新CLでは「身体が持たない」 出場70試合超えのリスクも…英国人ファンが抱く切実な懸念【現地発コラム】

32チームでの開催が幕を閉じたCL【写真:ロイター】
32チームでの開催が幕を閉じたCL【写真:ロイター】

「収入増」の理由を否定し難いCLフォーマット変更

 2023-24シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)は、レアル・マドリードの優勝で幕を閉じた。前シーズンのラ・リーガ2位は、6月1日にロンドン市内北西部のウェンブリー・スタジアムが舞台となった決勝で、昨季ブンデスリーガ2位のボルシア・ドルトムントを下し(2-0)、大会史上最多を更新する通算15回目の欧州制覇を果たしたのだった。

 同時に、大会史の一部に終止符が打たれもした。サッカーファンの多くが知る「CL」が終了したのだ。来季からは、32年ぶりの大規模な変更となる新フォーマットでの開催。簡単に言えば、出場チーム数が「32」から「36」に増え、グループステージが廃止となる。

 4チームずつの8組で構成されたグループステージは、36チームによるリーグフェーズに取って代わられる。全チームが、対戦カードを決める抽選でUEFA(欧州サッカー連盟)ランキングに応じて4つのポットに振り分けられ、各ポットから2チームずつ、異なる8チームを相手にホームでの4試合とアウェーでの4試合を戦ってリーグ順位を争う。8位までが従来と同じ決勝トーナメント1回戦の16強へと自動的に駒を進め、9位から24位までの16チームが、残る8枠を懸けてホーム&アウェー制のプレーオフを戦うという仕組みだ。

 大会を主催するUEFAによれば、「より大きなやりがいと刺激、そして確かな収益をもたらす」ための新フォーマットということになる。後者に関しては、疑いの余地がない。だからこそ、採択が決まった2年前の時点から「CLという名の欧州スーパーリーグ」と呼ぶ声が巷にある。ビッグクラブ絡みの試合が増え、「持てるクラブ」がさらに私腹を肥やすことのできる大会ということだ。

 UEFAがピッチ寄りの理由をどれだけ表向きに並べても、フォーマット変更の要因が「収入増」にあることは否定し難い。最大の収入源と言えるCLの本選第1フェーズで行われる試合数が、これまでの「96」から2倍近い「180」に増える。となれば、すでに高額のテレビ放映権料がさらにはね上がる事態は容易に想像できる。

 結果として、より高額となる報酬を計算に入れているビッグクラブ勢にとっては、大会で勝ち上がる確率も高まると考えられる。例えば、今季のアーセナル。若手が多いチームには、準々決勝でバイエルン・ミュンヘンに敗れる半年ほど前、グループステージ第2節でRCランスに黒星をつけられた時点で疑問の目が向けられた。最終的には順当に1位通過を果たすのだが、軌道修正に残された時間が4試合ではなく6試合であれば、チームの精神力を不安視する外野の雑音自体がなかっただろう。

 一方、この試合数増がクオリティー増を意味するかどうかは怪しい。ポット1やポット2のランキング上位同士の対戦が必ず実現する新フォーマットでは、ランキング下位同士による対戦カードも避けられない。加えて、トップ8狙いは難しいと踏んだ非ビッグクラブ勢が、まずは即座の敗退を避けるべく、24位以内に目標設定を下げてリーグフェーズに臨まないとも限らない。出場チームの半数がふるいにかけられたグループステージとは違い、来季からの“リーグステージ”は、全180試合で12チームが姿を消すだけと考えた時点でスリル感が薄れる。

避けられない身体への大きな負担

 筆者は、「従来のCL」最後の夜をロンドン市内南部の友人宅で過ごしていた。決勝テレビ観戦の宴を催してくれたクライブは、「完全に少数精鋭のトーナメントだった昔が懐かしい」と言う。1992年以前の大会をリアルタイムで経験しているファンの間では、よく聞かれる意見だ。

 しかし、当初の16チームから2.5倍にまで増えた出場枠が、各国のリーグ優勝チームだけに戻されることなどあり得ない。クラブ側、特に支出を含めて経営規模の大きなビッグクラブ勢が、出場枠減少を受け入れるはずもない。

 欧州最高峰の大会、言い換えれば欧州最大規模の「報酬」に対する主催者と参加者の欲の前では、試合の「質」のほかにも犠牲となるものがある。実際に試合でプレーする選手たちの「身体」だ。

