オーナーへの怒り爆発 チェルシー監督人事…前任が1年で契約解除にファン嘆き「誰が来ても同じ」【現地発コラム】
シーズン終了からわずか2日後に行われたポチェッティーノの監督契約解除
初めに断っておくと、この原稿のために行った意見調査は対象者が5人しかいない。筆者が、プライベートでチェルシーの試合を観る時の“レギュラー”4名と、近所に住むチェルシーファン1名。それでも、ソーシャルメディアやポッドキャストで見聞きする限りは、ほかのファンの大半も同様の反応と理解できることから、彼らの意見に基づいて言おう。地元サポーターはマウリシオ・ポチェッティーノの監督契約解除に怒っている、と。
彼らに素直な感想を尋ねてみると、答えは次のとおりだった。
「F**k it. Seriously(うんざりだ。まじかよ)!?」
「I’m furious(ムカつく)」
「Fuming(イラっ)!」
「F**k this(ふざけてる)」
「I detest our owners(オーナーが許せねぇ)」
チェルシーが、「互いに納得のうえ」として契約解除を発表したのは5月21日。前々日には、若いチームが5連勝でシーズンを終えていた。最終的なリーグ順位は、まさかの前シーズン12位から6位に上昇。収入面からも最低ノルマとされていたであろう、欧州への切符(ヨーロッパ・カンファレンスリーグ出場権)も手にしていた。
何よりもファンにすれば、ちょうど2年前にクラブがトッド・ベーリーとクリアレイク・キャピタルを中心とするコンソーシアムの手に渡ってから初めて、急激な若返りプロセスを経たチームが、ようやく集団として然るべき方向に進み始めたと感じられた直後だった。来季には、攻撃的なサッカーでトップ4復帰を狙えるとの希望が芽生えたばかり。そのタイミングで、あろうことかオーナーによって突きつけられた2年間で3度目の正監督交代という現実だった。
彼らは、ポチェッティーノという監督の任期が、わずか1年で終わったことに憤りを覚えているわけではない。「元トッテナム指揮官」という顔を持つ52歳のアルゼンチン人は、人好きのするキャラクターでありながら、ロンドン市内ライバルへの対抗意識が先行するチェルシーのファンに完全には受け入れられずじまいだった。
話を聞いた友人の1人は、小学生の頃にトッテナムとのアウェーゲームから帰る途中に相手サポーターに追いかけられ、チェルシーのマフラーを取られて以来のトッテナム嫌い。ポチェッティーノを、「チェルシーの監督という目では眺められなかった」と言う。
しかし、その彼でさえ「才能ある若手を使いながら育てられる監督」という目では眺めることができていた。「2年契約の間に若手中心の基盤は作れると思った。ジョゼ(・モウリーニョ)が最初にやって来る前に、世代交代を進めた(クラウディオ・)ラニエリみたいな仕事はできると思っていたんだ。実際、荒削りで自己中っぽい若造の集まりを、チームとして機能させ始めていたのに」と、このタイミングでの監督交代が理解し難い理由を説明してくれた。
監督交代を機にギャラガー売却も加速か
西ロンドンの近所に住む1人も、「全く理解できない」と言っていた。
「ほかの上位クラブは笑いが止まらないだろうよ。来季もまた、チェルシーの存在を意識する必要がなくなったんだから。ポチェッティーノは、若い選手たちの心を掴んでいたと思う。だからこそ、最終的にはチームパフォーマンスと呼べる勝ち方ができるようになった。タイトルは1つも獲れなかったが、現実目標だったはずの欧州への出場権を獲得してもいる。それなのに、ここで監督を変える意味が理解できない。“クラウン・オーナー”と“エッグヘッド”の手下みたいなSDのおかげで、来季も過渡期丸出しのシーズンだ。長期プロジェクトが聞いて呆れる。ヤツらは一体、何がしたいんだ?」
