J3→J2→29歳186日でJ1デビュー…苦労人の“遅咲き”DFが培った不屈の精神とは?【コラム】

東京Vの千田海人【写真:Getty Images】
東京Vの千田海人【写真:Getty Images】

東京Vの29歳DF千田は川崎戦でJ1デビューを飾った

 無意識のうちに体を前へ、頭から投げ出した。プロになって8年目。30歳になるシーズンで初めてつかんだJ1リーグでのデビュー戦。東京ヴェルディのDF千田海人の最初のプレーはヘディングだった。

 川崎フロンターレのホーム、Uvanceとどろきスタジアムに乗り込んだ4月20日のJ1リーグ第9節。前半開始30秒すぎに川崎のDF瀬川祐輔が右タッチライン際から低く、速いパスを供給した直後だった。

 戻りながら対応していた千田が急停止し、次の瞬間、パスの標的となったFW山田新と体を接触させながら体を前へダイブさせた。頭部を怪我するかもしれない、といった恐怖心は微塵もない。山田よりわずかに前へ出て、頭でボールを弾き返した千田はすぐに立ち上がって次の攻防に備えていた。

 東京Vの公式サイトの選手紹介欄に「Q&A」が設けられている。千田の場合は「選手としてのプレーの特徴、ストロングポイントは」と問われて「対人の強さ、ヘディング」と答えている。プロの世界で生き残るために、磨き上げてきた武器のひとつを迷わずに炸裂させた千田は試合後にこう語った。

「いい準備をしてきた自信はあったので、それをしっかりと出せれば、と思っていた。守備に対してはずっと自信を持ってやってきたので、自分ができるのはわかっていたというか……でも、まだまだ完璧じゃないので、そこを完璧に持っていけるように、日々また練習して高めていきたい」

 もうひとつの武器、対人の強さが発揮されたのは同18分だった。左サイドを突破したFWマルシーニョが、グラウンダーのクロスをゴール正面へ送る。反応したのは身長180cm体重83kgと屈強なフィジカルを誇るFWエリソン。地上戦が不可避な状況になっても、千田は怯まずに左足でボールを弾き返した。

 しかし、無防備となった瞬間にエリソンと激しく接触する。苦悶の表情を浮かべる千田を、敵地へ駆けつけた東京Vのファン・サポーターが「チダコール」で鼓舞する。エリソンとは前半終了間際にも、右タッチライン際で激しいバトルを展開。このときも千田がブラジル人ストライカーの突破を食い止めた。

 直後に笠原寛貴主審が千田のファウルを宣告し、城福浩監督が「違うだろう」とばかりに両手を広げて抗議したきわどい攻防。直後に川崎が放った直接FKも、制空権を握った千田が頭で弾き返した。

 目立つのは短い髪を金色に染めた風貌だけではない。186cm82kgの筋骨隆々としたボディを介して、最終ラインで群を抜く存在感を放った千田は、エリソンとの肉弾戦を覚悟とともに振り返っている。

「いい選手だと思いますけど、自分のストロングのところで負けるようなら僕がいる意味がないというか、J1ではやっていけないと思っていたので。そこは自信を持って、厳しくやっていこうと意識していました」

 ベガルタ仙台の本拠地、ユアテックスタジアム仙台の近くで生まれ育った千田は、いつしか憧憬の思いを抱いた仙台のジュニアユースのセレクションを受けるも不合格。3年後にリベンジを果たし、ユースの一員になるもトップチームへの昇格は果たせない。進学した神奈川大でもまったく試合に絡めなかった。

 下手クソを自認する千田に転機が訪れたのは大学3年生のとき。前年に就任し、後に山梨学院高を高校日本一に導く長谷川大監督から「自分の武器を、どんどん尖らせていった方がいい」と助言を受けた。短所を補うよりも長所の対人とヘディングの強さでとことん勝負する。その後に歩んでいく人生が定まった。

 卒業前に届いた正式なオファーは、当時J3のブラウブリッツ秋田のひとつだけ。自分の武器に「ヘディング、対人、ロングフィード」と記した千田は、秋田の公式サイト上でこんな思いを綴っている。

「沢山の方々に支えられ、子供の頃からの夢であるプロサッカー選手になることができました」(原文ママ)

 2年目の2018シーズンから最終ラインに君臨。2020シーズンのJ3リーグ優勝に貢献し、J2リーグでも強さを発揮し続けた。迎えた2022シーズンのオフ。東京Vからオファーを受けた千田は移籍を即決した。

巡ってきたチャンス…無駄にしなかった千田の覚悟

「自分自身を変えたいと思って、このヴェルディに来ました。J3から始まって時間がかかったし、もちろんJ1を目指してやってきましたけど、J1に出場しただけで終わる選手にはなりたくない」

 千田が移籍する理由に挙げた「自分自身を変える」は、2022年6月に就任した城福監督のもと、積極的にボールを握るスタイルを標榜する東京Vで、それまでの自身に欠けていたビルドアップ能力を身につける挑戦となる。悪戦苦闘した昨シーズンはJ2リーグで12試合、635分のプレー時間にとどまった。

