」
こう語る黒田監督は、目の前の戦いで凡事徹底を貫く。甘さやぬるさ、緩さのすべてを排除しながら勝者のメンタリティーをはぐくんだ先に思い描くのは、常勝軍団へ進化を遂げる町田の近未来像。セレッソ戦のハーフタイムに入れた喝は一時的な感情の高ぶりではなく、壮大な目標へ突き進んでいく上でのマイルストーンとなる。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。