オーナーから、チーム作りそのものを任されているとも言えるポール・ウィンスタンリーとローレンス・ステュワートの共同SDに関し、2021年CL優勝チームを解体して組み立て直すだけの経験も実績も足りないとする見方は、広くファンの間にある。彼が使った「クラウン」とは「道化師」を意味する単語。スタンフォード・ブリッジでは、現オーナーがピエロとして描かれた風刺ステッカーが貼られているのを見たことがある。「知ったかぶり」を意味する「エッグヘッド」は、クリアレイクの要人で、舞台裏での発言権はベーリーよりも強いと目されるベダド・エグバリに対する蔑称だ。
話を聞いた観戦仲間の1人も、同様の意見を持っていた。
「これでコナー(・ギャラガー)もいなくなるってことか。売却に反対していたはずの監督が取り除かれたんだから」と、来たる夏の移籍市場での“商売”に諦め口調だった。
“前監督”が、勝つために最も重視した選手が移籍1年目に合計25ゴール15アシストを記録した22歳のコール・パルマーだったとしたら、チーム最多の合計50試合で起用されたコナー・ギャラガーは戦うために最も信頼していた選手だったと言える。そのチェルシー生え抜き24歳は、収支のバランスを求めるプレミア規則違反を避ける手段として、いよいよ今夏の「換金」が濃厚だ。
「あいつらは、オーナーとしての2年間でチェルシーを中位風のクラブにした。ユース上がりの戦力を売ってやり繰りしていくんだ。監督には、そんな環境でも文句を言わない人物を欲しがる」と、彼は嘆いた。
後任候補が複数浮上も「雇う側のスタンスがあり得ない」
後任監督候補には複数名が噂されている。その1人に、イプスウィッチのキーラン・マッケナがいた。3部からプレミアへと2年連続昇格を実現したばかりの38歳は、新契約締結による続投が見込まれるが(本稿執筆時点)、マンチェスター・ユナイテッドとブライトンも新監督として狙っていた。
この状況は、回答者になってくれた別の友人によれば「ブライトンと同じ監督を欲しがる時点で間違っている」ということになる。南岸の町に住んで久しい彼にとって、ブライトンは第2の贔屓。しかし、ことがチェルシーの監督人事となるとそうは言ってなどいられない。ブライトンを去ったばかりのロベルト・デ・ゼルビという線もなきにしもあらずだと振ると、「勘弁してくれ。一昨年に手を出した(グレアム・)ポッターといい、ブライトンの真似をするようなクラブになり下がってもらいたくない!」と訴えた。
残る1人も、ポチェッティーノを「事実上切って」迎える新監督の候補者リストには不満の様子だ。時間の経過とともに最有力視されるエンツォ・マレスカに関しても、「ペップ(・グアルディオラ)の下でコーチをしていたと言っても、監督としてどんな実績がある? トップリーグでのキャリア自体が存在しない。レスターでプレミア昇格? チャンピオンシップ(2部)最強チームを引き受けたのだから当然の成り行きでしかない」と、否定的だった。
そして、「誰が来ても同じことさ」とも言っていた。
「雇う側のスタンスがあり得ない。まだこれからの監督に対して、プレミアでのトップ4復帰を使命として課すくせに、補強にもチーム作りにも口は出させない。結果を出せなければ1年で解任。成果を残して本人が発言権を欲しがったりすれば、これまたすぐにクビだろう」
加えて新監督は、理解あるポチェッティーノを父親のように慕い、今回の交代劇に動揺している若い選手たちを抱えることになる。チームの「12人目」はというと、上述のとおり2年間で4人目の正監督が歓迎される雰囲気はなく、開幕戦で躓くようなことがあれば、いきなり「ダメだ。代えてくれ」という反応が見られても不思議ではない心理状態だ。
2023-24シーズンのチェルシー戦では、ファンによるブーイングを何度も耳にした。だが最終的には、チームもファンもポジティブに閉幕を迎えることができたはずだった。口先ばかりの「長期プロジェクト」が三度振り出しに戻ることになった来季、スタンフォード・ブリッジは再びネガティブの坩堝と化してしまうのだろうか? 回答者になってくれた5人も、そして話を聞いた筆者も「否」とは答えられない。オーナー自らが先頭に立つチェルシーの迷走は続く……。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。