ダービーで見えたチェルシーの“未来像” 「最高に喜びを覚えた」…指揮官が称えた若手の決意と結束【現地発コラム】

トッテナムとのロンドンダービーを快勝したチェルシー【写真:ロイター】
トッテナムとのロンドンダービーを快勝したチェルシー【写真:ロイター】

ロンドンダービーを2-0で完勝

 5月2日、チェルシーは延期されていたプレミアリーグ第26節トッテナム戦で完封勝利(2-0)を収めた。監督就任1年目のマウリシオ・ポチェッティーノは、古巣への敬意から試合終了の笛を聞いても喜びを露わにはせず。すぐさま相手ベンチ側へと足を進め、現トッテナム監督のアンジェ・ポステコグルーと握手を交わしていた。

 試合後の会見でも、「最高の試合かどうかは分からない」と切り出した。だが、「最高に喜びを覚えた試合ではある」と続けている。90分間を通して、スタンフォード・ブリッジの「12人目」も合わせた本当の“チームパフォーマンス”が見られたのだ。

 チェルシーは、前半24分にトレボ・チャロバーのヘディングで先制しても気を緩めず。ハーフタイムを境に押され気味になっても怯むことなく、後半27分、センターフォワードらしく真っ先にリバウンドに反応したニコラス・ジャクソンが頭で追加点を放り込んだ。ホームの観衆も、終始チームのために声を上げ続けた。

 9位対5位という試合前のリーグ順位とは無関係に、激しいライバル意識が火花を散らすロンドンダービーならでは盛り上がりも手伝ってはいた。2得点は、トッテナムの弱点として指摘されるセットプレーの流れから生まれたものでもある。

 しかしながら、最大の勝因は、アグレッシブで、決意と結束力に満ちた若い力だ。攻めては、素早い展開から5、6人が相手ボックス内に顔を出し、守っては、マークの受け渡しやスペースのカバーを怠らない。プレミアとUEFAチャンピオンズリーグ(CL)で優勝に迫った古巣時代にも通じる、ポチェッティーノのチームらしい戦いぶりだった。

 以前にも評価できる試合はあった。とはいえ、先発イレブン全員に10点満点中7、8点を与えられるほどのチームパフォーマンスは今季初めてだ。

 エバートンに大勝(6-0)した第33節と、マンチェスター・ユナイテッドに逆転勝ち(4-3)した第31節は、いずれもハットトリックを含む“コール・パルマー”の独り舞台だった。マンチェスター・シティと引き分けた第25節(1-1)と第12節(4-4)では、モイセス・カイセド、アクセル・ディサシ、マルク・ククレジャといった守備陣が、辛うじて及第点の出来。第9節アーセナル戦(2-2)は、スタメンの大半が及第点以下で2点差を追い付かれた。

新チェルシーの核と呼べるコール・パルマ―【写真:ロイター】
新チェルシーの核と呼べるコール・パルマ―【写真:ロイター】

故障者多数も現有戦力に見えた安定感と積極性

 トッテナムはトップ4を争っている現実からすれば、14名を数えた故障者リストのほうが当日のメンバー表に似つかわしく見えたかもしれない。最終ラインでは、キャプテンでもある右サイドバック(SB)のリース・ジェームズと代役を務めていたマロ・ギュストのほかにも、チアゴ・シウバ、ベン・チルウェル、ディサシ、中盤ではエンソ・フェルナンデス、前線ではラヒーム・スターリングやクリストファー・エンクンクらが名を連ねていたのだ。

 特に、シウバを欠く4バックは試合前に不安を感じさせた。前月のFAカップ準決勝敗退時の涙が決断済みを思わせた39歳は、トッテナム戦の3日前に今季末の退団を発表。スタンドのファンも、「御守り」のようにも頼られた大ベテランセンターバック(CB)の名を開始早々から歌っていた。

 だがピッチ上では、チャロバーとブノワ・バディアシルのCBコンビが固い守りを見せた。前者は、相手MFパペ・マタル・サールへのシュートブロックでも、1点リードによるハーフタイム突入に貢献。後者は、左SBのククレジャがマイボール時に絞って上がることで生じる左横のスペースカバーもこなしていた。

 ククレジャは、25歳でスタメン最年長だった。前週のアストン・ビラ戦(2-2)からの「偽SB」役で攻め上がりにも精を出し、2点目を呼んだフリーキック(FK)を奪ってもいる。

 右SBのアルフィー・ギルクリストは、CBが本職だ。20歳のアカデミー卒業生にとって、2週間前のアーセナル戦(0-5)は厳しいプレミア初先発となった。だが、この日はソン・フンミンを相手に大健闘。前半17分、ククレジャがインナーラップから折り返したボールを捉えたミドルは大きく枠を外れたが、ホームスタジアムは大いに沸いた。

