天野純が抱えた韓国の古巣との因縁…恩人から「優勝してくれ」 “エモーショナルな一戦”に隠された物語【コラム】

天野純にとって蔚山現代との古巣対戦に【写真:徳原隆元】
天野純にとって蔚山現代との古巣対戦に【写真:徳原隆元】

横浜FMの天野純はかつて韓国の蔚山現代でプレー

 気がついたときには、ガッツポーズを繰り返しながら吠えていた。それも、立て続けに2度も。4番手を務めたPK戦で成功させた直後と、守護神ポープ・ウィリアムにPKストップを託した直後。クールなはずの元日本代表MF天野純が、雨が降りしきる横浜F・マリノスのホーム、横浜国際総合競技場のピッチで感情を解き放った。

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 AFCチャンピオンズリーグ(ACL)準決勝・蔚山現代戦後の取材エリア。いつもとはまったく違う試合だったと、天野は苦笑しながら胸中を明かした。

「今日は相手も相手だし、試合前から何がなんでも勝ちたかったというか、人生で一番勝ちたいくらいの気持ちでした。僕はスタートじゃなかったけど、本当にスタートの選手と同じくらいの気持ちでやっていました」

 クラブ史上初のACL決勝進出をかけた、4月24日の蔚山現代FCとの準決勝セカンドレグ。敵地・蔚山文殊サッカー競技場で17日に行われたファーストレグでマリノスを1-0で破っている、韓国Kリーグ1を連覇中の強豪は天野が2022シーズンに所属したクラブでもあった。

 マリノスから期限付き移籍で加入した蔚山現代で9ゴールをマーク。17シーズンぶり3度目のKリーグ1制覇に貢献するなど、充実した時間を過ごした古巣になぜ是が非でも勝ちたいと思ったのか。天野が続ける。

「古巣だし、いろいろな問題があったチームだし、この間のアウェーでの試合もブーイングがすごかったけど、逆に愛されている証なのかな、とも実感している。そういった相手に対して、個人的にも全北現代でプレーした昨シーズンは一回も勝てなかった。その意味でも、何としても勝ちたい、という気持ちが大きくなった」

 天野が言及した「いろいろな問題」とは、昨シーズンの開幕前に起こった騒動を指している。

期限付き移籍先を蔚山現代から、宿命のライバルでもある全北現代に変えた。これに蔚山現代を率いる韓国サッカー界のレジェンド、ホン・ミョンボ監督が激怒。天野を裏切り者扱いした上で「いままで会った日本人選手のなかで最悪だ」と公然と批判し、天野も蔚山現代から契約延長のオファーはなかったと反論した。

 ホン・ミョンボ監督がいまも指揮を執る古巣と対峙するピッチへ、今シーズンからマリノスへ復帰した天野は延長前半15分から投入された。ハリー・キューウェル監督の指示に、自分なりの考えも加えていた。

「守備のところで穴を開けないところや、チームにエナジーをしっかり注入するところと、あとは個人的には自分がボールを持ったところでチャンスを作れると思っていたので、そこを意識していました」

 迎えた延長後半3分。思い描いていた青写真が具現化しかける。左サイドの高い位置でボールを奪った天野がそのまま中央へ持ち出し、利き足とは逆の右足でパス。走り込んできたMF水沼宏太がトラップから右足を振り抜いた。ゴールの枠をとらえた一撃は、韓国代表のGKチョ・ヒョヌにセーブされた。

 セカンドレグは前半30分までにマリノスが3ゴールをゲット。2戦合計スコアで3-1と逆転し、あいにくの雨が降る平日のナイトゲームにかけつけた、約1万6000人のファン・サポーターを狂喜乱舞させた。

 しかし、1点を返された3分後の前半39分にまさかの事態が起こる。カウンターから抜け出したFWオム・ウォンサンがマリノスの最終ラインの背後に抜け出し、ペナルティーエリア内の右で中央へ切り返す。ウォンサンを必死に追走し、最後はスライディングを仕掛けたDF上島拓巳の右腕にボールが当たったからだ。

 イランのアリレザ・ファガニ主審は、上島のハンドによるPKを宣告。さらにDOGSO(決定的な得点機会の阻止)で上島に問答無用のレッドカードを提示した。元スウェーデン代表のMFダリヤン・ボヤニッチがポープの逆を突くPKをゴール右へ決めて、あっという間に2戦合計スコアを3-3のイーブンに戻した。

延長前半15分からピッチに立った天野純【写真:徳原隆元】
延長前半15分からピッチに立った天野純【写真:徳原隆元】

PKで白熱…元同僚・韓国代表GKとの駆け引き

 その後は必然的に数的優位に立つ蔚山現代が主導権を握り続けた。アジアサッカー連盟(AFC)の公式スタッツによれば、延長戦を含めた120分間で蔚山が放ったシュート数は実に40本に到達。そのうちペナルティーエリア内で放たれたものが26本を、ゴールの枠内に飛んだものが15本をそれぞれ数えた。

