アーセナル冨安「点を取りたい」 “守備の人”から一転…今季佳境で数字へのこだわりを明かす訳【現地発コラム】

アーセナルの冨安健洋【写真:Getty Images】
アーセナルの冨安健洋【写真:Getty Images】

ボーンマス戦の冨安に見えた“良い意味で変わっている”部分

「良い意味で変わっていない」と、冨安健洋は言う。5月4日、アーセナルがホームで順当勝ちを収めた、プレミアリーグ第36節ボーンマス戦(3-0)後のこと。マンチェスター・シティと僅差の優勝争いを続けるチームのムードを訊かれた際の返答だ。

 昨季のアーセナルは、最後の10試合中6試合でポイントを落とし、シティに逆転で優勝をさらわれた。冨安自身は、手術を要した膝の怪我で欠場中だった。

 今年は、その辛い「去年の経験を踏まえて落ち着いてやっています」とのこと。集団としても個人としても、「1試合1試合やっていくことでしかないので、そこは変わらずかなっていうふうに思います」と、クライマックスを迎えても、自らにプレッシャーをかけすぎることなく戦い続けている現状に触れた。

 確かにこの日も、アーセナルはアーセナルらしかった。PKではあったが、前半だけで16本目のシュートで先制点を奪うと、後半にはリーグ中位との格差を結果に反映してみせた。左サイドバック(SB)としてフル出場の冨安も、やるべき仕事をきっちりこなしていた。

 だが、そこには“良い意味で変わっている”部分が1つ。その仕事ぶりには、積極的な攻撃参加が含まれているのだ。

 アーセナルの冨安といえば、第一に「守備の人」という印象がある。3年前、移籍早々から戦力視され始めた日本代表DFを、「ロンドン・イブニング・スタンード」紙の記者が、「アーセナル版(セサル・)アスピリクエタ」に例えたことを覚えている。当時、市内ライバルのチェルシーにいたベテランのスペイン代表(現アトレティコ・マドリード)は、控えSBと目されての加入でありながら、左右を問わない固い守りで在籍が10年を超えた“真DF”だった。

 国内メディアによる冨安の寸評には、「堅実」や「安心」といった言葉がよく見られる。今季にしても、3月末にふくらはぎの怪我から復帰した直後は、終盤の守備固めでベンチを出る試合が続いた。しかし、故障明け初の先発となった4月後半のチェルシー戦(5-0)からは、その冨安にチャンスに絡む意欲が目立つ。

今季序盤に語った「偽SB」観

 続くトッテナム戦(3-2)を経て、3試合連続のスタメンとなったボーンマス戦後には、90分間を振り返ってもらっての第一声が「点を取りたいですね」ときている。「ここ2、3試合外しまくっているので。今日も、なんで外したのか分からないぐらいの距離から外している」と、続いた。

 本人が言及したのは、前半20分のコーナーキックの場面。ファーサイドで合わせた冨安のヘディングは、ゴール前の人混みで際どくクリアされた。リプレーがなかったので詳細は定かではないが、助走からほぼノーマークだったことは間違いなく、弾道は頭で折り返したようにも見えたことは事実。とはいえ、リアルタイムでは角度的に簡単なシュートではないようにも見受けられた。

 にもかかわらずの反省は、それだけ得点面での貢献意識が強まっている証拠だ。オープンプレーから、センターフォワードで先発していたカイ・ハフェルツにライン越しの浮き玉を届けたのは、同14分。後半に入っても、10分後には右からのクロスを頭で折り返してアシストを試みる姿が見られた。その前週、ホームでチェルシーを撃破したロンドンダービー後にも冨安は言っていた。

「残りの試合で目に見える結果を残したいっていう気持ちがあったなかで、今日はアシストのチャンスもあった。こういう試合でアシストだったり、ゴールだったりできなかったのはちょっと悔しい部分はありますけど、残りの試合で目標としている数字を達成できればいいなと思っています」

