リバプール遠藤航は「立ち位置は危うくならない」 英記者が断言…なぜ新体制でも重要なのか【現地発コラム】
中盤における「盾」強化の必要性を感じさせる2023-24シーズン
リバプールの遠藤航は、ユルゲン・クロップ体制最終シーズンをキーマンの1人として終えた。プレミアリーグでのスタメン定着と、チームの首位浮上が重なったのは昨年12月上旬。以降のリーグ戦24試合のうち18試合に先発し、14試合では75分間以上ピッチに立っていたのだから、不可欠な存在となったと言っていい(アジアカップと怪我により5試合欠場)。
去る5月19日のプレミア最終節でも先発フル出場だった。アレクシス・マック・アリスターとハーベイ・エリオットの両インサイドハーフは終盤に交代しているが、アンカーの遠藤は最後まで必要とされた。
ただし、その2023-24シーズンは、遠藤の移籍1シーズン目でもあった。前半戦は、ヨーロッパリーグと国内カップ選手権のピッチが中心だったことから、事実上、プレミアでの実績は半年間。そこで監督交代後の来季は、チーム内での序列が下がるとする声も巷にはある。後任監督に決まったアルネ・スロットが、古巣フェイエノールトから24歳のマッツ・ウィーファーを連れてくるとの噂もあるなか、ネット上では31歳の現ボランチに「放出対象」との言葉も目にした。
守備的MFの補強が望ましいことは事実だ。結果的には3位でリーグ優勝を逃したリバプールは、シュートの確度が問題視されたダルウィン・ヌニェスを筆頭に、十分にあったチャンスを決め切れなかった印象がある。だが順位表を眺めてみれば、プレミアでの計86得点は、優勝を果たした2019-20シーズンの得点数を1点上回っている。
一方、失点数は4年前よりも8点多い「41」。リーグ戦での無失点試合数は、「15」から「10」に減り、先制を許した試合数は「16」を数えた。最終ラインの中央では、要となるフィルジル・ファン・ダイクが、前シーズンには陰りが見えた圧倒的な強さを取り戻している。21歳のセンターバック(CB)ジャレル・クアンサーの戦力化は、リバプールアカデミーの新たなサクセスストーリーだ。同じくCBのジョー・ゴメスは、左右のサイドバック(SB)としてもチームに貢献。となれば、昨夏に一新された中盤における「盾」の強化を図るのは妥当だろう。
しかしながら、それが即座に遠藤の序列低下を意味するかどうかは疑問だ。スロットが受け継ぐチームは、クロップ就任当時のチームを戦力と期待値の双方で上回る。過渡期にあるはずだった“リバプール2.0”が、4冠の可能性を残して終盤戦を迎えるという、言わば「出来すぎ」のシーズンを送ることができた背景には遠藤がいるのだ。
プレミアの名門クラブ就任初年度という事実
英メディア「The Athletic」のリバプール番、ジェームズ・ピアース記者の言葉を借りれば、「地味な汗かき屋の仕事を進んで全うするエンドー」だ。4月21日、アウェーでのフルハム戦(3-1)でのこと。同点で迎えた後半、遠藤が遠藤らしいパフォーマンスを見せ、リバプールがリバプールらしいチームパフォーマンスで勝利を収めた試合後の一言だった。
この一戦では、英紙「リバプール・エコー」でも、「誰よりも先にタックルを仕掛ける」と同時に、ボールを素早く前につけて「チームを相手ゴールへと突き動かそうとしていた」と、遠藤のプレーが評価されていた。その翌週、再びロンドン市内でのウェストハム戦(2-2)後にも、敵の守備が緩慢だった前半に勝負をつけ損ねたチームにあって「トライしていたね」と、ピアース記者は遠藤に見られた同様の姿勢を認めていた。
チームの機能面で軽視できない遠藤を抱えることになるスロットは、過去8年間の監督キャリアでは経験のない大きさのプレッシャーを背負う立場でもある。エールディビジのフェイエノールトと、プレミアのリバプールは違う。リバプールは、クロップ体制下の8年半で優勝争いの常連として復活し、摩耗した“リバプール1.0”が5位に終わった2022-23シーズンから1年で、チャンピオンズリーグ(CL)復帰を果たしてもいる。ビッグクラブとして結果が要求される就任1年目に、「安定性の源」を取り換えようとするだろうか?
