大一番PK失敗もブーイングなし…涙の23歳日本人DFにエール続々 日本代表FW「蹴ったもん勝ち」と語る訳【現地発コラム】
ドイツ昇降格プレーオフ、PK失敗のデュッセルドルフ内野貴史が得た貴重な経験
サッカーは時に残酷だ。
ドイツブンデスリーガ1部16位のボーフムと2部3位のデュッセルドルフが対戦した昇降格プレーオフは、ファーストレグでアウェーのデュッセルドルフが3-0と快勝したが、セカンドレグで今度はボーフムがアウェーで3-0と勝利し、2戦合計3-3に持ち込んだ。
試合は延長戦でも決着がつかずにPK戦へ突入。両者1人ずつが外したなか、先行ボーフムは7人目のマキシミリアン・ビッテクが落ち着いてゴールを決めると、デュッセルドルフはU-23日本代表DF内野貴史が登場。
PKスポットにボールを置いた内野は何度も深く息を吸いながら気持ちを落ち着かせようとする。審判の笛が鳴る。右足から放たれたシュートは、無情にもゴールを大きく超えた。
地面に崩れ落ちる内野。衝撃の逆転勝利で残留を確定させたボーフムがファンブロックに大喜びで駆け寄るなか、デュッセルドルフGKのフロリアン・カステンマイアーが内野の下へ駆けつけ、抱きかかえようとしていた。ベンチ前でPKの様子を見守っていたアペルカンプ真大や広報担当の廣岡太貴氏もすぐに飛び出した。ほかの選手も次々に声をかける。涙が止まらない内野にかける言葉が簡単に見つかるわけではない。それでもすべての責任を内野が背負いこむべきではないことは誰もが分かっている。
両手で顔を覆い、スタッフに力添えをしてもらいながら控室へ戻る内野に、スタジアムのファンからは大きな温かい拍手が送られた。ブーイングは1つもない。負けた悔しさ、昇格できなかった悲しさは、誰の胸にもある。ファーストレグで3-0と勝利しながら、セカンドレグで0-3と敗れたやるせなさは深く心の底まで沈んでいるだろう。
それでもファン、選手、スタッフの誰もが内野がチームのために懸命にプレーしていることを知っている。この日も後半38分から途中出場すると情熱的な激しい競り合いでボールを奪い返し、試合終了間際には惜しいシュートも放った。クラブのために必死に戦った選手をどうしてなじることができようか。
あの場面でPKを蹴ることの過酷さはみんな重々承知なのだ。どれほどのプレッシャーがのしかかるのか。自分の一蹴りに、クラブに携わる人の思いすべてを背負いこむ。5万人強のスタジアムで平常心を保つことは練習では培えない。逃げ出したくなっても不思議ではない。そのなかで内野は立ち向かうことを決意したのだ。自分のために、チームのために、ファンのために、クラブのために。
残留を決めたボーフムの浅野拓磨が試合後、そんな内野に対してこんなふうに話していた。
「PKなんて決めても外しても、蹴ったやつの勝ちだと思う。蹴れたっていう行動だけで。蹴ったもん勝ちですね。周りが何かを言う権利は1つもない。いい経験になると思います。(あの場面でPKを)蹴ったことが成長につながると思う」
試合後デュッセルドルフの公式Xやインスタグラムにファンからの批判的な書き込みはなかった。「全力で戦ってくれた」「元気出して」「君のせいじゃない」という応援メッセージばかりが並ぶ。ボーフムファンからのエールも数多くあった。
勇敢にあの場面に立ったという経験が生きる瞬間は、必ず今後のキャリアのなかで何度もあるはずだ。
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。