 マイボール時に1列手前に絞って上がり、そこからボールを前へと動かすだけではなく、自らも前線で絡む「偽SB」的な役割は今に始まったものではない。だが昨季の冨安は、その役割を「ジンチェンコ・システム」と呼んでいた。負傷離脱前の時点で、「僕にジンチェンコと(全く)同じことができるわけではないので、もっと守備のところでの貢献だったり、シンプルにプレーするっていうことは求められているというか、ピッチに立った時にチームのために、自分のできることをやることが必要です」と言っていた。

 その「アーセナルの左SB」としてのプレーを、時間の経過とともに自分のものにしてきたということなのだろう。今季序盤戦になると、次のように「偽SB」観を語っている。

「ボールを持っている時はボランチみたいな感じになりますし、結構タスクが多いというか、重要なポジションではある。監督からもはっきり中に入るっていう指示は受けているので、新たなチャレンジですし、ポジティブにやっていければ」

“本職”のオレクサンドル・ジンチェンコにアドバイスを求めたりはしていないとのことだったが、ミケル・アルテタ監督の注文と期待に応えるべく、「見て盗む」姿勢をも持ち、「ビデオを見たり」しながらチャレンジを続ける覚悟を口にしていた。

チーム内競争においてもカギを握る目に見える結果

 そうして、「残りあと2試合、得点なりアシストなり、数字というのは残さないといけない。このチームでやっていたら自然とそういうチャンスは来るので、そこでいかに数字を残せるかっていうところだと思います」という、ボーンマス戦後の発言に至っている。

 この攻撃面に関する意識と責任感の変化は、最終的には得失点差がデッドヒート継続のタイトルレースで明暗を分ける可能性があることを考えれば非常に重要だ。第36節を終えて1ポイント差で首位に立つアーセナルだが、2位のシティは消化試合が1つ少ない。だが同時に、冨安個人がチーム内の熾烈なサバイバルレースで勝者となるうえでも非常に大切な変化だ。

 指揮官をはじめとするチームの信頼は厚く、サポーターの人気も高く、2026年夏までの新契約も締結済みの“トミ”ではあるが、そこは競争社会としてもトップの中のトップと言えるプレミア強豪の世界。移籍以来、先発レギュラーとしての地位を確立しているわけではない25歳にとっては、この先もチャレンジが続く。

 時を同じくして、アーセナルでは今季終了前のユリエン・ティンバー復帰が現実味を帯びてもいる。昨夏にアヤックスから加入したオランダ代表DFは、冨安と同じ最終ラインのマルチ。祖国の名門で育成された足もとの技術と攻撃能力には、22歳の若さにしてすでに定評がある。ティンバーが、前十字靭帯損傷で長期の離脱を余儀なくされた今季開幕節までは、クラブには冨安の獲得商談に耳を傾ける用意があるとも見られていた。

 今夏には、ハイブリッド型左SBの先輩格に当たるジンチェンコの商談に応じる構えが指摘されるアーセナル。チームの最終ラインには、リーグ随一のCB(センターバック)コンビを組むガブリエウとウィリアン・サリバのほかに、冨安自身の離脱中に右SBのポジションをものにしたベン・ホワイトもいる。新たな武器となっているセットプレー時に、相手GKのブロック役としても存在感を増している26歳のCB兼SBは、3月に2028年までの新契約を結んだばかりでもある。

 当の冨安は、傍目にはより攻撃的と映った自らのプレーに関しても、試合後に「僕の中ではそんなに変わっていない」と言っていた。「普通に11人のピースの中でポジションごとの役割があるので、それをできる限りピッチで表現しているだけ」なのだと。だが、その“役割”を体得してきているからこそ、従来の「左右両刀」と「空陸両用」に「攻守兼備」を加えたDFとして、今季のリーグ優勝と今後の定位置獲得に挑む冨安がいる。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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