伊東純也が明かす「黄色のユニが好き」 加入を選ぶ独特のセンス…去就には「多分、ステイ」
日本代表に招集されておらず、例年より長いオフを過ごす
元日本代表DF内田篤人氏が番組MCを務めるスポーツチャンネル「DAZN」の「Atsuto Uchida’s FOOTBALL TIME」にMF伊東純也(スタッド・ランス)がゲスト出演し、自身のキャリアを振り返って独特なチーム選びについて明かした。
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フランスのリーグ・アンでのシーズンが終わり、オフを過ごしている伊東は、日本代表に招集されていないことから、これまでよりも長いオフを過ごせているという。「結構、もう休みましたけど。2週間くらい」と伊東が言うと、内田氏は「2週間休めるなんて、なかったんじゃない?」と反応。伊東は「そうですね。大体、いつも代表活動が終わって2週間くらいで(日本に)帰るくらいだった。ここからまだ休みがあるっていうのは、ちょっと(珍しい)」と、例年とは違う過ごし方になっていると明かした。
内田氏は「疲労が溜まっていくと怪我をしやすくなるので、ここでいったん休んでもらって、また来シーズン頑張ってもらおうじゃないかと思います」と言い、「ステイでいいんですか? チームは?」と、夏の移籍市場の幕開けを前に移籍の可能性を探ると、伊東は歯切れ悪く「うーん、多分、ステイです」と言い「チャンスがあれば」と、ビッグオファーがない限りは残留の方向であることを明かした。
今でこそ、日本を代表するサイドアタッカーとなった伊東だが、初めて世代別日本代表に招集されたのは、U-22日本代表だった。しかし、最終的にはリオ五輪出場は逃している。内田氏に「代表に引っかからなかったのは、すごいですよね。逆に」と言われると、伊東は「引っ掛かりようがなかったです。上まで上がっていなかったので。県の(ベスト)32で負けていたので」と説明した。
これを聞いた内田氏が「どうやって(プロに)なったの?」と聞くと、伊東は「大学のスカウトが、ちょいちょい見に来ていたので。大学で何校か推薦をもらって、(神奈川)大学に行って、大学1年で選抜とかに入って、2年で全日本(大学選抜)に入ったりして、そこからですかね」と答えた。
神奈川大学に進学した理由については、「関東1部だったというのもありますし、あとは家から通えるっていうのも…」と伊東が答えると、内田氏は人気アニメのキャラクターと重ねて「流川やん。考え方」と笑った。すると伊東は「寮がイヤだったんですよ。ほかの大学は寮だったので。寮ってなんか、上下関係厳しそうじゃないですか? 無理なんです」と、説明を加えた。
伊東は神奈川大学からヴァンフォーレ甲府に加入してプロのキャリアをスタートさせた。その後、柏レイソルを経て、海外に移籍したが、プロ入りの際には「甲府と山形」からオファーがあったことを明かした。そして「大学の3個上にサンフレッチェ広島の佐々木翔選手がいて。翔くんも甲府に行っていて、その流れで甲府のスカウトが目を付けてくれて甲府に行った感じです」と、甲府入りの背景にDF佐々木翔の存在があったことを明かした。
「大卒なので、なるべく早くステップアップすることを考えていた」という伊東は、甲府から1年で柏に移籍する。その際にも、「何チームか、(オファーは)ありましたけど。聞いていたのは、マリノスとか、大宮とか」と、横浜F・マリノスや大宮アルディージャからもオファーがあったと振り返った。
内田氏が「これを聞いたサポーターは、悔しいでしょうね。マリノスのサポーターとか『ウチじゃなかったかー』って」と言うと、伊東は柏入りを決めた理由について「でも柏の黄色のユニ(フォーム)が好きで。黄色ってないじゃないですか? 珍しい。なんか黄色に惹かれたんで」と選択の背景を明かした。
これを聞いた元シャルケの内田氏は「じゃあ、ドルトムント行こうよ。次はそしたら」と、自身の古巣にとって最大のライバルである黄色いユニフォームの世界的名門であるドイツ1部ドルトムントへの移籍を薦めていた。
柏からレンタル移籍でベルギー1部ヘンクに移籍した伊東だが、本来は海外志向ではなかったという。しかし、「(日本)代表がみんな海外で、やっぱり『海外で活躍しないと』というのがあったので」と、日本代表に海外組が増えていたことが、欧州へ羽ばたく動機付けになったと説明している。
(FOOTBALL ZONE編集部)