ベリンガムら退団も…ドルトムントCL快進撃なぜ起きた? 下馬評覆したドイツ名門の補強哲学【コラム】
主力クラスが流出も…ドルトムントが今季CLファイナルへ
ドイツ1部ボルシア・ドルトムントは2012-13年シーズン以来、11年ぶり3度目のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝の舞台に進んだ。かつて1996-97年シーズンにCL制覇を勝ち獲った名門クラブとはいえ近年、主力を毎年のように引き抜かれタイトルから遠ざかった時期も。それでもなぜ今季は欧州最高峰の舞台で結果を残せたのか? チームの流儀に迫る。
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CL決勝へ進出したドルトムントは、才能豊かな若手選手を集めて、欧州で旋風を巻き起こし、多額の違約金で収益を上げる。それがこのクラブの経営モデルだ。
ここ最近だと、ジェイドン・サンチョ(8500万ユーロ/約145億円)がマンチェスター・ユナイテッド、アーリング・ブラウト・ハーランド(6000万ユーロ/約100億円)とマヌエル・アカンジ(2000万ユーロ/約33億円)がマンチェスター・シティ、そしてジュード・ベリンガム(1億300万ユーロ/約220億円)がレアル・マドリードへといずれも巨額の違約金で移籍している。
それぞれ獲得した時の何倍、ときに何十倍もの違約金で売却し、クラブ経営に大きな黒字をもたらす戦略として高く評価されている一方で、主力選手が次々にステップアップをしていくことで、チーム作りは毎年困難を極めている。
元バイエルン・ミュンヘン代表取締役社長カール・ハインツ・ルンメニゲは「将来的に多額の違約金を手にするために、将来性がありそうな若手選手を手当たり次第に青田買いする傾向がドイツサッカー界にあった。だが選手の移籍はドルトムントにとっても、ブンデスリーガ全体にとっての損失でもある」と警鐘を鳴らしていたことがある。それこそ彼らがあと1、2シーズン残留して優勝を狙ってくれたら、ブンデスリーガにとっても、ドルトムントというクラブにとってもポジティブなのではないかとやきもきしたくなる気持ちも出てくる。
ただドルトムントにしても無策で補強に動いているわけではない。市場に監督の志向するサッカーに噛み合って、獲得可能な選手が出ているのかどうか。補強による個の力でのプラス要素とチームワークを乱すかもしれないマイナス要素とを天秤にかける。セバスティアン・ケールSD(スポーツディレクター)は夏に「現状すでにいい選手層を我々は抱えている」と戦力への信頼を口にしていた。エルディン・テルジッチ監督に昨季ブンデスリーガであと一歩のところで優勝を逃した痛手はまだ残っているものの、チームとしての一体感には手応えを掴んでいた。
ここ数シーズンの補強動向を見てみると、グレゴル・コベル(1500万ユーロ/約25億円)、ドニエル・マーレン(3000万ユーロ/約50億円)、ニコ・シュロッターベック(2000万ユーロ/約33億円)、カリム・アディエミ(3000万ユーロ)、フェリックス・ヌメチャ(3000万ユーロ)と20代前半の若手選手へ大型投資をする一方で、マルセル・シャビツァー(1900万ユーロ/約32億円)、ニクラス・フュルクルク(1700万ユーロ/約28億円)、セバスティアン・アレア(3100万ユーロ/約52億円)、ユリアン・ライアソン(500万ユーロ/約8億円)、ラミ・ベンゼバイニ、ニクラス・ズーレ(ともに移籍金なし)と経験をもたらす中堅・ベテラン選手の獲得にもこれまで以上に積極的に動いている。
ファンによる強力なあと押しも追い風に
なによりクラブへのアイデンティティーをもってチームとしての成熟さを大事にしようとした。ホームに集う8万人以上のファンの声援を力にできる選手であり、チームになるようにと取り組み続けた。
ズーレはコンディション調整のミス、ベンゼバイニは負傷で確かな戦力とはなれなかったし、クラブの象徴でもあったマルコ・ロイスの起用法でほかにやりようがあった点は指摘せざるを得ない。ただ例えば、シャビツァーやフュルクルクは試合を重ねるごとにパフォーマンスレベルを向上させ、CL準々決勝のアトレティコ・マドリード戦、準決勝のパリ・サンジェルマン(パリSG)戦で大活躍を見せたことは、テルジッチやケールによる取り組みの成果でもある。
パリSGとのファーストレグで決勝点を挙げたフュルクルクは試合後のミックスゾーンで、ファンへの感謝を言葉にした。
「こんなビッグゲームをこのスタジアムでできた。試合前からファンの力を感じていたよ。難しい時に僕らの身体を動かしてくれた。スタジアムすべてが黄色で、みんなが大きな声でサポートしてくれて。特別なゲーム、特別な夜になった」
GKコベルはクラブ全体で掴んだ勝利だということを強調していた。
「PSGは信じられないほど素晴らしいチームで、信じられないほどすごいクオリティーを持った選手がいる。コレクティブな守備は絶対条件。カリム(アディエミ)もジェイドン(サンチョ)が何度も戻ってチームを助け、相手と2対1の状況を作り出し続けた。何度か突破を許して、いいチャンスを作られたけど、幸運もあって僕らは守り切ることができた」
今季のリーグでは5位で終わったように、まだそれぞれの大会に応じたチーム作りという点で改善の余地はある。それでも現段階でCL決勝に進出したことは大きな意味がある。ここからこれをベースにどのように構築していくかが問われるだろう。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。