J通算ゴール偉業目前で…元日本代表が吐露「このまま取れないのか」 快挙で浮かぶ36歳の苦悩【コラム】

川崎の小林悠【写真:Getty Images】
川崎の小林悠【写真:Getty Images】

川崎ベテラン小林悠、三浦カズ超えJ1通算140点に到達

 J1リーグ第10節、エディオンピースウイング広島で行われたサンフレッチェ広島戦川崎フロンターレ戦。0-1で迎えたハーフタイム、小林悠はエリソンに代わってセンターフォワードのポジションに入ることを鬼木達監督から告げられている。後半途中からの出場が増えていたが、この日は久しぶりに後半頭からの出場だった。

「練習試合でも練習でもコンディションが良くて、それをオニさん(鬼木監督)が見てくれていた。やっともらえたチャンスでした」

 狙っていたのはゴール。チームを勝たせるためには、それが必要なものだったからである。自分自身に、こう言い聞かせてピッチに向かっていたと明かす。

「一番長くやっている自分がここで奮起しないと、誰がやるんだ。その気持ちで後半は入りました」

 点差はわずか1点。しかし4試合得点が生まれていないチーム状況もあり、逆転までの勝ち筋を描き出そうとしている姿勢が希薄だったように小林の目には映っていた。そんなチームのメンタリティーを到底受け入れるわけにはいかない。後半が始まる際、味方のハートを強く焚き付けた。

「ピッチに入った時に、『また負けてしまうのかな』と思っているような選手が何人か見受けられた。背中を叩いて、ケツを叩いて、『絶対に勝って帰るぞ!』と言いました」

 逆転して勝つためには、チーム全体で気持ちを作っていく必要がある。誰に教えられたわけでもない。だがこのクラブの苦楽をよく知り、かつてキャプテンも務めたストライカーは、当然のようにそうした振る舞いでチームメイトを鼓舞した。

 後半開始直後、小林はその魂をすぐにピッチで見せる。川崎ボールで始まったキックオフの流れで、大南拓磨からの縦パスを瀬川祐輔がハーフスペースで受けて前を向く。家長昭博につなぐと、脇坂泰斗がゴール前にいる小林に向かって差し込むパスを入れた。

 うまくボールを落とすと反応していた瀬川がそのリターンを小林に届け、シュートチャンスとなる。飛び出してきた相手GK大迫敬介に惜しくも防がれてしまったが、わずか開始30秒で生み出した決定機だった。小林はこの攻撃に手応えを感じ取っている。

「相手がいてもヤスト(脇坂)が(パスを)出してくれて、そこに瀬川とつながっていいパスが来た。シュートはGKに当たってしまったけど、入りは良かったし、こうすれば点は取れると思っていた。その後の時間帯は『勝てるぞ!』とみんなに声をかけて、背中を叩いてました」

昨年11月から止まった“139”の数字、何より求めたチームの勝利

 5試合ぶりにゴールネットが揺れたのは、後半10分だった。

 決めたのはやはり小林だ。セットプレーから脇坂がファーサイドに狙ったボールは頭上を越えた。しかし、折り返しが目の前にこぼれてきた瞬間を見逃さなかった。ゴール前で密集した中でも相手よりも早く反応し、鋭く右足を振り抜き、サイドネットに突き刺した。

 チームを蘇生させた一撃。背後に陣取っていた川崎のゴール裏サポーターが大きく揺れる。何より自身にとって、単独7位となるJ1通算140点に達するゴールを刻んだ瞬間だった。

 ストライカーにとって、数字という名の記録は常についてまわるものだ。昨年11月の京都サンガF.C.戦で139得点に達した彼は、日本サッカー界のレジェンドであるキング・カズこと三浦知良と並ぶ歴代7位に位置していた。次のゴールがカズ超えになるのだから、この話題は今年の川崎を取材する上での外せないトピックでもあった。

