遠藤航、アンカー定着に隠された“努力” 秘かに励んだ語学学習が生む同僚との呼吸【現地発コラム】
時間を要したリバプールにおける「適所」の習得
イングランド1部リバプールの日本代表MF遠藤航は、チームのアンカーポジションで欠かせない選手に成長を遂げた。今回「FOOTBALL ZONE」では、「遠藤航の解体新書」と題し特集を展開。現地記者が見た遠藤加入の効果、そこに至るまでの“隠れた努力”を明らかにしていく。(文・取材=山中 忍)
◇ ◇ ◇
遠藤航のいるリバプールと、いない試合でのリバプール。イングランドのメディアで、この手の比較を目にするようになった事実がインパクトの大きさを物語る。
プレミアリーグでの出場時間が限られた今季序盤戦では、巷(ちまた)で「カップ要員」と呼ばれもした。だが終盤戦では、誰もが認める「要人」としてユルゲン・クロップ体制下で2度目のリーグ優勝を争うチームに貢献しているのだ。
本稿執筆時点での遠藤は、リバプールが消化したリーグ戦32試合のうち23試合でピッチに立っている。チームとしての結果は、23試合で計45得点の16勝。勝率69.9%で、1試合平均1.96得点という計算になる。
一方、遠藤が出場しなかった9試合での数字は、55.6%と平均1.78得点。本職「6番」の存在が、攻めて勝つスタイルを身上とするチームを、より円滑に機能させていると理解して差し支えはないだろう。遠藤が出場した23試合のうち7試合では、「偽SB」として1列前に上がって攻撃力を発揮するトレント・アレクサンダー=アーノルドが怪我で不在だったのだから尚更だ。
「適材適所」と言えばそれまでかもしれない。しかし、「超」が付くほど攻撃的なクロップのリバプールでプレミア初挑戦となれば、新環境への適応は決して簡単なことではない。
後半にベンチを出てデビューを果たした第2節ボーンマス戦(3-1)。中盤の底で先発していたアレクシス・マック・アリスターの一発退場後で数的不利なピッチ上だったこともあるが、リバプールで初の28分間を「スピードにたじろぎ気味」だったとするメディア評も目にした。
ただし、デビュー戦後の遠藤自身は「確かに速いけど、すぐに慣れられる」と言っていた。その4か月後、当人が「一番難しかった」と認めていたのは、クロップのチームにおける「適所」の高さだった。
距離にして、5、6メートル。本来は攻撃的MFのマック・アリスターにすれば、自然なコンセプトだったかもしれない。だが元DFでもある遠藤は、まず守備的に働くサッカー頭脳の持ち主。背後にある自軍ゴールまでのスペースが数メートル広がるコンセプトに、違和感を覚えたとしても無理はない。
適応完了を思わせた試合は、クリスマス翌日のバーンリー戦(第19節/2-0)だった。カップ戦を含めれば、20日間で6試合目の先発となった一戦での後半45分。自軍は1点リードで勝利目前。それでも遠藤は、センターサークル内から10メートル弱をダッシュして五分五分の競り合いに勝ち、駄目押し点のきっかけを作っている。個人的には、今季の遠藤に関するハイライトの1つとして記憶しているシーンだ。
今では、ドイツで賞賛された「デュエル王」の実力がイングランドでも認められている遠藤だが、持ち味は何かと本人に尋ねれば、ボールを奪うだけではなく奪ったボールを「素早く前に付けるプレー」を挙げる。そのこだわりと効き目は、クロップ率いるリバプールの好敵手、ジョゼップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティとの一騎打ちでも明らかだった。
今年3月10日のリーグ対決後(第28節/1-1)、後半に追い付かれたシティの指揮官は、「エンドーとマック・アリスターのパスで、トランジションでのスピードにクオリティーを加えられた」と、勝利を逃した要因を語っていた。現役最高峰のボランチと言われるロドリのお株を奪った90分間では、両軍を通じて最多の「4」を数えたタックルと同等以上に、95%を通したパスに見られた「前」への意識が際立っていた。
マック・アリスターが受けた恩恵
その恩恵を受けている代表格として、マック・アリスターがいる。昨夏にブライトンから獲得された背番号「10」は、より相手ゴールに近い位置で、より自由に持ち前の攻撃センスを発揮できるようになった。
例えば、シティ戦前週のノッティンガム・フォレスト戦(第27節/1-0)。アルゼンチン代表MFは、終了間際にダルウィン・ヌニェスの決勝ゴールを演出している。利き足ではない左足で届けた絶妙の浮き玉は、クラブ公式サイト上で自ら「今季最高傑作」に選んだアシストでもある。
ハーフタイム明け15分に遠藤がベンチを出た後半、マック・アリスターがアタッキングサードでボールに触れる機会は、前半の2倍近くに増えていた。長いスパンで眺めても、遠藤が不動のアンカーとなったチームに怪我から戻って以来、13試合出場で3ゴール4アシスト。それに先立つ14試合での1ゴール1アシストを大きく上回っている。
本職で定位置を獲得した遠藤と、中盤の底から解放されたマック・アリスターは、互いに協力しながら本来の持ち味を発揮するようになった。その様子は、遠藤が120分間のハードワークでより一層評価を高めた、2月26日のリーグカップ決勝(vsチェルシー/1-0)でのさりげない一場面でも確認できた。
前半20分過ぎ、マック・アリスターはハーフウェーライン付近でボールを失ってしまう。だが、3から4メートルの距離でカバーに備えていたのが遠藤。リカバリーと即座のリターンを予期したマック・アリスターは、遠藤からのショートパスをワンタッチで外にはたき、カウンターで3対3の局面が作り出されることになった。
遠藤が自らに課した“スペイン語学習”
「感じ合える」とマック・アリスターとのプレーを表現していたのは、前述したシティ戦後の遠藤自身。呼吸の良さには、コミュニケーション面での隠れた努力も寄与しているはずだ。
日本代表MFは、クラブハウスでの食事で南米組と同席することが多いという。その1人であるマック・アリスターは英語も問題ないが、同じウルグアイ人のダルウィン・ヌニェスとコロンビア人のルイス・ディアスはまだ英語が苦手。そこで、「性格の違いも理解して上手くコミュニケーションを取りたい」とする遠藤は、今年に入って自らにスペイン語学習を課している。
語学嫌いではない、自身の性格もあるのだろう。以前から興味があり、「教材も持っていたので」とのこと。著書『「楽しい」から強くなれる』(ハーパーコリンズ刊)では、シント=トロイデン在籍中のベルギー時代、子供と一緒に通うつもりだった日本人向けフランス語教室に1人で通ったエピソードが紹介されている。駐在員として同国に住んだ経験のあるこの日本人には、「あの教室に週一で」と微笑ましく思えた。
実際のところは、過密日程で知られるプレミア強豪クラブでの日々に、スペイン語学習の時間を見つけることは難しいのかもしれない。それでも、ランチタイムにヌニェスやディアスがよく使う単語を覚えようとしたり、覚えたての単語を使ってみたりする遠藤の姿は想像に難くない。
その姿勢自体が、マック・アリスターや最後の砦にして攻撃の始点でもあるブラジル代表GKのアリソン・ベッカーなど、自身は英語で話ができる南米人チームメイトたちとも心の距離を近づける。周囲との関係の良さも反映されるピッチ上でのパフォーマンスを通じ、当初は懐疑心が混ざっていた地元サポーターのハートを掴むことにも成功した。
そして何より、名実ともにリバプールの正ボランチと化した遠藤が、最も肝心なチームを相手ゴールへと近づけている。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。