 チームとして16年ぶり、千田個人としては初めてJ1に臨む今シーズンも、浦和レッズとの第2節で初めてベンチ入りを果たすもピッチには立てなかった。その後は再びベンチ外の日々が続いたなかで、13日のFC東京戦の前半39分に最終ラインの要を担う副キャプテンの谷口栄斗が負傷退場した。

 FC東京戦から中3日の17日。J3の鹿児島ユナイテッドFCとのYBCルヴァンカップ1stラウンド2回戦で、千田は今シーズンの公式戦で初出場を果たし、ゲームキャプテンも託されながら前半終了までプレーした。

 1-0で勝利した鹿児島戦のセンターバック(CB)は、国士舘大卒のルーキー山田裕翔がフル出場し、千田がベンチに退いた後半はFC東京戦でも途中出場した山越康平が務めた。中2日で迎える川崎戦へ。鹿児島戦後に「今日ダメだったら、いままでやってきた練習の意味がなくなる」と語った千田は覚悟を決めていた。

「栄斗の怪我は残念だけど、普段から準備している選手が代わりにピッチに出て『やれる』と証明すれば、あまり出場機会がない選手たちもそれが自信になり、普段から積んでいる練習は間違っていないと思える。そういう選手たちの思いも背負いながら、出場したときには自分をしっかりと証明しよう、と」

 千田が先発に指名された川崎戦は、ともにスコアレスで終わった。優位に試合を進めながら2勝目をつかめなかった東京Vは、一方で1勝5分けと6戦連続無敗を継続し、谷口に加えて右サイドバックの宮原和也もコンディション不良で欠場した一戦で、通算9試合目にして初めてクリーンシートを達成した。

 後半終了間際には右コーナーキック(CK)から、ファーサイドでフリーになっていた千田がヘディングシュートを放った。ボールを確実にとらえ、コントールを重視した一撃はゴール左上へ吸い込まれたかに見えたが、川崎の守護神チョン・ソンリョンが長い右腕を必死に伸ばしてセーブ。かろうじて左CKに逃れた。

「あれは力不足だったので、また練習します」

 一世一代のヒーローになりかけた場面を短い言葉で振り返った千田は、急造の組み合わせといっていい最終ラインでつかんだ無失点を喜びながら、反省の弁をつけ加えるのも忘れなかった。

「自分たちがしっかりと最終ラインのリーダーシップを取って、絶対に隙を見せないように周りの味方も巻き込もうと、試合が終わるまでずっと声をかけ続けていた。90分戦えば耐える時間は絶対に来るとみんなで共有しながら、耐えるときは耐えて、自分たちのペースになったときには行こうと意思統一できていたのはよかった。それでも、勝ちに繋げられなかったところが悔しさとして残っている」

 城福監督の口癖に「成長することがJ1で驚きを示し、残留する唯一の方法」がある。さらに「そのためにも日頃のトレーニングは相当激しい。質も量も日本一でありたいとずっと思っている」と続く。

城福監督も感嘆の練習量「これ以上やれない、というところまで」

 川崎戦後の公式会見。29歳186日でJ1デビューたした千田への評価を問われた指揮官は、持論と言ってもいい口癖を持ち出した上で、地上戦と空中戦の両方で体を張り続けた苦労人を称賛した。

「これ以上やれない、というところまでトレーニングをやり続けている。その代表格が千田海人だと思う。そこまでトレーニングをしても、試合で表現できるチャンスが巡ってこない選手の代表として彼はピッチに立ったし、あれだけやったのだからやれないはずがない、という思いがほとばしっていた」

 川崎戦は千田個人にとってのリベンジの舞台でもあった。2020年12月27日。コロナ禍で変則開催された天皇杯を勝ち進んだ秋田は準決勝で、今回と同じスタジアムで川崎と対戦。千田はフル出場を果たすも、いま現在はヨーロッパでプレーするFW三笘薫、MF田中碧にゴールを喫して0-2と敗れた。

 その年の川崎はJ1リーグを記録的な強さで制し、天皇杯でも頂点に立った。もっとも、秋田との準決勝に出場したフィールドプレイヤーで、千田のJ1デビュー戦でも対峙した選手はFW小林悠しかいない。

「それでも素晴らしいストライカーがいるチームですし、クリーンシートは自分の自信になるけど、これを続けないといけない。今日だけよくても、次の試合がダメだったらまったく意味がないので」

 万感の一戦をこう振り返った千田は、後半39分から途中出場した元フランス代表FWで、186cm90kgの巨躯を誇るバフェティンビ・ゴミスのマークにもついた。昂ぶる気持ちを抑えるようにこんな言葉も残している。

「次もいい外国人選手がいる相手なので、自分のよさを最大限出して今度こそ勝ちたい」

 視線はホームの味の素スタジアムにアビスパ福岡を迎える28日の次節へ、出場6試合で5ゴールをあげている187cm78kgのイラン代表FWシャハブ・ザヘディへ向けられていた。金髪と筋骨隆々としたボディに加えて、千田が異彩を放ったもうひとつの理由がここにある。家族や仲間へ抱く感謝の思いと、後がないと常に背水の陣を敷く無骨な生き様。魂が凝縮されたプレーのすべてが、否が応でも観る側の心を揺さぶっていく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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