新ルヴァンがもたらした2つの効果 ホテルは満室…期待できる「リアルエンタメ」での地域活性化【コラム】
下位カテゴリがJ1と対戦する意義
92年から30年以上の歴史を持つJリーグカップ。だが、これまではグループリーグがシーズン開幕直後に集中し、J1との掛け持ちに苦しむチームが続出。決勝トーナメント以降は国際Aマッチデーに日程が組まれることもあって、ベストメンバーを組めず、関心度も上がらなかった。結局、盛り上がるのは決勝だけという悪循環が長く続いていた。
そこで、2024年から大会方式をリニューアル。今季からJ1・J2・J3の全60クラブが参戦し、1回戦からトーナメントを勝ち進んでいく形に変更された。その結果、試合数が減り、リーグ戦出場機会の少ない若手の実戦経験という意味合いはやや薄れたが、最初からJ1対J3、J1対J2といった異なるカテゴリ同士の直接対決が実現。本気度の高い下部チームがメンバーを落としてくる上位の相手を倒す“下剋上”が続出しているのだ。
直近4月24日の1stステージ・2回戦を見ても、ガンバ大阪がFC琉球に1-2で敗れたのを皮切りに、湘南ベルマーレ、京都サンガが下位カテゴリの相手に苦杯。早くも姿を消している。
そういった傾向を直視し、「カップ戦というのはそう簡単に勝てるわけではない」と警戒心を募らせていたのが、浦和レッズのペア・マティアス・ヘグモ監督だ。指揮官は24日のアウェー・ガイナーレ鳥取戦に挑むに当たって、牲川歩見、武田英寿を除くリーグ戦の主力9人をスタメンに抜擢。本気で勝ちをもぎ取りに行ったのである。
浦和の出方を前向きに受け止めたのが、鳥取側だ。同クラブには長谷川アーリアジャスールらJ1経験豊富なベテランがいるものの、大半の選手はトップ経験のない面々だ。彼らにしてみれば、2023年に日本代表入りした伊藤敦樹や2018~19年にかけて代表エースナンバー10を背負った中島翔哉と同じピッチで戦えるのは千載一遇のチャンス。「自分たちがどこまでやれるのか確かめたい」という意欲は並々ならぬものがあったはずだ。
ご存知の通り、この日の浦和は武田、チアゴ・サンタナのゴールで早々と2点を先行。J1トップクラブの余裕を漂わせていた。が、そこで鳥取はギアを上げる。前半35分にはペナルティエリア内でこぼれ球を拾った右サイドバック(SB)田中恵太が1点を返すことに成功。前半のシュート数も4対4と同数に追い上げた状態でハーフタイムを迎えた。
そこで一気に畳みかけられれば同点もあり得たが、やはり浦和は試合巧者。後半7分に武田の右CKから伊藤が3点目を奪うと、この3分後には中島が個人能力の高さを見せつけ、4点目をゲット。ほぼ勝負を決める形になった。
それでも鳥取は粘り、途中出場の松木駿之介が右クロスに飛び込んで豪快なヘッド弾をお見舞い。一矢報いることに成功する。このシーンに象徴される通り、一瞬一瞬では互角、もしくはそれ以上に渡り合える時間帯もあるのだが、いい時が長く続かないのがJ1とJ3の総合力の差なのだろう。最終的には中島にダメ押しとなる5点目を奪われ、万事休す。松木は圧倒的な個人能力の高さを突きつけられたという。
「僕は中島選手と同じポジションなので、どういうプレーをするのか気になりました。リスペクトしすぎないようにしていましたけど、最後のカウンターの場面なんか、メチャクチャ脱力しているし、力みもなく簡単に決めちゃうじゃないですか。僕もああいうショートカウンターが1本あったんですけど、力んでしまって、余裕がなくなり、外してしまった。中島選手は相手を見ながら遊んでいるし、相手を思うように動かしている。そういうレベル差を同じピッチで感じられたのは、すごく大きかったと思います」
神妙な面持ちでこう語る松木。彼は青森山田高校から慶応義塾大学を経て、ファジアーノ岡山、鈴鹿ポイントゲッターズ、ヴェルスパ大分などJFLを渡り歩いてきたたたき上げのプレーヤー。こういう経歴の選手が代表クラスと真剣勝負できるのは、本当に意味のあることなのだ。
「ルヴァンに初めてクラブとして出場しましたけど、すごくいい経験だった。浦和とウチの選手は大きな差はないですけど、やっぱり勝負どころ、大事なところで決定的なプレーができる差は感じた。特に浦和は個の質の高さが際立っていた。そこに追いつくために日々、努力するしかないと思います」と今季から指揮を執る林健太郎監督もしみじみ語っていた。彼らにとって今回の浦和戦は1つの指標、あるいは基準になったはず。今回のルヴァンの方式変更がもたらしたものは少なくないだろう。
鳥取はクラブ史上4番目の入場者数
加えて言うと、興行的な効果も大きかった。この日のAxisバードスタジアムに集結した観客は7677人。これはクラブ史上4番目の記録だという。
このうち浦和サポーターは約1500人。浦和OBの岡野雅行GMは「試合はもちろんのこと、レッズサポーターが遠い鳥取に乗り込んで、熱気あふれる応援をする様子や雰囲気を鳥取の人たちが見ることだけでも意味がある。本当に久しぶりにリアルエンタメを見た」と興奮気味に語っていたが、サッカー文化があまり根付いていない地域に日本一の熱が伝わるならば、下部チームのホーム開催という開場設定も有意義なものになる。
もちろん観客が入れば、クラブの収入も増える。最近の鳥取は2000人台の試合が多いが、3月24日のカマタマーレ讃岐戦は934人と大台を割り込んでしまっている。これはクラブにとっては死活問題に他ならない。集客力あるカードが増えれば、経営的なメリットも大きくなるのだ。
同日の鳥取は市街地のホテルが満員に近い状況で、東京~鳥取便の往復便も混雑していた。多くの人が訪れれば、地元に経済効果ももたらされる。過疎地の鳥取にとっては、こういったビッグカードは地域活性化にも直結する。わずか1試合ではあったが、ガイナーレ鳥取含め、町全体がルヴァン方式変更の恩恵を受けたと言っていいかもしれない。
浦和の5月22日の3回戦はVファーレン長崎戦。次回も1000人規模の熱狂的サポーターが長崎を訪れるのではないか。そうなると今度は長崎の町を赤黒のシャツを着た面々が占拠することになるかもしれない。そういうサッカー熱が全国各地で感じられる状況になれば理想的。今後の下剋上を含め、ルヴァンの動向を注視していきたいものである。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)
元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。