プレミア史上最高の優勝争い“最終章” マンCが盤石も…アーセナル&リバプールに残る希望【現地発コラム】
4月にコンディションのピークを合せてきたマンC
「それが今の現実」と、アーセナルのミケル・アルテタ監督は言った。「今」とは、ホームでアストン・ビラに敗れた4月14日(0-2)。同日には、前週末まで得失点差のプミアリーグ2位で自軍を追っていたリバプールも、やはりホームでクリスタル・パレスに足元をすくわれていた(0-1)。
結果、前日のルートン・タウン戦に大勝(5-1)していたマンチェスター・シティが、両軍と1ポイント差の3位から2ポイント差の首位に浮上。今季開幕当初から優勝候補筆頭と目されていたシティによるタイトルレース主導権掌握が「それ」に当たる。
国内では、三つ巴の大接戦がプレミアリーグ史上(1992年~)最高の優勝争いとして騒がれたばかり。だが確かに、3チームとも残り6試合となった大詰めの段階で、シティ優位の見方を否定することは難しい。
3チームのうち、層の厚さを含む戦力が最も充実しているのは? 優勝争いを制した経験が最も豊富な集団は? 5月19日の最終節まで、最も自軍に優しい対戦カードが続くチームは? いずれも、答えは「シティ」なのだ。
ジョゼップ・グアルディオラ体制8年目のチームは、長いイングランドのサッカー史にも前例のない、トップリーグ4連覇に向けて得意のラストスパートに入ったと考えられる。
グアルディオラは、「4月にピークを迎えられるコンディション作り」が口癖。それも、4年間で3度のラ・リーガ優勝を果たしたバルセロナ監督時代からの口癖だ。今季のシティも、3月のリーグ戦3試合は1勝2引分けだったが、4月に入って3連勝中。3試合で計13得点と、大勝を続けてもいる。
得失点差では、まだアーセナルを5点下回っている。しかし、優勝を決めた第36節まで12連勝でプレミア王者となった昨季を見ても、4月には3点差の勝利が当たり前になり始めていた。
今年も、前半戦はハムストリングの怪我に泣いたケビン・デ・ブライネが「アシストマシン」ぶりを見せ、やはり怪我で波に乗れずにいたジャック・グリーリッシュのドリブルにはキレが戻り、主砲のアーリング・ブラウト・ハーランドも「ゴールマシン」には珍しいリーグ戦2試合連続無得点を経て、ルートン戦では2試合連続ゴールを決めるようになってきた。
終盤戦に入り、ボランチのロドリが認めた「疲労」という不安材料はある。しかしながら、本稿執筆時点で故障中の主力は、3名ずつのアーセナルとリバプールより少ない1名。ルートン戦を欠場したDFのジョン・ストーンズだが、指揮官曰く「怪我とは言えない違和感」で大事をとったまでとのこと。戦力のやり繰りにおいてもシティが有利だと言える。
最終節前(5月14日)のトッテナム戦を「ハードル」と見る向きはある。「グアルディオラ軍」として、いまだ敵地でのリーグ戦勝利を経験できていない相手だからだ。だが、今季のトッテナムはアンジェ・ポステコグルー新監督率いる攻撃集団。トップ4争いの最中、敵も余計に勝ちにくる一戦で打ち合いとなれば、ホームでの前回リーグ対決時(3-3)は負傷離脱中だった、デ・ブライネもいるシティに分がありそうだ。
アーセナルにとってシーズン終盤での冨安復帰は好材料
とはいえ、首位を追う立場となったアーセナルとリバプールも、シティとの差は1試合の勝ち負けで逆転可能な範囲でしかない。4月20日にチェルシーとFAカップ準決勝を戦うシティは、リーグでの次節が25日のブライトン戦。その間、アーセナルは20日のウォルバーハンプトン戦と23日のチェルシー戦、リバプールは21日のフルハム戦と24日のエバートン戦という、リーグ順位は中位以下のチーム相手に結果を出せば、シティに精神的なプレッシャーをかけることもできる。
3チームの中で最も勢いに乗っていると思われたアーセナルは、アストン・ビラに新年初のリーグ戦黒星をつけられてもネガティブは禁物だ。もちろん、一足先に試合を終えていたリバプールの敗戦につけ込めず、単独首位に立つどころかその座を奪われたショックはあるだろう。