「最悪のフォーマット変更」と評したのは、観戦会に顔を出した1人のマイケルだった。かつてはノンリーグ(セミプロ以下)の審判も務めていた彼は、イングランド人には珍しく、特定の贔屓チームを持たない“サッカーファン”。いつもと同じ中立的な視点から、「プレミアリーグの選手は給料をもらいすぎだと言われるけど、試合の数も多すぎる。疲労蓄積が進んで、大会のクオリティーは下がるんじゃないか?」と言っていた。

 イングランドのトップリーグは、その過密日程でも世界的に知られる。

「ウチの息子なんかは、超一流アスリートとして練習もケアも行き届いているプレミアの選手なら大丈夫だとか言うんだけど、だからといって体力的な限界がなくなるわけじゃない。問題なくこなせるのはせいぜい50、60試合だと前に聞いたことがある。今時の主力クラスにしたら当たり前の試合数だと思うけどね」

 マイケルの言うとおりだ。プレミアでは最終節まで優勝を争い、CLでも揃ってベスト8まで勝ち上がったマンチェスター・シティとアーセナルに目を向けてみると、出場試合数が「50」を超えたフィールド選手は合わせて8名。45試合以上となると計17名を数える。

 ニューカッスル・ファンのクリスは、「CLでも、ますます怪我人の数が勝敗を左右するようになるんだろうな」と言う。グループ最下位に終わった今季の結果は、現チームとしては初体験に等しいCLとの二足の草鞋を履きこなす体力がなかったことが一番の原因だが、「フル戦力だったら」と、いまだに悔しがってもいた。たしかに、敗退が決まった昨年12月のACミラン戦(1-2)、ニューカッスルは相手の5名を上回る9名もの負傷欠場者を抱え、出場に漕ぎつけた3名も先発は叶わない状況だった。

持てる力を全て出し切らない試合が続く恐れ

 にもかかわらず、懲りずにシーズン終了直後にオーストラリアへの“出稼ぎツアー”を敢行していると言ってつつくと、彼は「その点、弁護士も含めて桁違いの戦力が揃っているチームはいいよな!」と言って、矛先をベンに向けた。ベンは、クラブ経営に収益性と持続性を求めるリーグ規則に関する115件もの違反容疑を全面否定しながら、前人未到のプレミア4連覇を達成したシティのサポーターだ。

 その彼が、「(フィル・)フォーデンなんて、30歳まで身体が持たないんじゃないか?」と言うと、残る我々4人も思わず真顔で頷いてしまった。24歳のシティMFは、計53試合出場で27ゴール12アシストと、非常に多忙で多産なクラブでのシーズンを終えたばかり。イングランドが優勝候補として臨む今夏のEURO2024を終える頃には、代表戦を合わせた試合数が昨夏のプレシーズンから起算して「70」の大台に乗っているかもしれない。

 しかも、「来季はシティの試合数自体が『70』以上」と、ベン。彼の計算は、2つの国内カップ選手権、新フォーマットでのCL、そしてFIFA(国際サッカー連盟)が出場32チームに開催規模を拡大した来夏のクラブワールドカップ(W杯)でも、シティが最後まで勝ち上がる展開が前提だ。

 とはいえ、現実味がないわけではなく、その来季中にもさらに計4回の代表ウィークがやって来る。トップクラスの選手にすれば、試合で持てる力をすべて出し切ることではなく、7割前後の力を発揮できる試合を続けることに全力を注ぐしかないのではないか? 誰であっても、1年は365日で、身体は1つしかない。

 テレビ観戦会からの帰宅途中、ロンドン中心部から西に向かう地下鉄の車内では、ヒースロー空港付近のホテルにでも戻る途中なのか、ドルトムントのファンを見かけた。レプリカシャツ姿の5人組は、並んで座ったまま無言の意気消沈ぶりだった。

 まるで、しおれた黄色いチューリップを目にしたような思い。だが、かく言う筆者の胸中にも、やるせない気持ちはあった。今年のCL決勝終了。それは、エンターテイメントビジネスとしての側面が巨大化し続けるサッカー界が向かっているとしか思えない、「質より量」の時代を象徴するようなCL時代の始まりを意味しているのだから。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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