「去年は結構意識したんですけど、もう年をまたいでしまったので(笑)」

 ある日の練習後、記録について聞かれると、本人はそう笑っている。シーズン序盤から思うように勝てないチーム事情の影響も顧みていたのかもしれない。自分個人のゴールを積み上げる意味よりも、チームを勝たせるゴールを決めるほうがはるかに重要だと強調した。小林らしい言葉だった。

 ただ今年ゴールが奪えていないことの葛藤は、ずっと胸に抱えていた。広島戦後は「リーチのかかった状態から取れなくて、このまま取れないのかなと思ったこともある」と吐露している。おそらく本音だろう。だからこそ、この日のゴールは格別だった。気持ちで呼び寄せた140ゴール目であったと、本人は自負する。

「あそこにこぼれてくるのは、気持ちが強いからだと思ってます。最後までどこかにこぼれてくるという準備があるから、たくさんゴールを決めてきたのだと思っている」

 なぜあそこにこぼれてきたのかは、きっと説明できるものではないのだろう。だからこそ、気持ちで呼び込んだと信じ抜いているのである。

自身の記録達成も、チームはドロー決着で無念の表情

 振り返ってみると、若手時代の小林は典型的なワンタッチゴーラーだった。例えば、2011年5月に記録した自身の記念すべきJリーグ初ゴールは、左サイドからのクロスのこぼれ球がファーサイドにいた自分の目の前に転がってきて、それを流し込んだゴールだ。この140点目と同じような位置から決めているのは、何かの偶然だろうか。

 最後までボールから目を離さず、動き直しの準備と予測を怠らず、しっかりと詰めているからこそ、ボールを呼び寄せられる。時には説明がつかず、偶然のようにボールが転がってくることもあるに違いない。説明できない時は気持ちで呼び寄せたものだと信じて、ゴールに蹴り込むのだろう。そうやって彼は140回、このクラブのユニフォームを纏ってゴールネットを揺らし続けてきたのだ。

 会心の得点後に、足にアクシデントが起きたことで、この日は無念の途中交代となっている。ただ彼がピッチに置いてきた魂は山田新が引き継ぎ、そのファーストプレーで得点。一時期は逆転に成功している。ところが直後に失点を喫してしまい、最終的に2-2のスコアで試合は終わった。

「勝って帰りたかったので、悔しいですね」

 ミックスゾーンに現れた小林の表情に笑顔はなかった。逆転しながらも勝ち切れなかったこと、怪我により自分がピッチを離れなくてはいけなかったこと、ストライカーとしての偉業を達成した試合後に噛み締めていたのは悔しさだった。

 コーチ時代も含め、長く小林を見続けている鬼木監督は、試合後の会見でこう称えている。

「一番ゴールに貪欲な選手ですし、それがああいうところで表れたと思っています。トレーニングでもそうですし、トレーニングマッチでも得点を重ねていて、選手からの信頼もあります。何回も動き出している中で味方の選手に見てくれと要求していますし、自信もあると思います。そういったものがピッチに表れたと思います」

 勝ち点3を掴めず、チームは下位から浮上することはできなかった。それでも、逆境に強いストライカーの心は決して折れない。首位とはまだ勝ち点10差でしかない。何かを諦めるにはまだ早すぎるし、その根底には、ともにクラブの歴史を塗り替えてきた指揮官に対する揺るぎない信頼がある。

「オニさんは今の順位に関係なく優勝を目指しているので、選手たちが信じないでどうすると思った。一番長い自分がオニさんに付いていく背中を見せないといけない。そういう選手が何人ピッチにいるかが、勝つ確率を上げることだと思う。監督だけではなく、選手が強い気持ちを持ってやれれば、チームは上がっていけるし、そういう試合にしたかった」

 その言葉からは、すでに次の試合の勝利とゴールを欲しているようにも見えた。36歳の元日本代表ストライカーにとって、積み上げた140ゴールという数字もきっと通過点でしかないのだろう。140回ゴールネットを揺らしても、クラブのために次の1ゴールを目指す貪欲さは、まだまだ衰えない。

(いしかわごう / Go Ishikawa)

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