EURO母国開催のドイツ代表、なぜCL躍動組落選? 波紋呼んだ選考の舞台裏と指揮官の思惑「家屋は崩れてしまう」【現地発コラム】

母国開催のEUROに挑むドイツ代表【写真:ロイター】
母国開催のEUROに挑むドイツ代表【写真:ロイター】

ドルトムントの主力組が落選、ドイツ代表監督「勇気ある決断をした」と語った訳

 4年に1度のサッカーの祭典、欧州選手権(EURO)開幕まで、あとわずかに迫っている。

 開催国ドイツ代表のメンバー発表ではざわつきがあった。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)準優勝のボルシア・ドルトムントからFWニクラス・フュルクルクとDFニコ・シュロッターベックの2人だけが代表入り。圧倒的な存在感を示したDFマッツ・フンメルス、中盤のコンダクターとして躍動していたMFユリアン・ブラント、爆発的なスピードでカウンターサッカーをけん引したFWカリム・アデイェミらは落選し、残念ながら涙を呑むことになった。

 ユリアン・ナーゲルスマン監督が彼らの能力に疑いを持っているわけではない。だがそれ以上に3月の代表シリーズでの取り組みを重要視している。

「多くの勇気ある決断をした。そして私よりも長く代表チームに関わるスタッフみんなからのフィードバックが何より重要だった。彼らは異口同音に語ってくれたんだ。『今回の代表週間は長い間なかったほど、ベストの時間だった』と。あの10日間がチームの構造を成長させた。今また多くの新しい要素を取り入れようとしたら、その家屋は崩れてしまう」(ナーゲルスマン監督)

 落選の報を聞いたフンメルスは「残念だった」と大きな失望を認めながら、「僕が3月の段階で代表に選ばれていたら、本大会メンバーに選ばれただろう。『代表は3月から噛み合ってきている』という考えは理解できる」と、ナーゲルスマン監督の決断へ理解を示していた。

 CL準決勝、決勝でのパフォーマンスから、フンメルスがドイツでもトップレベルのセンターバック(CB)という評価に疑いの余地はない。本人が「5番目のCBとしても問題ない」と語るように、バックアップメンバーとしての帯同も受け入れる準備はされていた。当然メリットは小さくない。

 だが代表監督と選手との間で問題がなくとも、ビッグネームであればあるほど、世間からの注目はどうしても集まるし、何も煙のないところでまるで大きな確執が生まれているかのような火種をメディアやSNSにくべられる危険性がかなり大きい。特にドイツ代表はカタール・ワールドカップ(W杯)で試合やチームと関係のないところで騒動に巻き込まれ、集中して大会に入れなかったという苦い経験を持つ。可能な限りサッカーだけに集中できるよう気を配ろうとするのは十分理解ができるところだ。

 それにナーゲルスマンが監督に就任したのは昨年10月。十分な期間があれば、様々な取り組みを準備するチャンスもあったが、それもできない。ようやくまとまるためのきっかけを見つけたのだから、それ以上いじらずに精度を高めることへ着手するのはある意味当然のことだ。

ドイツ代表を率いるユリアン・ナーゲルスマン監督【写真:ロイター】
ドイツ代表を率いるユリアン・ナーゲルスマン監督【写真:ロイター】

ナーゲルスマン監督が重要視するポイント「私にとって大事な物は…」

 6月3日に行われたウクライナとのテストマッチは0-0の引き分けに終わった。収穫はゲームをコントロールできたことと無失点で終えたこと。誰が出ても守備組織のバランスは取れていた。またMFフロリアン・ビルツとMFジャマル・ムシアラ(ともにバイエルン・ミュンヘン)の両雄が息の合ったコンビネーションを見せてくれたことは希望を抱かせる。小気味いいパス交換が随所で見られ、互いにトラップするところとドリブルするところの使い分けが巧みだ。そこにムービングターゲットとしてFWカイ・ハフェルツ(アーセナル)が絡む。

 攻撃のオプションの多さは、これまでのドイツ代表と大きく違う点だろう。縦に速い選手の途中投入でプレーが変わるのは興味深い。MFクリス・フューリッヒとDFマキシミリアン・ミッテルシュテットの崩しはハイレベルだし、FWデニス・ウンダフとの関係性は良好。こと崩しに関してはシュツットガルトがやはり素晴らしい。ナーゲルスマン監督はブロックではなくペアを考えると話していた。どのような組み合わせを、どのように重ね合わせ、どのように起用するかに注目が集まる。

 ウクライナ戦で切れ味鋭いプレーでアピールに成功したFWマキシミリアン・バイアー(ホッフェンハイム)は、代表チームでのベテラン選手との関係性についてこう答えていた。

「トレーニングの雰囲気は素晴らしいし、ピッチ外での雰囲気もいい。プレイステーションでサッカーゲームをして遊んだり、いろんな話をしたり。チームの雰囲気は素晴らしいよ」

 ナーゲルスマン監督も「もちろん2-0、3-0で勝てたら良かったが」と前置きしたうえで「多くの部分でいいゲームをすることができた。私にとって大事な物は、チームが試合に勝ちたいという思いを持ってプレーしているという印象を持てるかどうか。絶対に勝ちたいという気持ちを感じることができた」と、チームとして機能している点を重要視していた。

 ウクライナ戦、ニュルンベルクのマックス・モーロック・シュタディオンは4万2789席完売。そして試合前のバックスタンドには大型の横断幕にダイレクトなメッセージが広がっていた。

「その手にハートを掴んで。その足に情熱をこめて」

 18年W杯、22年W杯と連続でグループリーグ敗退。2021年のEUROではグループリーグこそ突破したものの、決勝トーナメント1回戦でイングランドに敗れ、早期に大会から去ることになった。ここ数年、代表に関して相当の低迷期に沈んでいたのは事実であり、だからこそ今回の母国開催に懸ける思いは強い。そのために、何よりファンはチーム一丸となって選手が本気で戦う姿を見たいのだ。成績を口にするのはそれからだ。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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