浅野拓磨所属ボーフム、一発退場の選手にも拍手 残酷現実に涙の少年と慰める父親…監督がファンに感謝の訳【現地発コラム】
王者レバークーゼンと対戦のボーフム、パスラックの一発退場で状況一変
今季公式戦49試合無敗。もはや無敵な雰囲気さえするドイツの新王者レバークーゼンが最後に負けた相手を覚えているだろうか。昨季最終節のボーフム戦であり、その試合で1ゴール1アシストの大活躍を見せたのが、日本代表FW浅野拓磨だった。
前節ウニオン・ベルリン戦では負傷の影響もあり、ハイコ・ブッチャー監督から「残り2試合に100%の力でプレーしてもらうため」と大事を取って休みをもらっていた浅野。レバークーゼン戦に向けて順調に全体練習に合流すると、ブッチャー監督は「また100%の状態だ」と納得するだけの動きを見せていた。
あと勝ち点1を取れば自動残留を確定させられるボーフム。ホームスタジアムでのボーフムは時に想像以上の力を発揮する。バイエルン・ミュンヘン、シュツットガルトもここで打ち砕かれた。だから「たとえレバークーゼンが相手だって」と願うファンの希望は小さいものではなかったはずだ。
ボーフムでは試合前にスタジアムDJが子供のファンにこの日の予想スコアを聞くのが慣例だ。マイクを手に1人の男の子が大きな声で言い切った。
「今日はボーフムが2-1で勝つ! それ以外ないでしょ!」
スタジアムのファンが大きな声援と拍手で答える。炭鉱町の誇りを胸にどんな相手にも果敢に戦う。こうした試合だからこそ燃え上がる。昨シーズン、そうやって残留を手にした。これまでのクラブの歴史でいつもそうだった。
闘争心だけでなんとかなる相手ではない。シャビ・アロンソが鍛え上げているレバークーゼンのサッカーは半端ない。相手が何枚も上なのは分かっている。だからファンは大きな声でサポートする。1つのタックルで歓声を上げ、相手のサイドチェンジがそのままタッチラインを割ると盛り上がった。
試合開始直後から全力での連続プレスでレバークーゼンに襲い掛かる。浅野の調子も良さそうだ。前半7分に早速スペースに走りこむ。少し届かなかったが、悪くはない狙い。ギリギリのところで勝負し、そこで起点を作れれば相手を押し込める。同9分、今度はケビン・シュテーガーのスルーパスから初シュート。同10分にはこぼれ球を相手より早く拾って味方へパス。次の動作で右サイドへ抜け出し、コーナーキックを獲得する。
悪くはない。この調子でいけば……。ボーフムファンはそう願っていたことだろう。選手も手応えを感じていたはず。だが前半15分、レバークーゼン最初のチャンスですべてが決まってしまった。一瞬の動き出しで裏に抜け出したネイサン・テラを、サイドバックのフェリックス・パスラックが思わず手で引き倒し、レッドカードで一発退場となった。
最終節は「引き分け狙いもあり得る?」の質問、選手は即否定「ボーフムの美徳がある」
非常にいい内容だっただけに残酷な現実を突き付けられる。絶望的な思いになったファンもいたことだろう。それでもボーフムファンは退場するパスラックに拍手。我々はともに戦うのだというこれ以上ないメッセージを送り続ける。1人少ないながらも懸命に戦ったが、レバークーゼンの破壊力は相当のものがある。終盤に連続失点を喫し、終わってみれば0-5。レバークーゼンの無敗記録も50にまで延びた。
ブッチャー監督は前半20分に選手交代を決断。ピッチを離れるのは浅野だった。スペースへ抜け出す動きで重要な役割を担っていたが、おそらく体調的にも万全までもう少しのところだったのではないか。イエローカードをもらっていた主力DFベルナルドがハーフタイムに、キャプテンのアントニー・ルジアも後半途中で下がったことから、最終節を見据えての交代だったことが窺える。
スタジアムには父親に抱きかかえられた少年の姿があった。連続失点に泣いている。力強く慰める父親。シーズンはまだ終わっていないのだ、と。試合後にはゴール裏のファンだけではなく、スタジアム中のファンがチームに大きな声援を送っていた。
ブッチャー監督が感慨深げに振り返る。
「ファンのサポートから勇気をもらった。間違いない。ファンもチームが全力で戦う姿を見てくれたのだと思う。レバークーゼンのクオリティーを間近で見ることになった。『こんなふうにサッカーをしたい』というのを見事なまでに体現している。そんなレバークーゼン相手に全力でなんとかしようとしたんだ」
最終節ではアウェーのブレーメン戦に挑む。ミックスゾーンで地元記者に囲まれたセンターバックのケビン・シュロッターベックは「勝ち点1を取れば残留確定なのだから、引き分け狙いもあり得るのか?」という質問に対して即座に首を横に振った。
「引き分けを狙ったりはしない。僕らにはボーフムの美徳がある。果敢に戦うんだ。それは今日の試合の最初の15分を見ても分かると思う。スタジアムがもたらしてくれたもの、僕らがピッチで見せたもの。コーナーキックから大きなチャンスもあった。まだすべてが残っている。自力残留できるチャンスがあるんだ」
ブッチャー監督は記者会見で「明日、全選手と話をする。火曜日は休みだ」と話し、その狙いについて「頭の中をスッキリさせるのが大事。やるべきことについてはみんな分かっている。集中して最後の練習に取り組んで、土曜日に全力で試合に挑む。それだけだ」と言葉に力を込めていた。
昨季第33節のヘルタ戦後に浅野が口にしていたことを思い出す。チームを残留へと導く活躍を期待したい。
「今までも目の前の試合に対して100%でやってきましたし、今までどおりやるだけかなと思います。どの試合も僕からしたら大事な試合。危機感はありますけどやるべきことは変わらない。次の試合までの1週間まずは、しっかり準備してやるだけ」
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。