試合後のアルテタは、ロッカールームのムードを「落胆と無念」と評していた。ポイントを落としてもポジティブを貫いてきた指揮官には異例の発言だった。追加点を許した後半42分、アディショナルタイムを含めれば13分が残されていた時点でホーム観衆が続々と帰り始めたエミレーツ・スタジアムにも寂しい空気が漂っていた。
しかし、時計の針を両軍無得点で終えた前半に戻せば、ピッチ上のベストプレーヤーは、得意のスルーパスが冴えたキャプテン、マルティン・ウーデゴールだった。2度、3度と裏に抜けたカイ・ハフェルツは、相手ゴール前で説得力を欠いた。だが大一番での肝っ玉は、シティを相手に勝敗を分ける1点を挙げたチェルシー時代の2021年CL決勝で実証されてもいる。それが、終盤には中盤からCFへとポジションを上げたハフェルツでもある。
アウェーで、トッテナムとマンチェスター・ユナイテッドとの上位対決が残されている点は厄介だ。もっとも、今季のアーセナルには、失点数を20チームで唯一の20点台に抑えている手堅さもある。
昨季、ラスト9試合で3勝しかできなかった背景には、相次ぐDF陣の故障があった。国内メディアでも「トミがいれば」と言われた、冨安健洋もその1人。その点、今季は頼れる最終ラインのマルチが逆に終盤戦で戦線に復帰している。アストン・ビラ戦でも、前半にイエローをもらっていたベン・ホワイトに代わり、後半22分の段階で右SBとして投入された。
リバプール本拠地が生み出す感情の力
リバプールにしても、4月最初のシェフィールド・ユナイテッド戦(3-1)までは、タイトルレースをリードしていた身だ。逆転優勝への希望は持てる。続いて、リーグ戦2試合連続で勝ち星に見放された格好だが、7日のユナイテッド戦(2-2)は、前半で3-0と勝敗の行方を決めていて然るべき内容だった。後半も、CFのダルウィン・ヌニェスにゴール前での落ち着きさえあれば、絶好機が無になることはなかった。
翌週のクリスタル・パレス戦も、ポゼッション70%にシュート21本と、優勢は優勢だった。2か月ぶりのアリソン・ベッカー復帰というプラス材料もあった。「足もと派」だが“手もと”も確かな正GKは、好セーブで守護神復活をも思わせた。
集団としては、ユルゲン・クロップ監督が「リバプール2.0」と呼ぶ過渡期にあるだけに、現体制下で2度目のプレミア優勝を成し遂げるためには、全ての「個」がフルに力を発揮し続けなければならない厳しさはある。この必要条件は、移籍1年目で、3月末のブライトン戦(2-1)で負った怪我を抱えながら先発を重ねる遠藤航にも当てはまる。
ただし、逆境に強いチームと言えば、「カムバックキング」の異名を取る今季リバプールでもある。加えて、優勝を懸けた残り試合では、対戦相手にすれば「魔物」とも言うべきアンフィールドの力が増すことも請け合いだ。
一部には、来季のチケット代値上げを巡るファンの不満を危険因子とする報道もある。だが、クロップ体制最終シーズンに優秀の美を飾らんとする決意が、一時的に来季云々を忘れさせ、より一層の団結を可能とするに違いない。
今季クライマックスに向け、リバプール・サポーターが生み出す感情の力は、グアルディオラとともに新たな記録達成に挑むシティ、20年ぶりのリーグ優勝を期すアーセナルを突き動かす感情に勝るとも劣らない。5月にアンフィールドに乗り込むトッテナムとウォルバーハンプトンは、間違いなく「12人」のチームを相手にする90分間を強いられるだろう。
かくいう筆者も、優勝の行方を訊かれれば、ずっと「シティ」と答えてきた。だが一方では、プレミアファンとして手に汗握る三頭立ての熱戦を堪能し続けたいと願う気持ちもある。
リーグタイトルはシティのものという声が強まった週末、対照的に優勝争いは終わったとする説も出たアーセナルのホームでは、レース継続に期待を持たせる光景も目にした。
それは、デクラン・ライスの毅然とした態度。今季の新主軸は、そこかしこに目に付く空席などないかのように長々とスタンドの同志を称え、笑顔ではなく、決意の表情で拍手を送りながらトンネルへと消えていった。
そして、報道陣の前で言った。「この先も(優勝争いは)展開し続けると思っている。今日の結果が示すように、何が起こるかわからないのがプレミア。決勝戦が6試合続く覚悟で死力を尽くす」と。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。