J2清水に新しい風、反町新GMに期待すべき2つの“変革” 海外人脈生かして有望な10代を【コラム】
清水の新GMに就任した反町氏
日本サッカー協会(JFA)のトップが3月末に田嶋幸三前会長から宮本恒靖新会長へと交代。それと同じタイミングで強化部門のトップが反町康治前技術委員長から影山雅永新技術委員長にバトンタッチされた。
新体制発足直後に大岩剛監督率いるU-23日本代表が2024年パリ五輪出場権を手にするなど、日本サッカー界としては幸先のいい1歩を踏み出した印象だ。1~2月のアジアカップ(カタール)で8強敗退を余儀なくされた森保一監督率いる日本代表も、9月からスタートする2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア最終予選に向け、ギアを上げていく必要があるだろう。
一方で、JFAを離れた反町氏の新天地については関心が高まっていたが、5月1日から清水エスパルスのGM兼サッカー事業本部長に就任。新たな一歩を踏み出したところだ。
「エスパルスはJ1にいるのが望ましいクラブ。そのためには、全体的なクラブ力を上げなければいけない。トップチームはもちろん、アカデミーを含めて基盤を作り、強いエスパルスを作り上げるのが私のミッション」と反町氏は1日の就任会見で強調したという。
ご存知の通り、彼は2001年にアルビレックス新潟で指揮官となってから、湘南ベルマーレ、松本山雅で手腕を振るい、全てのチームをJ1昇格へと導いてきた。その間、故郷のクラブ・清水からは何度もオファーが届いたというが、地元へ戻る気持ちにはならなかった様子だ。
「俺はプロビンチャ(地方の小クラブ)で自分らしくやりたい」と松本山雅時代にも語っていたことがあった。サッカー関係者が数多くいて、しがらみの多い清水に帰って仕事をするという選択は、やはり非常にハードルが高かったのだろう。
それでも、2020年から4年間、JFAで働き、巨大組織の中で強化を担い、さまざまな困難に直面しながら、2022年カタール・ワールドカップ(W杯)での成功体験を得たことで、オリジナル10の名門で働く自信が生まれたのかもしれない。
加えて言うと、エネルギッシュな反町氏も今年3月に60歳を迎えた。還暦ともなれば、「そろそろ故郷に恩返しをしたい」といった感情が湧いてくるのも理解できる。
「今の気持ちはポルトガル語で言うと『サウダージ(郷愁)』」と本人もユーモアを交えながら話したというが、近年、J1とJ2を行き来するエレベータークラブと化している清水を再建しなければいけないという責任感を強めていたに違いない。海外などからのオファーもあったようだが、それを断り、覚悟を持って新天地へ赴いたという。
そんな反町GMが清水をどう変えていくのか。そこは大きな注目点だ。まずは今季J2でトップを走っているトップチームのJ1昇格は最優先課題に他ならない。昨季途中に就任した秋葉忠宏監督率いる彼らは5月6日時点で11勝1分2敗の勝ち点34。この大型連休も、ファジアーノ岡山、栃木SC、ザスパクサツ群馬に3連勝し、首位を固めつつある状態だ。
序盤は35歳のベテラン乾貴士に得点力を依存しつつあったが、ここへきて森保ジャパン招集経験のある北川航也が完全復活。すでに7ゴールを挙げ、2桁得点も射程圏内に捉えている。カルリーニョス・ジュニオ、ルーカス・ブラガら外国人アタッカーも調子を上げており、多彩な攻めを繰り出せるチームになってきた印象だ。
さらに、移籍組の矢島慎也、松崎快、中村亮太朗、住吉ジェラニレショーンらが実力を発揮。17歳の新星・西原源樹も急成長しており、フレッシュな面々が活躍しているのは朗報だ。
「ここから夏に向けて暑くなる分、走力が重要。今年は走りのトレーニングをこなしている分、体力的な部分はかなり有利と思う」とベテラン・吉田豊もコメントしていたが、そういったマネジメントも反町GMは大いに歓迎するはずだ。彼自身も松本山雅で2度のJ1昇格を果たした際には走りの強度を引き上げる厳しいトレーニングを実施。夏場もフル稼働できるコンディションを作り上げていた。そういう意味では、秋葉監督と考え方が一致しているのではないか。指揮官とGMの方向性が噛み合わなければ、強い集団は作れない。今のところは前向きなムードでスタートを切れそうだ。
若手の育成には反町GMの人脈やアイデアを生かすべき
清水には年代別代表経験のある成岡輝瑠や矢田龍之介、千葉寛汰といった有望な若手もいるが、そういった人材を大きく伸ばせていないのが1つの課題でもある。今年、市立船橋高校から加入したルーキー・郡司璃来が先月末からマジョルカBの練習参加に赴いているが、若手を伸ばす工夫をもっと考えた方がいいだろう。
そういう部分は反町GMのネットワークやアイデアが生かされるはず。JFA時代にはたびたび欧州に行っていた分、日本人選手が在籍するクラブの強化部との人脈はあるだろうし、有望な10代選手を育てられる環境を見出せるだろう。
レンタル移籍の有効活用については、もともと反町GMは重要視していた点。所属先から離れて試合出場機会を増やし、大きく成長した板倉滉(ボルシアMG)や前田大然(セルティック)の例も間近で見ているだけに、育成型期限移籍の活性化には真っ先に取り組むのではないか。清水には若く優れたタレントが少なくないのだから、出番を与えることは必要不可欠。そこは反町GMの手腕に期待するしかない。
高円宮杯プレミアリーグに参戦できていないユース年代のテコ入れも重要だろう。今季の清水ユースはプリンスリーグ東海に参戦中で、藤枝東高校、ジュビロ磐田U-18、藤枝明誠高校らと上位争いを繰り広げているが、アカデミーが最高峰リーグに参戦しなければ、優秀な人材が次々と輩出されるようにはならない。JFAの技術委員長として育成年代の現状もつぶさに見てきた反町GMは危機感を募らせているはず。そのあたりも斬新な改革が期待される。
いずれせよ、静岡県出身の日本代表が磐田U-18出身の伊藤洋輝(シュツットガルト)1人という現状は寂しい。かつてのサッカー王国と言われた清水からも日の丸を背負える新たな人材の台頭が強く望まれる。反町GMには多種多様な経験を駆使して、故郷のサッカー界をポジティブな方向へ導く大仕事を見せてもらいたい。それが5日に逝去した清水東高校時代の恩師・勝沢要監督に報いることにもなるはずだ。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)
元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。