「立ち上がりから素晴らしいゲームをして、失点とともにちょっとペースダウンして、退場もあってすごく難しいゲームになったけど、本当にやれることをすべてやり切って、いつ失点してもおかしくなかった展開でポープのファインセーブに救われて、シュートがクロスバーやポストに当たったのにも救われて」

 120分間のほとんどをピッチの外から、声をからしながら見守り続けた天野はさらに言葉を紡いだ。

「本当にこれだけのサポーターが来てくれたので雰囲気がすごかったし、一体感があったし、何としても彼らに笑顔で家へ帰ってほしかった。マリノスに関わる、すべての人で勝ち取った勝利だと思います」

 決着はPK戦に委ねられた。大島秀夫アシスタントコーチがキッカーを発表する。FWアンデルソン・ロペスから水沼、ゲームキャプテンのDF松原健に続いて指名された天野は、直後にポープに耳打ちした。

「マーティン・アダムがPKを蹴ってくる方向が、だいたいわかっていたので。ポープから見て右に絶対来るよと言ったんですけど、ポープも足がつっていたからそこまでパワーが出なくて」

 先蹴りの蔚山現代の1番手で、左利きのハンガリー代表FWマーティン・アダムが得意とするコースを、元チームメイトとして熟知していた。しかし、スピードがある弾道にポープもわずかに及ばなかった。両チームともに全員がPKを成功させる、緊張と興奮が交錯する展開のまま天野に順番が巡ってきた。

「僕自身は足の状態もフレッシュだったし、前日のPK練習でしっかり決めていたので自信もあった」

 ゴール裏のスタンドから「アマジュン、アマジュン」コールが沸き上がるなかで、ハーフウェイラインからゴールに近づいていった天野の脳裏に蘇った蔚山現代時代の日々が、ネガティブな感情を生み出していた。

「ヒョヌがPKをストップする能力の高さも知っているし、実際に蔚山現代のときのPK練習でもけっこう止められていた。実際に当たってみるとちょっと嫌だったというか、びびってしまったというか、本当にペナルティーマークからゴールまでの距離がマジで遠く感じられて『これ、やばいな』と思って」

天野純が韓国時代の恩人と話したイ・チョンヨン【写真:2024 Asian Football Confederation (AFC)】
天野純が韓国時代の恩人と話したイ・チョンヨン【写真:2024 Asian Football Confederation (AFC)】

韓国時代の“恩人”とかわした会話「優勝してくれ」

 先のアジアカップでもPK戦で2発を阻止しているヒョヌが12ヤード(約10.97m)先で、主審から注意されるほど盛んに動いて天野にプレッシャーをかけてくる。それでも、サポーターと喜びを共有したい思いがすべてを上回った。ヒョヌの逆を突いた強烈な一撃を、ゴール右に突き刺した天野は冒頭で記したように吠えた。

 そして、天野の檄を受けたポープが蔚山現代の5人目で、J1のサガン鳥栖でも活躍したMFキム・ミヌの一撃を左へ飛んで完璧にセーブする。マリノスの5人目、DFエドゥアルドがゴール左へPKを決めて死闘に決着をつけた。今回から秋春制で行われているACLへ、天野は万感の思いを募らせていた。

「昨シーズンからプレーしている選手たちがここまで繋いでくれたと思うし、逆に僕は昨シーズンここにいなかった。そういった移籍して去った選手たちの思い、というのをしっかりと受け継ぎながら、責任を持ってやらなきゃいけないと思うし、何て言うんですかね……本当にエモーショナルな試合でした」

 試合後には「蔚山現代で活躍できたのは本当に彼のおかげ」と、いまもリスペクトの念を抱いている35歳のベテラン、韓国代表のMFイ・チョンヨンから「優勝してくれ」とエールを送られた。

「アウェーの試合後にも話しているし、彼とは本当にいい友好関係を築けている。一筋縄じゃいかないのがこの大会だとあらためて実感したし、今日のように前後半で真逆のチームになってしまったのも、この大会がそうさせている部分もある。決勝はさらに難しくなるので気をつけなきゃいけないし、ホームでのファーストレグでどれだけ相手に恐怖心を与えられるか、というのが本当に大事だと思うので、チーム一丸になって頑張りたい」

 思いの丈を打ち明けた天野は、再びクールな一面を取り戻していた。その視線はゴールデンウィーク明けの5月11日に、ホームの横浜国際総合競技場に西地区を制したUAE(アラブ首長国連邦)のアル・アインを迎える決勝ファーストレグを見すえている。

(藤江直人 / Fujie Naoto)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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