冨安健洋に見るボールゲームではないサッカー カメラ越しに見た欧州“最高舞台”のプレー【コラム】
CLでバイエルン戦に先発した冨安をカメラで追った
バイエルン・ミュンヘンとアーセナルというスター選手が揃うビッグクラブ同士の対決のなかで、試合を通してほぼカメラのファインダーに捉えていたのは1人の選手だった。
ヨーロッパクラブの頂点の座を懸けて戦うUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝・第2戦で、カメラの望遠レンズ越しにひたすら姿を追ったその選手は、バイエルン・ミュンヘンの攻撃をくい止めるべくピッチに立った“ガナーズ”の背番号18。アーセナルの左サイドバック(SB)として先発出場を果たした冨安健洋だ。
前半は静かな展開が続いた。すべての選手が相手からプレッシャーを受けるなかでも正確にプレーができ、戦術的理解度も高い。ハイレベルな選手たちは敵の出方をうかがうように、攻守に渡って慎重に試合を進めていく。
ゴールを狙う攻撃の選手は、大胆な個人技よりも味方との連携による崩しから、相手のわずかなミスを突破口としてゴールを目指した。超一流の選手はなにより、そのミスを見逃さない。
対する守備陣はひとつのミスが失点へと繋がる可能性が高いため、慎重過ぎるほど慎重にプレーし、それが無類の安定感を生む。こうして前半は派手な展開こそ見られなかったが、一瞬も気が抜けない緊迫した展開が続いた。
では、先発出場を果たした冨安である。前半は冨安がボールをキープする姿をほとんど見ることはなかった。冨安は攻撃力を売りにするブラジル風のSBではないし、またこの試合では状況的にそうしたプレーは必要なかった。
冨安はチームにリズムを作り出す味方守備陣とのパス回しと、相手選手へのマークを優先する。実際、冨安はポジション的に対決することになる、レロイ・サネの動きに気を配っていた。サネがボールを持っていないときでも、適度に距離を詰めて警戒し続けた。
この動きは、ほかのバイエルン・ミュンヘンの選手たちのサネへのパスを躊躇わせる抑止力にもなる。それでもサネにボールが渡ると、冨安は素早い出足で自由を奪い、決定的な仕事をさせなかった。
こうした冨安のプレーをカメラのファインダーのなかに捉え続けたことによって、改めて感じたことがある。それは試合の状況によっては、1人の選手がボールに触れる時間は本当に少ないということだ。
写真に切り取られた冨安は、守備陣のバランスを崩さないように仲間に向かって声をかける姿や、バイエルン・ミュンヘンの攻撃の核となるサネにボールが渡ったとき、素早く奪いに行ける間合いをキープする、高い集中力を伴うプレーが主になり、ボールを挟んでの攻防はあまり見られなかった。ボールを持ったとしても、敵に狙われやすい無用なキープをすることもなかった。
サッカーの試合の内容は対戦するチームのスタイルによってさまざまな形になる。この試合の前半の冨安は、サッカーという競技ではありながらボールゲームではないと思わせるほど、ボールのないところでの攻防を強く意識し、それが好プレーにつながった。
後半は両チームともに勝負に出てきたため、どの選手もミスを避けるプレーから、大胆になっていくことになる。冨安もディフェンスだけでなく、ドリブルで前線に進出するなどボールをキープするプレーが見られた。
だが、世界の強豪同士による、ひとつのミスも許されない状況の対決となると、選手によっては、サッカーはボールゲームでありながら、ボールゲームではなくなるときもあるのだと感じた試合だった。
(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。