ホームでのクロップ体制最終戦、放出説を唱える外野によれば「遠藤のリバプール最終戦」ともなりかねないウォルバーハンプトン戦(2-0)を前に、ベテランのリバプール番記者にも意見を尋ねてみた。かれこれ20年以上の付き合いになる、英紙「ガーディアン」のアンディ・ハンター記者だ。
「日本向けだからって、オブラートに包む必要はないから」と伝えたうえで返ってきた答えは、「エンドーの立ち位置が危うくなるとは思わない」というもの。「スロットのリバプールにも向いているだろうから」との理由だった。
遠藤の移籍1年目は「期待以上だった」と、アンディは言う。先発レギュラーの座、言い換えれば「マック・アリスターにチャンスメーカーとして力を発揮させるためにこなすべきポジション」を自分のものとした昨年12月の時点で、「リバプールの戦力としての価値」を証明したのだという。26日間で計7試合に先発し、本人が「人生で一番キツいクリスマスだった」と言って苦笑していた、過密スケジュール真っ只中でのハードワークだった。
「すべての試合でエンドーに頼るわけにはいかない」
そのリバプールのサッカーは、新体制下でも大きく変わることはない。それが、後任監督選びのポイントでもあったはずだ。「スロットのチームは、ポゼッション、ビルドアップ、ポジショニング、プレッシング、インテンシティといった言葉がキーワードだと思えるけど、どれもクロップのチームと共通だ」とアンディ記者。そして、「エンドーは、そのスタイルに適応済みだ」と続けた。
基本システムが4-3-3に落ち着いたクロップのリバプールに対し、スロット率いるフェイエノールトは4-2-3-1がメインだった。しかし、「実際にピッチ上で見られる陣形には共通点がある」とするアンディ記者が言わんとするところは、3-2-4-1気味となるビルドアップ時の形状だ。
スロットのフェイエノールトは、2ボランチの一方が上がってトップ下に加わり、代わりに、主に右SBが1列上がって中盤中央に入るパターンがよく見られた。クロップのリバプールでも、右SBのトレント・アレクサンダー=アーノルドが「偽SB」役をこなし、インサイドハーフは攻め上がることから、同様の陣形を取るようになっていた。遠藤には、「中盤中央2枚の形を機能させた経験がある」というわけだ。
ボールロスト後の効き目は、「改めてピッチ上で確認されたばかりだろう?」と言い、直前のリーグ戦2試合を挙げた。リードして迎えた終盤、珍しく遠藤がお役御免となった途端に2失点となった、トッテナム戦(4-2)とアストン・ビラ戦(3-3)。交代時に4-0だった前者はまだしも、3-1だった後者では、アウェーでのトップ4対決で価値ある勝利をフイにすることになってしまった。
チームとしての攻守両面において、大きな存在意義が確認された遠藤のいる中盤中央に新戦力を獲得するのだとしたら、それは遠藤では頼りないからではなく、「すべての試合でエンドーに頼るわけにはいかないからだろう」とアンディ記者は踏んでいる。そして、攻撃寄りと守備寄り、どちらの意識が強いMFが加わったとしても、「2ボランチのスロット体制下で、むしろ彼の存在感は増すような気さえするよ」と締め括ってくれた。
移籍1年目の遠藤は、当初「カップ要員」呼ばわりされても泰然自若の構えを貫き、絶対的なレギュラーとなって世間を見返した。来季には、自身初のCL出場という新たなモチベーションもある。スロット新体制下で迎えるリバプール2年目も、「ベンチ要員」や「売却対象」とする世間の見方を大きく覆してくれることだろう。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。