 前方から、ノニ・マドゥエケが守備を援護してもいた。ドリブルで相手ゴールを目指すだけではなく、後方サポートにも積極性を見せた右ウインガーは、試合後に頬へのキスで指揮官から称えられている。

 逆サイドのミハイロ・ムドリにも、同様の姿勢が窺えた。もちろん、本来の攻撃では自慢の快速を飛ばす姿が見られたが、前半5分には、ジャクソンのシュートがライン上でクリアされた絶好機をスルーパスで演出。同23分には、一気のサイドチェンジでマドゥエケのシュートが惜しくも枠外だったチャンスを作り出してもいる。

「もちろん」と言えば、移籍1年目の21歳にしてキーマンと化しているパルマー。トップ下でのこの日は、本人の高水準からすれば「並」の出来だったかもしれないが、クオリティーの高さは相変わらずだ。トッテナムが攻勢に出た後半も、キープに連係にと巧みなパルマーがボールを持てば、チェルシーは敵を後退させることができた。チーム2点目は、バーを叩いてバウンドしたパルマーによるFKの産物。その14分後にも、直接FKで相手GKにセーブを強いている。

若手育成路線を変えてはならない

 パルマーが、新チェルシーの「核」となるべき存在だとすれば、チームの「魂」に当たる存在がコナー・ギャラガーだ。前述した立ち上がり5分のチャンスも、ポチェッティーノ向きのハードワーカーによる、サールへの果敢なプレッシングがきっかけ。実際に先制した場面では、FKから絶好のクロスをチャロバーに届けている。中盤中央でコンビを組んだカイセドが、アストン・ビラ戦に続いて存在感を発揮できていたのは、再び運動量抜群の相棒に援護され、同時に感化されたからだとも考えられる。

 ファンが寄せる信頼は、キックオフ直前にシェッド・エンド(南側ゴール裏スタンド)に登場した巨大な弾幕を見れば明らかだ。イラストの上部には、「生来のチェルシー」を意味する文字。アメリカ人オーナーに対する間接的なメッセージでもあった。

 ギャラガーには、クラブ経営の収益性と持続性に関する規則の遵守が怪しいとされる状況下で、今夏の「換金」が噂される。外国人投資家オーナーが、自家製戦力を売却益100%の“帳簿上戦力”とみなす可能性はある。自身も早期解任の噂がある指揮官は、「残ってもらいたいか?」と訊かれると、「私が決められることではない」と答えを濁した。

 だが、ファンにとって、そして本来であればクラブにとっても、金では買えない価値を持つはずの選手だ。チェルシー在籍16年で、サポーター一家に生まれた24歳は、テクニックとセンスでは秀逸とは言えなくとも、この日の勝因と言える「決意」と「結束」の体現者としてはトップクラスなのだから。

 ジェームズに代わり、弾幕の絵にも描かれていたキャプテンマークをつけてダービーに臨んでいたギャラガーは、最後まで全力投球だった。終盤に相手左ウイングに入ったブライアン・ヒルの足もとから、必死に伸ばした足でボールを遠ざけたのは後半42分。3分後には、やはり後半にトッテナムのベンチを出ていたロドリゴ・ベンタンクールのシュートに身を投げてコーナーキック(CK)に逃れ、起き上がるや否や最後の集中を周囲に促していた。

 国内タブロイド紙の記者が「幼稚園」と呼んだチェルシーのベンチからは、ギャラガーの後輩2名がプレミアデビューを果たした。後半アディショナルタイム中、シュートブロック2連発で、18歳の誕生日3日前とは思えない落ち着きを見せたジョシュ・アチェンポンがその1人。交代でピッチを降りたギルクリストは、スタンディングオベーションでファンに見送られている。試合終了後のピッチサイドでは、生え抜き正キャプテンのジェームズが、私服姿でチームメイトたちをハグやハイタッチで迎えていた。

 彼ら若手を使って育てながら、チーム作りを進める意欲を持つポチェッティーノに関しては、2か月ほど前に現体制継続を推すコラムを寄稿させてもらったとおり。3ポイント差に近づいたトップ6フィニッシュが叶わなくとも、この意見は変わらない。

「ポチェッティーノのチェルシー」としての可能性が今季最大に示された勝利後、スタジアムには、ダンス調で「ナナナナナ」のサビが印象的な「Freed From Desire」が流れていた。だが筆者の頭の中には、フォーク・カントリー調の「Angel From Montgomery」。今は亡きジョン・プラインの名曲には、「夢が雷で、望みが稲妻なら、この古い家はとうの昔に焼け落ちていた」とある。

 チェルシーは、若い力で雷のように強烈に、稲妻のごとく鮮烈に表現していた。短期視野で即戦力を買い続けながらタイトル獲得を繰り返した、前オーナー時代とは一線を画する成功という夢と願望を。そのチーム未来像を、現オーナーは自らの“迷断”で破壊してはならない。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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